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偏差値65の自称進学校に通っていた私が通信制高校に行ったわけ 2

通信制高校に通っている方や
自称進学校に通っていらっしゃる方、
同じような境遇の方の不安が少しでも
軽減されればと思い書かせていただきます。

上記に当てはまらないような方でも
こんな風に悩んでた子もいるんだなと
思っていただければ幸いです。

前回の記事はこちら↓



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◆高熱で倒れた新学期

今のご時世コロナもありますから
もちろん学校は欠席です。

味覚や嗅覚の異常もなく、
呼吸器官が苦しいわけでもなく、
何より私自身に全く自覚症状が
ありませんでした。

熱があることが分かったのも、
コロナ防止で新学期学校側に
体調についての紙を提出しなければ
ならなかったために計っただけで、
それまで全くしんどくありませんでした。

いろんな医療機関にかかって
沢山の検査をしました。
40度近い高熱に対して
全く自覚症状がないために 

腎臓が悪いのでは、
MRI検査をしてみようか、
自己免疫疾患ではないか、
脳に何か問題があるのではないか、

沢山の検査をすればするほど
検査結果が出るまでの期間が延びていきました。
当然コロナのことがあるので検査結果が出るまで
欠席も延びていきます。

学校生活において
「完璧」に重きを置いている私としては
ひたすら焦りがありました。

授業を受けていなくて遅れている、
この欠席を先生方はどう思っているのか、
クラスのお友達はズル休みと
思っているのではないか、
私が休むことで係や委員会、部活で
迷惑をかけているのではないか......

ただただ焦りと不安でいっぱいでした。

コロナウイルスの影響で 
ただでさえ時間がかかる検査に加えて
何時間も待合室で過ごす日々が続きました。

待合室でできる勉強にも限りがあります。
焦りと不安で
体のことよりも学校のことが心配でした。



◆待合室で

ふと、
待合室で勉強をやめてぼーっと考え事をした時、

逃げ出したくなりました。

常に周りに気を張っている学校生活からも、
将来への漠然とした不安からも、
検査のためのこの待合室からも。

高校一年生の時、両親が離婚しました。
当時は勉強が優先でそうなんだくらいにしか
思っていませんでした。

高校一年生の時、
私にとって唯一の祖父が他界しました。
お葬式で学校を休む時、ほんの一瞬だけ
煩わしいと思ってしまいました。

外で常に周りを気にしている私は内のことに
何一つ目を向けていませんでした。

勉強をやめて初めて顔を上げたときに 
今の状況から本当に逃げ出したくなりました。
よくネットで聞くような、
痛いのも怖いのも 嫌だから死にたいじゃなくて
消えたい、状態です。

そう思ってから、
検査のための待合室で勉強することが
パタリとなくなりました。

家で勉強するときも、
手が震えて6時間机に向かっても1時間ほどしか
勉強できませんでした。

ただでさえ休んでるのに 
その勉強をしていないのは
本当にダメだ、
学校に追いつかない、
完璧にできない、
できない自分は自分じゃない、
いっそのこと勉強やめたい、
逃げたい、
現実的に逃げられない、
学校行かなきゃ、

でもまだ授業の予習も課題も完璧じゃない
やめたい
逃げたい
逃げられない 

の永遠ループです。

この状態で一通り異常なしの
検査結果をもらった後、学校に行きました。

登校した日の朝、
教室で過換気発作により倒れました。



◆発作で倒れた登校日

過換気発作で倒れてから記憶が曖昧ですが、
本当に息が苦しくて、「死」を実感した
ことだけは鮮明に覚えています。

色々と処置をして家に帰ってからは
もう学校が恐怖の対象になっていました。 
それから家でお母さんとちゃんと話しました。
本当に沢山話しました。
私や学校のことだけじゃなくて、
友達のことも
好きな人のことも、
離婚のことも
一緒に住んでいないお父さんのことも、
沢山沢山話しました。

その後 
メンタルケアの病院に行って
今の状況や今後のことを相談し、
通信制高校に転校することを決めました。

続く↓


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