【過酷? 厳しい?】現代の教育に通じる『落語家、弟子の修行』とは?【前座修行】
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【過酷? 厳しい?】現代の教育に通じる『落語家、弟子の修行』とは?【前座修行】

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■解説:金原亭世之介

主な実績は下記よりご覧ください

 様々な境遇を持つ弟子を抱え、教育者として大学でも教鞭を執る金原亭世之介が『厳しい』『過酷』と言われている落語家の修行について解説します。師匠によって様々な修行の方針があります。以下は世之介の見解であり、すべての師匠・流派・一門に当てはまる内容ではありませんので、あらかじめご了承ください。


弟子入り

 落語家になる為には、真打ちの師匠に弟子入りをして、前座の修行をしなければなりません。
 弟子入りに試験はありませんが、たいがい弟子入りは断られます。情熱を持って何度もお願いをして、やっと許してもらえるのがほとんどです。

 もちろん、自分の人生を懸けて落語家になる覚悟で、しかも多くいる師匠の中でその師匠に弟子入りしたいという決意があるんですから、一度断られたぐらいでめげてられません。
 そこでやる気を失くしてしまうくらいなら、やめたほうがいいでしょうね。

 私が師匠(十代目 金原亭馬生)に入門した当時は、師匠の自宅にお願いしに行きましたよ。今から40年以上前当時でしたから、調べようと思えば住所はいくらでも調べられました。今は寄席の楽屋の入り口で出待ちしてお願いするのが一般的なようですが。

 もちろん、私も最初は断られました。それでも、どうしても落語家になりたくて、何度もお願いして弟子入りを許してもらいました。


弟子になるということ

 落語家の師匠の弟子になる、ということは、師匠から無償で芸を教えてもらうと言うことです。
 月謝はありません。その代わり、弟子は師匠に付いて師匠の身の回りで身を尽くして働きます。

 尊敬する師匠に頼み込んで弟子にしてもらっている訳ですから、言われる前に気を利かせて掃除をし、お茶を用意し、靴を揃えて、お店に入ったら注文を取ったり、それを当たり前にする訳ですね。身の回りのお世話を側にいるときは全てやる訳です。

 昔からの慣習というイメージも相俟って、端から見るとその修行は「やりすぎじゃないのか」と思われるかもしれません。
 ですが、この時に培ったものというのは、落語家として仕事をしていく上で大切なことだと思います。もちろん、昔とは随分変わりました。でも、今でも変わらないことはあります。
 自分が高座に上がるとき、その後ろ側にはたくさんの支えてくれる人がいる訳です。それを、師匠の世話をすることで実感していくのが、この修行の意味でもあると思うのです。

 どんな仕事をしていく上でもそうです。知らない間にオフィスが綺麗であるのも、飲み物が用意されているのも、当たり前じゃない。

 師匠に芸を教えてもらっているから、その代わりにお世話をする、というのもあるでしょうが、仕事をする上で大切なことを知るための修行でもあると私は思いますね。

荷物持ちも大事な修行です


前座見習い

 落語家に入門すると、まず前座見習いという見習い期間が一年半ほどあります。
 この間に落語を覚えるのはもちろんですが、他にも覚えなければならないことがたくさんあります。

稽古をつける世之介と弟子2人

 着物のたたみ方を覚えるのも重要な修行です。
 着物は自分が使う商売道具です。それがたためないというのは、自分の身なりを整えられないと言うこと。ネクタイが締められないサラリーマンみたいなもんです。
 ほか、手ぬぐいや扇子の扱い方も覚えなければ、しっかりした芸をすることはできません。

着物を畳む 金原亭駒平

 太鼓の叩き方も覚えなければなりません。
 寄席で太鼓を叩くのも前座さんの仕事。
 落語家の二つ目になると、自分専用のお囃子で高座に上がることが許されます。先輩全てが自分のお囃子を持って居る訳ですから、そのお囃子を前座さんは全て太鼓で叩けるようになる必要がある訳です。

太鼓を叩く金原亭杏寿

 そして何より世の中の礼儀を覚えなければなりません。高校・大学を卒業して、社会経験をしないまま入門する弟子もたくさんいます。師匠に付いて社会勉強をするのも大事な修行です。

 自分の師匠の命令は絶対。
 そりゃそうです。何も知らない状態でこの世界に入ってきて、師匠のもとに弟子としてとってもらって育ててもらっているんですから。
 師匠の言うことさえ守れないようでは、他の社会のルールや理不尽・要求・より厳しい芸の道(自分との戦い)に勝てませんよ。


