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掌編小説【キュウリとお日様】

お題「河童の子」

【キュウリとお日様】

人間社会に流行り病がまん延している間、河童たちの行動範囲は大いに広がった。
なにしろ人間が全員、河童の口みたいなマスクをしていたのだから。
河童たちもマスクを付け、あとはメガネと帽子などプラスすれば、人に気づかれることなく人間社会に溶け込めたのである。

「おかあちゃん、お弁当つくって。たくさんね」
「また出かけるの?油断しちゃだめよ」
「大丈夫だよ。マスク外さないもん」
「お弁当は人のいない所で食べるのよ。水筒がカラになる前に戻りなさいね。お皿が乾いたら大変」
「わーってらーい」
河童の子は、キャッキャとふざけながら、作ってもらったお弁当と水筒を持って川辺を離れると、飛ぶように駆けて行く。
人間社会では流行り病がまん延しているから、外に出る人は少ない。でも河童は風邪なんてひかないから流行り病も怖くない。人間社会はいまや河童天国で、大人の河童たちもちょいちょい遊びに出かけている。
河童の子はお気に入りの公園にまっすぐに向かった。公園の遊具で遊ぶのが好きだし、もう一つ期待していることもある。

河童の世界では河川の汚染もあり少子化が進んでいる。河童の子は同じ年頃の河童がいなかったので、ずっと一人で遊んでいた。でもマスクをして公園に行くようになってから、初めて友だちができたのだ。人間の子だけれど。
「今日も来てるかなぁ」
その子は、いつも一人で公園の片隅にいた。人間社会では子どもは『学校』という所に行くはずだが、その子はどうやら行っていないらしい。
「あ、いた!」
河童の子は目がいい。遠くに友だちを見つけて駆けて行く。
「トオルくん、おはよ」
「あ、サンペイくん」
その子も黒いマスクをしてメガネをかけて帽子をかぶっている。河童の子と同じ恰好だから、遠目には双子みたいに見える。そして、その子も絶対にマスクをはずさないから河童の子も安心して一緒にいられた。

男の子の名前はトオルと言った。河童の子には実は名前がなかったが、便宜上「サンペイ」と名乗った。そんな名前の河童のお話があると聞いたことがあったのだ。
トオルくんはおとなしい子だ。でもいろんな話を聞かせてくれるし、絵も上手だった。今日も河童の子は感心してトオルくんの話を聞いたり、描いた絵を見せてもらったりした。
お昼になってお腹がすいてきた。お弁当は人のいない所で、と河童の子は言われていたが、トオル君の前なら平気だった。トオルくんは食べる時もマスクをはずさないから、河童の子が同じようにしても不思議がられない。

河童の子とトオルくんのお腹が同時にグゥと鳴った。
トオルくんはパッとお腹を押さえた。トオルくんは一日中公園にいることが多いのに、なぜかお弁当を持ってこない。
「ぼく、たくさん持ってきたから一緒に食べよう」
河童の子はいつも、おかあちゃんに多めにお弁当を作ってもらった。外に行くとお腹が空くから、と言って。トオルくんはニコッとした。
「サンペイくんはキュウリが好きなんだね」
今日のお弁当はキュウリと卵のサンドイッチだった。その前はキュウリの海苔巻きと卵焼き。
「うん、ぼく大好き。トオルくんは?」
「ぼくも好き。卵も好きだよ」
子どもたちは器用にマスクの下からサンドイッチを差し込んで食べた。もくもく、もくもく。食べながらしゃべっちゃダメとトオルくんは言われているらしい。よくわからないけど。
食べ終わると一緒にブランコをこいだり、おしゃべりして過ごした。

そんな時間が今年の春まで続いた。
しかし別れは突然訪れた。

「おかあちゃん、どうして行っちゃだめなの?」
「人間がマスクをしなくてよくなったからよ。河童大王からも禁止令が出たわ」
「まだマスクしてる人も多いのに…」
「この三年で油断し過ぎたのよ。うっかりマスクを外した仲間が写真を撮られてSNSで拡散されたの。大王の力でフェイクニュースって事になったからよかったけど」
河童の子はションボリした。トオルくんにお別れも言えなかった…。
大好きなはずのキュウリのサンドイッチも、あんまり美味しくなかった。

「最近、サンペイくん来ないな…」
トオルくんは相変わらず公園に来ていた。トオルくんの親は、あまり家にいない。出て行く前にはテーブルの上に菓子パンを山積みにして行くけど、今回の分はもう食べ尽くしてしまった。でも親はまだ帰ってこない。
トオルくんは、キュウリのサンドイッチや海苔巻きが懐かしくなった。

「サンペイくんのお弁当、おいしかったな…」
トオルくんはとうとう、貯金箱を割った。キュウリとパンが買えるくらいしか入ってなかったけど。はじめて使う包丁で、すごく気をつけてキュウリを切った。少し分厚くなったキュウリをパンに挟んだ。でもこれだけだと味がしない。マヨネーズ…かな。冷蔵庫からマヨネーズを出してキュウリの上に絞り出す。その上にパンを乗せて押さえる。勇気を出して真ん中を包丁で切る。切り口を見てトオルくんはうれしくなった。ちゃんとサンドイッチらしくなっていたから。
パン一斤とキュウリ三本でたくさんのサンドイッチができた。トオルくんはそれを紙袋に詰めて公園に行った。今日はなんとなく、サンペイくんが来るような気がする。トオルくんはブランコに座って待った。

その頃、河童の子はとうとう黙って家を抜け出していた。どうしてもトオルくんにもう一度会いたかったのだ。
全力で駆けていくと、トオルくんが見えた。
「トオルくん!」
「あ、サンペイくん!」
最近来られなくてごめんね、と河童の子が言うと、トオルくんは首を横に振った。そして紙袋を差し出すと、少しだけ自慢気に言った。
「ぼく、お弁当作ってきたから一緒に食べよう」
河童の子は、紙袋の中のたくさんのキュウリのサンドイッチを見て、手を叩いて喜んだ。
「わぁ、すごいや!」

子どもたちは、ベンチに座って仲良くキュウリのサンドイッチを食べた。
そこには流行り病の影響も、大人の都合も、さみしさも貧しさも空腹も、なんにもなかった。
ただ、一緒にいられる喜びだけがあった。

子どもたちは同時に、ごく自然にマスクをはずした。
でもトオルくんは驚かなかったし、河童の子も恐れなかった。そして、もくもくと食べ続けた。でも今日のもくもくは、話をしなくても幸せで満たされていたからだ。

そんな子どもたちを、お日様が、ぽかぽかと照らしていた。
河童の子のお皿を乾かさないくらいに、やさしく。
薄着のトオルくんが寒くならないように、暖かく。

できるだけ長く、子どもたちの幸せが、続くように、と。


おわり

(2023/4/7 作)

大好きな『週末図工室』さんが、このお話を元に描いてくださいました☆
記事を下の方に、トオルくんと河童の子が…
可愛すぎて、ありがたくて泣いております(ノД`)・゜・。
ぜひ、ご覧くださいませ~

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