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背伸びをしない、ちょうどよい料理

一人暮らしをしている、と話すと、なかなかの高確率で聞かれることがある。

へー!料理とかするの?

である。

幾度となく聞かれ、この手の話題になることは予想できているのに、私は未だに答えに困ってしまう。

するかしないかでいうと、する方ではあると思う。
最近は実家にいるのでお母さんに甘えてしまっているけれど、東京にいた時はほぼ毎日ごはんを炊いてお味噌汁も作っていたし、週末におかずを作り置きをしてお弁当も作っていた。

でも、よく作る=料理がうまい、というわけではないのだ。
火事が怖いから揚げ物はめったにしないし、電子レンジが大好きだ。
ピーラーがおともだちなので、恥ずかしながら包丁でりんごとか芋の皮を剥くことはできない。

することはするけど特別技術が高いわけでもないし、料理そのものを死ぬほどめんどくさく感じてしまう時もある。
なので、元気よく「料理しますよ!」と答えるのは、なんだか気後れしてしまうのだ。

結局、いつも少し迷って「まあまあ(作らないことはないし自分で美味しいなと思うものは作れるけど他人に出せるレベルに達しているかはチョットわからない)って感じですかねぇ」とか、「しないことはないですかね」とか、歯切れの悪い返事をしてしまう。

でも、"好き"か"嫌い"かでいえば、そこは間違いなく、自分は料理が好きな側の人間だと思う。

たまねぎや長ネギ、ナスやきのこなど、程よくやわらかな繊維のある食材を切るのが1番きもちいい。
就職活動中、履歴書の「趣味」の欄に「たまねぎのみじんぎり」と書いてしまうくらいには好きな作業で、時にはストレス発散にもなる。

もっとささやかで簡単なことでいえば、鍋にいれる椎茸のかさに✳︎の切れ目をいれたり、オムライスのたまごの上にケチャップでにこちゃんマークをかいたりしている時、幸せを感じる。
うまい下手は別として、私はやっぱり料理が好きで、そしてとても楽しい行為だと思っている。

✳︎

大学生の頃、料理上手な友達が、深夜にチョコレートスコーンを作ってくれたことがあった。
たらふく食べた夜ご飯は早々に体に吸収されてしまったようで、なんかお腹すいたねぇとおしゃべりをしていると、家主であるその子はおもむろに立ち上がり台所に向かっていった。

どうしたの、と近づくと、ホットケーキミックスをボウルにあけてスコーンのタネを作っているところだった。
小さなサイコロ状に切られたバターと、牛乳を加えて混ぜ合わせる。板チョコを細かく割りいれ、タネをひとまとめにする。
まんまるにまとめたタネを六つに割って、三角のかたちに整えていく。

さすが料理上手、手際よくさくさくと作業する姿。
こんど自分でも作ってみたいなと思い、それぞれの分量はどれくらいなのか聞いてみると、予想外の返事がかえってきた。

分量なんてそんなのないよ、全部テキトー。

ともだちいわく、スコーンはテキトーに作れば作るほど美味しくなる料理、なのだそうだ。
イギリスのご飯はおいしくないってよく言われてるけど、イギリスのスコーンは世界一美味しいらしいよ、テキトーに作ってるから、とのこと。
...イギリスの人にちょっと怒られてしまいそうなエピソードではある。信じがたいけど、イギリスのアフターヌーンティーが有名なのは、テキトースコーンが美味しいのも理由のひとつなんだろうか。
でも、その夜、料理上手なともだちがテキトーにつくったらしいチョコレートスコーンは、ほんとうにとても美味しかった。
適当に作った方が美味しい料理というのを、私はそのとき初めて知ったのだ。

✳︎

ビーフストロガノフとかエッグベネディクトとかは、おしゃれでとても美味しいけれど、わたしには難しくて歯が立たない。

でも、スコーンをはじめとした、テキトーでも手抜きでも美味しい料理が世の中にはたくさんある。

豚の生姜焼きは、あれこれ調味料を混ぜ合わせなくても、めんつゆとチューブ生姜だけで十分美味しい。大人になってからお母さんに教えてもらって、初めて知った。

いかにも手間のかかりそうなグラタンだって、簡単だ。
長ネギとじゃがいもを細く刻んで炒めると、やがてデンプンがねばっと溶け出てくる。
そこに牛乳をそそいで温めれば、かんたんホワイトソースの出来上がり。小麦粉なしでも立派なグラタンが焼ける。

ちいさな居酒屋で目玉焼きを注文したら、ご主人がアバウトな性格なのか、同じフライパンで直前まで調理されていた野菜炒めのソースがたっぷり絡まって出てきた。そして、それがにやけちゃうくらいに美味しかったり。

料理は、日常生活にいちばん近いところにある科学実験であり、魔法でもある。冷蔵庫は魔法の薬棚で、台所はちいさな実験室だ。

難しくて大変なごはんは、とりあえずプロのお店におまかせ。
私は私にできる範囲で、自分を幸せにするためのちょうどよい魔法を、これからも好きでいようと思っている。

▲「ひとりごとエプロン」第一話 小麦粉いらずのじゃがいもグラタン
去年の冬は何度もお世話になった、ほくほくとろとろのグラタン。
素敵な音楽とショートムービーで、二度おいしいです。
あっつい日に、あっついグラタンで汗をかくのも、よいかもです。

ちなみに、キッチングッズで一番好きなのは木べら。
一番欲しいのはアイスをまるくくりぬくやつです。なによりもロマンチックなキッチングッズだと思っています。


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