本格的に「前座」の修行開始

 一通り仕事を覚え見習い期間を終えると、前座として毎日寄席の楽屋で働く事となります。
 東京では「鈴本演芸場」「新宿末広亭」「浅草演芸ホール」「池袋演芸場」「国立演芸場」の楽屋で前座の修行をしています。

 この五つの寄席を定席と言って一年中毎日寄席が開かれています。
 その他にも沢山の寄席が、多い時は関東近県だけで一日五十か所も開かれています。
 前座さんの仕事は、まず寄席に行って開演に先立ち楽屋を整えるところから始まります。

 そして、自分の師匠だけでなく、寄席の楽屋にいる師匠達の身の回りのお世話もすべて前座さんの仕事です。

 落語の世界は上下の厳しい縦社会です。厳しい社会ですが、自分の師匠からだけでなく、他の師匠からも稽古をつけてもらうことも多くある、繋がりが重要な社会でもあるんです。

楽屋で仕事をこなす 金原亭杏寿

 新宿末廣亭では、今でも冬は炭を起こしたりお湯を沸かしてお茶の用意をしたりします。

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MEMO
『楽屋のしきたり 座る場所』

 寄席の楽屋では前座から色物、お囃子さん真打ちまで色々なキャリアの違う芸人が同じ空間で一緒に居る事となりますから厳しい寄席のしきたりが存在します。
 例えば座る場所は自ずと決まってきます。
 大師匠の座る場所はその人が居なくても誰も座りません。普通に座わる場所も上下が決まっていて先輩が来ればその場を譲ります。
 二つ目はたいがい立っているか楽屋の端に居て前座は座布団さえすることは有りません。もちろん前座から師匠に話しかける事はほとんどありません。
 末廣亭では大きな火鉢の廻りに順位があって鏡を背に座るのが大真打ちの師匠で出入り口の遠い場所から順に偉い師匠が座って行きます。
 楽屋を知らないお客様がもし大師匠の席に座ったりすると大変!怒鳴られることもあります。
 旅先の楽屋も暗黙で座る位置が決まります。楽屋を訪ねたお客様は「どうぞ」と出された座布団に座るのが礼儀です。
 くれぐれもご注意くださいませ。

 さて、お客様が入場と同時に「一番太鼓」を叩くのは前座さんの仕事です。

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▲名前を先輩に覚えてもらうため
前座は胸に名札をつけます

 一番太鼓はお客様が沢山入るように「ドンドンドンと来い」と叩きます。開演五分前には「二番太鼓」を叩きます。
 そして、開演前に高座に上がって落語を喋ります。

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金原亭駒平

 なぜ開演前かというと、前座はまだお金を取れる芸ではありませんという意味があるのです。厳しいですね。

 さて、高座返しも前座さんのお仕事。
 前の噺家さんが一席終わると座布団を返して「めくり」の名前を変えて高座をつくります。

 そして休憩前の「中入り太鼓」、寄席の最後には「追い出し太鼓」で「出てけ出てけ、テンテンバラバラ、カラカラ」と叩いて寄席の仕事を終えます。

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 この修業が見習いから約五年。
 やっと二つ目という一人前になって、その十数年後真打ちとして師匠と呼ばれるようになれるのです。


前座から二つ目に

 さて、二つ目に成っても落語の他に色々な芸の稽古をしていきます。

 その中でも、日本舞踊は必修と言っても過言ではありません。

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▲毎週月曜日の踊りのお稽古。
欠かさずいきます。

 たった一人で演じる落語は即座に男性から女性、お年寄りから子供、おサムライから町人と演じ分けなければなりません。
 そこでその演出の形と言うものを学ばなければ、多種多様の人物を演じ分けられないのです。

 私も浅茅流の名取で「与志寿郎(よしじろう)」という名前を持っています。

 ほか、俳句・短歌・投扇興も勉強の一環です。

 そしてもちろんですが、二つ目になった後も、師匠との縁が切れるわけではありません。
 なにより、今の自分があるのは、師匠が自分を弟子にしてくれ、何もわからない自分に芸を教えてくれ、師匠の培ってきた人脈を自分に繋いでくれたからこそ。
 何も無かった自分に名前をつけ、落語家という身分にしてくださったわけですから、深い恩は消える訳はありません。

 そして二つ目は芸もまだまだ。教わることは尽きません。
 真打ちになるまで、いや、真打ちになっても芸の修行は続くのですから。


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▲香盤表国立演芸場の香盤表。
黒は在室、赤は留守です。
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▲国立演芸場 袖からの光景
ここから高座に上がります。

 さて、歌手やお笑い芸人、タレントとは随分と違うのが解ると思います。あなたも落語家になって芸能界の大スターになりませんか。
 但し三十歳未満までと決まっていますから、おじぃやおばぁは諦めて下さいね。


前座の落語 試し聞き



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