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嘘の素肌

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「何者でもない僕に付加価値を与えてくれるのは、いつだって好奇心旺盛な女性達でした。」 桧山茉莉、二十七歳。仕事や人間関係に不自由なく生きてきた"何者でもない男"を取り囲むのは、…
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#兄妹

嘘の素肌「第6話」

嘘の素肌「第6話」

 ゴールデンウィーク明けの水曜に和弥から呼び出され、僕は仕事を予定より早く切り上げ新宿へと向かった。今年は連休を利用して何人かの女とは会ったが、行楽のようなものは一つも成さなかった。特別会いたいわけでもない人に会う惰性日記。先延ばしにした予定の穴埋めに時間を費やし、その素肌をコレクトするだけの毎日を過ごした。

 排他的な女との付き合い方に自分で呆れ始めると、僕は和弥と話したくなってくる。中学時代

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嘘の素肌「第23話」

嘘の素肌「第23話」

 昼夜逆転の生活に身体が慣れ、人々が目覚める時間になっても僕の覚醒は続いていた。遮光カーテンの隙間から漏れる光の量で早朝の気配を獲得し、眼前に立てかけられたF8号のキャンバスから一度離れ、絵全体の印象を確認することにした。何処かの雑踏。コンクリートブロックらしきものに腰を下ろし、背中を丸め、脚を組み、頬杖をついて、肘を片膝の上に乗せた僕をモデルにした自画像。かつて和弥が撮ってくれた写真をモチーフに

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嘘の素肌「第36話」

嘘の素肌「第36話」

 村上にギャラリーの相談をすると思いのほか良いリアクションが返ってきた。

 かつて僕がどの店より贔屓にしていた橋本の馬肉居酒屋で村上と落ち合い、酒を酌み交わした八月上旬。連日茹だる様な灼熱続きに辟易していたが、渇いた喉にキンと冷えたビールを流す想像をすれば猛暑日さえも肯定することができた。馴染みのオーナーは四年ぶりの来店でも僕の顔を一目見た瞬間に思い出したようで、開口一番「いきなり来なくなったか

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嘘の素肌「第40話」

嘘の素肌「第40話」

 三十二歳になったばかりの僕は和弥の墓参へ赴くことにした。肌を刺すような、凍てつく風の冷たさに首を竦め、トレンチコートのポケットの中でキャビンレッドの箱を指先で撫ぜる。途中、ガーデニング好きな家の庭に咲いた紫のラナンキュラスに目を留めたりした。もうすぐ春が来る。桜を見上げる度に、桃色に染まったウルフヘアの彼女が僕の感情を操作する。そんな季節が迫っている。

 瑠菜の通い易さを優先して相模原市に用意

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