掌編小説【ふたりの願い】
お題「お城」
【ふたりの願い】
「ねぇ、おにいちゃん、いつまでここにいるの」
「おにいちゃんじゃない、殿と呼べ」
「との」
「…敵が、われらの願いをきくまでだ」
「おなかすいたよ」
「武士は腹がへったなんて言わないんだぞ」
「そうなの?」
「そうさ。武士は食わねど高楊枝、って知ってるか」
「なにそれ」
「武士は、腹がへっても腹いっぱいみたいなフリしてるんだ」
「…へんなの」
「そんなことより、トウキチロウ、城壁が傾いてるぞ」
ダンボール箱に立てかけたマットレスがゆらゆらしなって倒れそうだ。
「すぐに修復しろ」
「しゅうふく?」
「なおすんだよ」
「ははっ」
『トウキチロウ』は弟とサムライごっこをする時の名前だ。ちなみにぼくはノブナガだ。弟はマットレスの端を引っ張って立て直そうとしている。
「おにいちゃん、…じゃなくて、との、うまく直らないのでござる」
「トウキチロウは一晩でお城を立てた武将だぞ。壁くらい直せる」
弟は仕方なく、手でもったまま支えている。
「おにい…、との」
「今度はなんだ」
「おしっこでござる」
僕はだまって扇子でトイレの方を示した。これだけは仕方ない。
「ついでに敵の様子を見て兵糧も手に入れてこい」
「ひょう…?」
「たべものだ」
「ははっ」
弟は腰をかがめて、マットレスの端から外の様子をうかがい、こねずみのようにちょこちょこっと走ってトイレの方に向かった。
「あんたたち、いつまでやってるつもりなの。もうすぐ夕飯よ」
母のいらだった声が聞こえる。
「わしは様子を見に来ただけじゃ!」
「あ、こら!」
えらいぞトウキチロウ。敵の誘いに乗ってはならぬ。
弟は、再び小走りで戻ってきた。
「との、ただいまでござる」
「うむ。どうであった」
「今夜はコロッケみたい」
「そうじゃないだろう」
ぼくは扇子で弟の頭をぺちっと叩いた。
「コロッケにまどわされるようでは立派な武士とは言えぬぞ」
「ははっ。…あ、との、これ、ひょう…でござる」
弟はポケットからみかんをふたつ出した。
「ほめてつかわす」
弟の頭をなでてやる。ちいさな頭。さらさらした髪。ぼくはなんだか胸が苦しくなったが、弟はみかんを手に持ってうれしそうに笑っている。やわらかい頬をギュウッっとつまんでやった。
それからぼくたちはコロッケの匂いにも屈せずに三時間がんばった。しかし父が帰ってきて、ダンボールとマットレスは強制撤去され、ぼくたちのお城はかんたんに落城した。
それからほどなくして両親は離婚、ぼくは父に、弟は母に引き取られた。
『ノブナガとトウキチロウは決して離れぬ』
という二人の武将の願いは叶わなかった。
…それから十年以上ノブナガとトウキチロウは離れ離れのままだったが、時々手紙のやりとりをしていた。高校生になって携帯電話を持てるようになってからは、二人だけで会うこともある。
「トウキチロウ、元気か」
「殿も息災でござったか」
そんなセリフを言い合った後は、駅前の肉屋でコロッケを買う。
「あの時、よくがまんしたもんな」
僕は、すっかりニキビ面になった弟の頬っぺたをギュウッとつまんでやる。
「今は高校生だぜ、にいちゃん」
と言いながら、弟は頬っぺたをつねられたまま、うれしそうにコロッケを頬張る。
弟は来年、僕と同じ大学の建築科に入学するという。
「にいちゃん、俺ぜったい受かるからな」
「うむ。待っておるぞ」
僕たちはいつか二人で本物のお城を作ろうと話し合っている。
ノブナガとトウキチロウ。今度の願いは二人で叶えるのだ。
おわり
(2023/1/21 作)
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