沙川 侑未

なぜ、人は罪を犯すのだろう。

沙川 侑未

なぜ、人は罪を犯すのだろう。

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聖なる夜に花は揺蕩う 第10話 聖なる夜

   12月24日金曜日  金曜は次週号の企画会議があり、午前中から編集長や北村たち特派記者、デスクの赤石らは一階の会議室へ行っていた。  桐生はきのう、清澄からスマートフォンに送ってもらった画像を見ていた。樹里亜の部屋に残されていた十字の印の入ったビー玉は、転がらないように銀色のリングの上に置かれていた。直径四センチほどで、幅三ミリほどの青い輪が二つ、中心で十字になるよう垂直に重ねられている。正円の重なりが、これほど心に安らぎを与えるとは知らなかった。雨の日

    • 聖なる夜に花は揺蕩う 第9話 繋がれた糸

         12月21日火曜日  ――未知瑠には理解者がいた。  卯月との会話を思い返し、桐生は唇を噛んだ。卯月未知瑠はいったいどこで『名もなき殺人者』と出会ったのか。  いや、どこでも有り得る。街で道を訊かれた。または図書館で席が隣り合って手がぶつかったとか、きっかけはいくらでも考えられる。初めて出会った瞬間に、未知瑠は好意を抱いたかもしれない。おそらく『名もなき殺人者』は見掛けのいい男だろう。ジェフリー・ダーマーのような甘いマスクで、未知瑠の気を引くことに成功したのかも

      • 聖なる夜に花は揺蕩う 第8話 蹂躙

           12月20日月曜日  桐生は璃子と一緒に香霖大学へ向かっていた。異常殺人者の心理について、専門家である木藤の意見を聞くためだ。246の坂を歩きながら、璃子に昨夜の卯月との遣り取りを伝えた。 「卯月君の妹さんが六年前に失踪してたなんて。どうして失踪者がこんなにいるのかしら。まさか、その妹さんの部屋にも円と十字の印が残されていたとか……」  璃子は立ち止まり、表情を強張らせた。 「僕も気になって卯月君に確認したよ。でも、未知瑠さんの持ち物のなかに、そんな印はなかった

        • 聖なる夜に花は揺蕩う 第7話 黒い羊

             12月19日日曜日  編集部へ向かう電車のなかで、桐生のスマートォンに富士原からメールが届いた。富士原は木曜日に発売された『FINDER』の記事を読み、どうしても会って話しておきたいことがあるという。何か気づいたことがあるのかもしれない。  時間と場所を指定してくれれば、きょうにでも会いに行くと返信して電車を下りた。  麻布十番の改札を通り、地下道を歩く間もメールの着信がないかチェックした。富士原からまだ連絡はない。きょうは日曜日で、ビジネスマンやOLとはすれ違

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          聖なる夜に花は揺蕩う 第6話 全なる無

           刑事課室を出たのは午後十時過ぎだった。別室で調書作りに協力していた璃子の姿はない。疲れ果てて先に帰宅したのかもしれない。  桐生は薄暗い階段を下りようとして、下から上ってくる男と目が合った。 「間に合ってよかった。捜査共助課から連絡があって、すっ飛んできたんだよ。またしてもおたくが第一発見者だとは驚きだね」  尾崎は黒いレインコートを着ていた。まだ雨は降っているらしく、コートから水滴が滴(したた)っている。 「捜査共助課から県警に連絡があったということは、警視庁も今回の

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          聖なる夜に花は揺蕩う 第5話 円と十字

             12月15日水曜日  桐生は北村と羽田発午前八時半の飛行機に乗り、長崎空港に着いたのは十時半だった。そこからタクシーに乗り、二人は岩戸神社へ向かっていた。すでに正午を回っている。 「岩戸神社はパワースポットみたいですね。地元の人たちには『岩戸さん』の愛称で親しまれてるって、ネットに書き込みがありました」  桐生はタクシーの窓から見える樹林帯に視線を向けた。水曜は『FINDER』編集部の公休日だが、事件の謎に突き動かされていた。なぜ十一年前の殺人事件の遺族は失踪し

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          聖なる夜に花は揺蕩う 第4話 森の記憶

             たとえ何もかもが無意味だとしても、とにか   く始めなければならない。自分ができること   は、しなければならないから。  子供のころに読んだ本に書かれていた言葉だ。いまでも時折思い浮かべる。意味は誰かが与えてくれるものでもなければ、どこかに転がっているのでもない。自分で自分に与えるものだ。自分の荷物は自分で背負うしかない。みんな自分の荷物で手一杯なのだから仕方ない。 「桐生君、ちゃんと眠れてるか」  北村に声をかけられ、顔を上げた。桐生と北村は新宿三丁目に来て

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          聖なる夜に花は揺蕩う 第3話 疑惑

             12月12日日曜日午前九時半  翌日は朝から小雨が降っていた。桐生は北村と共に新宿三丁目のカフェに来ていた。いままでに何度か前を通ったことがある。  ガラス扉を開け、なかへ入った。店内にはテーブル席が四つとカウンター席が五つほどある。奥のテーブル二つは、すでに埋まっていた。北村が待ち合わせだと伝えると、窓際の奥のテーブルに案内された。窓際に座り、ペンと手帳を取り出す。  ここに来るまでにニュースをチェックしたが、瀬田絢子の身元はまだ発表されてなかった。 「きのう

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          聖なる夜に花は揺蕩う 第2話 元恋人

           渋谷で井の頭線に乗り換え、下北沢まで二十分で着いた。南口改札を出て、金網で仕切られた長方形の空き地横を歩いていく。かつてここに『駅前食品市場』という名の横丁があった。トタン屋根の居酒屋が軒を連ね、孤独を愛する男たちが集っていたが、いまは空き地になっている。 「璃子さん、昼飯は何食べますか。前に来たときは、この辺に旨いお好み焼き屋があったんだけど、都市開発でいろいろ変わったから、どこに行けばいいのかわからなくなっちゃったな」 「犯人からの手紙をトップ記事で掲載するには、そ

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          聖なる夜に花は揺蕩う 第1話 湖の底

             あらすじ  12月10日(金)、週刊誌『FINDER(ファインダー)』の事件記者・桐生、北村とカメラマンの岡島は秩父湖に来ていた。彼らは切断された遺体を発見する。きっかけは、今朝『FINDER』編集部に送られてきた手紙だった。いままでに5人殺害し、そのうちの1人を湖に沈めたという内容で、詳細な地図と免許証も同封されていた。手紙には、犯人の署名として円と十字の印が記されていた。円と十字の印を手掛かりに、桐生たちは残る4件の事件へと導かれていく。     12月1

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