きんじょー

にーぶいかーぶいしながら、楽観的に生きてる。

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最近の記事

2022年をふりかえって

明けましておめでとうございます。 子どもがいると、休みの方が慌ただしいと感じるこの頃。 本来なら年末にふりかえりをしたかったけど、あっという間に年を越した。 去年は、第二子が生まれ、初の育休1ヶ月を取り、その後も時短勤務で3ヶ月。 第一子は妻が里帰り、私は沖縄に戻ってきたから、新生児の時に関われなかった。 2022年は、振り返れば、子育てに関われた年だったと思う。 まず制度としては、育休1ヶ月は、育児休業給付金で給料の67%、社会保険料免除。 時短勤務は、事前に職場に伝え

    • 息子がいじめられっ子にならないために

      息子も来年度には小学生になる。ランドセルを購入し、背負った姿が思ったよりしっくりきて驚いた。 親からすれば子どもの成長は早いが、子ども自身にとって、今の1日1日は長い。 その日々の中で保育園で過ごす時間は長く、親として保育園に育児をまかせないといけないことも多い。 保育園の先生はプロで、しかも仕事で子どもに関わっているで、基本的には、親より良い関わりができていると信頼している。 ただ子どもの友人関係は難しい。 先生は、関わる全ての子どもの成長を目指す。気の弱い子も問題

      • 復帰50年を過ぎて

        2022年5月15日は、沖縄の本土復帰50年だった。 直後に書いていたが公開していなかったので、今更だけど投稿する。 節目ということで、県内のテレビでは特番が組まれ、全国でも沖縄がテーマに取り上げられる機会が増え、「復帰」が何だったのか考える機会になった。 90年代生まれの私は、復帰について普段考えることはなかったし、復帰30年の時には小学生だったので、何も覚えていない。 50年という節目は、経験しなかった復帰について、知る機会になった。次取り上げられるのは復帰100年だ

        • マホウコーヒーの幻影を追って

          8月にお気に入りの喫茶店が閉店した。 「MAHOU COFFEE」は、職場の近くにあり、1年ほど前から通うようになった。週1、2回はテイクアウトしていた。 深煎りのMAHOU BLENDか極深煎りのDBLENDを持ち帰りで頼めば、いまいちやる気の出ない日でも仕事が捗った。 これまで珈琲の味の違いはあまりわからなかったけど、1年間、珈琲屋の珈琲を飲み続ければ、味の基準になる。マホウコーヒーの珈琲は甘い香りで、深煎りの苦みと深みがあり、雑味がない。 壺屋の路地裏から、風車

        2022年をふりかえって

          人の営みが見える

          沖縄で5ヶ月ぶりに緊急事態宣言が明けた。 5ヶ月の緊急事態って何だよと思うけど、明けたから色々と言いたいことも胸にしまっておける。 宣言期間中でも明けても、仕事はあるし、子どもとは近所の公園で過ごすことが多いし、基本インドアなので、そんなに私の生活が変わるわけではない。 でも、宣言が明けて、町が動き出した感じがある。 職場が商店街にあるから、観光客が増えて、閉まってた飲食店があいて、昼から飲んでるおっさんがいる。 カップルで歩いてる若者や、飲みに繰り出す人、久々に会っ

          人の営みが見える

          バトンを受け取って

          瀬尾まいこさんの「そして、バトンは渡された」を読み終わった。 美容室に行くお供にと、久々に自分で本を買った。 この小説は、主人公の優子が、幼い頃に母親を亡くし、父とも離れ、この後、血の繋がらない親と暮らしながらも、家族皆に愛情を注がれて育っていく話だ。 こういう小説を読みたかった。気分に合った本を読むことがこんなに幸せな気持ちになるんだなと、本の良さを改めて知った。 日々、子どもを育てるなかで、子どもとの接し方、自分の生き方、家族の形、何がいいのか考える日々を送ってい

          バトンを受け取って

          小説の読後感に浸りながら

          子どもと一緒に寝てしまって、夜中起きたので、久々に小説を読んだ。 途中で止まっていた小説を読み切り、読後感が心地いい。 やっぱり本は、テレビや映画とは違う。 テレビはもともと見る方ではなく、大学生の一人暮らしのときは、テレビが家になかった。映画も観るし好きだけど、本とは全然違う。 自分が受動的か、能動的か。 小学生からよく本を読んでいた。 まわりとうまく馴染めなかったせいもあるけど、本を読んでいるとワクワクした。 大学生になり、他に楽しいことも知り、社会人になり、

          小説の読後感に浸りながら

          コーヒーもウィスキーもすぐ味を忘れる

          そもそも忘れっぽい人間だ。 小学生や中学生の頃の記憶だけじゃなく、大学生の頃の記憶もけっこう忘れた。 よく覚えてる人はいいなーと思う反面、すぐ忘れるから生きやすいかもしれないと思ってる。 最近はウィスキーを飲むことが減った。緊急事態宣言でバーが閉まってるし、家でちびちび飲んでたウィスキーもなくなったからだ。 コーヒーはよく飲んでる。色んな酒を楽しめなくなったなかで、コーヒーは日々の贅沢として、自分の精神を保っている。 職場近くのmahou coffeeがめちゃくちゃ好

          コーヒーもウィスキーもすぐ味を忘れる

          普通に生きて、人に認められたい

          noteを書いているのは、すぐ忘れる自分の記録のためと、誰かにここにいることを認められたいからだ。 30歳に近づいて、年月が経つのは早くなり、仕事でいろんな経験をしてきたが、私が身につけたことは少ない。 何者にもなれていない感じがある。 今、NPOで働くなかで、意識高い系ではなく、本当に意識が高く、世の中を良くするために行動する人を見てきた。 私は雇われて働いている身なので、中心メンバーが課題意識を持ち、ミッションを掲げたことに日々取り組んでいる。 働きながら思うことは

          普通に生きて、人に認められたい

          この曲がこんなに悲しく聞こえるなんて思わなかった

          明日、友人の告別式に参列しに行くために、福岡行きの飛行機に乗っている。 昨日、訃報を聞いたとき、実感が湧かなかった。 3月になり、ベタにレミオロメンを聞くことが増えて、あの笑顔を思い出していた日々で、急なことだった。 彼とは大学時代に一緒にバンドを組んでもらい、軽音楽サークルの同期として、楽しく4年間を過ごした。 一緒になって騒いだことは多かったけど、深く話すことはそこまで多かったわけではない。 訃報を聞いたとき、彼のこと何も知らなかったんだと思った。幸せだったのだろう

          この曲がこんなに悲しく聞こえるなんて思わなかった

          東日本大震災から10年。県外避難者の今を考える。

          東日本大震災から10年が経った。 現在、沖縄には、東日本大震災及び原発事故で避難してきた方が数百人暮らしている。 10年が経つなかで、避難者への家賃補助の打ち切りなど、公的支援は縮小し、復興庁や福島県の県外避難者への支援もいつまで続くかわからない状況である。 私は、震災を経験したことも被災地へ行っこともないが、今年度、中間支援のNPOで、当事者支援の団体と、沖縄に住む避難者を支援するネットワークづくりに関わった。 10年経ったにも関わらず、避難者のなかには、今も新たな課

          東日本大震災から10年。県外避難者の今を考える。