連載小説 『一人語り』(改訂版)・其の五

……すみません、お待たせしました…。


玄関の中で待っててくださっても良かったんですのに…。
外、風が冷たかったんじゃありませんか?

あの、…もう少しだけ待ってください、今、鍵だけ閉めてしまいますから…。


…本当にお待たせをいたしました。
ええ、大丈夫です。運動機能そのものに問題はないので。

ただ、今…あんまり早く歩けないんです。
少なくとも、同年代の女性平均よりも、ずっと。

なので、…文字通りの「亀の歩み」の、
それこそ蝿でも留まりそうなくらいののんびりゆっくりのペースなので、
こうやって、私の速度に合わせてくださる方には、本当に申し訳ないんですけれど。


あの…私、…その、この年にもなって、
他人と比べると、きちんと社会に出てお勤めした経験、あまりないものですから…。

なので、元々が本当にきびきびしてなくて、…お恥ずかしいです。


ええと、あれは祖母の仕込みなんです。

「葵は本当に良い子なんだけれど、少し頼りないところがある」って、いつも…。
「せめて、家においでになるお客様くらいは、きちんとお迎えできるようにならなきゃ」って。


…そうですか…?
ありがとうございます。

私じゃなくて、祖母の手柄です。
祖母も伍代さんに褒めて頂いて、きっと喜んでると思います。


……はい、去年の八月で丸二年に…。
ええ、ちょうど三回忌でした。


いえ、特に法事は…。
肝心の私が、今よりもっと…ずっと酷い有り様でしたし。

それに、
…こんなこと言ったら悪いですけれど、本当は母と、それに父とも、私、あまり顔を会わせたくないんです。

お花と、普段よりも多めにお菓子用意して、祖母のご機嫌、取ったつもりですけれど…。



あの、伍代さん、うちの祖母のこと、後藤さんあたりから…。

そうなんです!
うちの祖母、すごくしっかりした人だったのに、急に認知症に…。


その、私と一緒にスーパー行くと、
昔、私がほんの子供だった頃は、あれこれお菓子を買ってくれって言う私に、

「駄目でしょ、どれかひとつ!」って言ってたのに、

晩年は逆に、祖母の方が「あれも欲しい、これも欲しい」って…。


……あれ…?

私、…祖母が亡くなってから、祖母のことでは全然涙が出て来ないはずなのに…。

……ごめんなさい…。……何か私、…変、ですね…。

…いえ!
大丈夫です。少し、…少しだけ、そこのバス停のベンチで休めば…。



……すみません、もう…大丈夫です…。
ええ、…本当に、もう落ち着きましたから。

ああ、…ちょうどバス来ましたね…。

せっかくですし、駅前まで乗って行っちゃいましょうか。
大丈夫です、バス代は私が持ちますから。

いえ、私の都合ですし、このくらいは。


運転手さん、すみません。
こちらの交通系カードで大人二人、お願いします…。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?