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いまどきの社長(第9回)

「インターネットベンチャー投資マート」をオープンして2ヶ月。多くの雑誌は新時代のファイナンス手法を肯定的に紹介してくれていました。その中で気になったのは日経ビジネス。4ページに渡り、私へのインタビューも含めて詳細な紹介をした後、「この仕組みは法的にはグレーである。」と記述されていたのです。証券業の免許を持たずに株式の勧誘をする無免許販売に該当する恐れがあるとの指摘です。

そこへ追い討ちをかけたのは法律家向けの専門誌「ジュリスト」。インターネットファイナンスをテーマに米国の事例と日本の事例を研究した論文が掲載されていました。米国の事例は勿論、スプリングストリートブルワリー。世界のベンチャー企業のファイナンスを革命的に変えるであろうと大絶賛です。一方の日本の事例。最初に紹介されていたのは学生ベンチャーのスプレッドエムフォーという会社です。スプリングストリート社と同様にインターネットで自社の株式の募集に成功しましたが、課題はディスクロージャーができていないこと。投資家にリスク情報を含めて十分な情報が提供されないまま募集を行っているのは自己責任投資の前提が崩れていて問題があるとの指摘でした。続いて紹介されていたのが、ディー•ブレインのインターネットベンチャー投資マートです。そこにはこう明言されていました。「この仕組みはより問題である。証券取引法違反である。」

論文掲載から1週間後。一本の電話がかかってきました。また取材かと思いきや「大蔵省、開示課のTといいます。出縄社長はいらっしゃいますか?」と大蔵省、すなわち今の金融庁からの電話です。一瞬、緊張が走ります。「インターネットで変わったビジネスを始められたようですね。一度、大蔵省まで説明に来ていただきたいのですが。」
電話口の声は、柔らかな口調ながら、断り難い強いものが感じられました。いわば出頭命令です。

1996年12月の初め。大蔵省のある霞が関の通りはこの時期、銀杏並木が綺麗です。その銀杏もほとんど目に入らないほど胸に重圧を感じながら、私は初めて大蔵省に足を踏み入れました。部屋に通されると、そこには5人が座っています。一人は電話をいただいた企業財務課のT課長補佐、もう一人は証券業務課のN課長補佐。ほか3名はそれぞれの部署の方々とのこと。

口火を切ったのはT課長。「出縄さんが作ったインターネットの仕組みは面白いですねー。」と笑顔です。「ユニークな公認会計士の監査など、情報開示の仕組みがとても参考になります。」大蔵省では、これまで証券会社に禁止されていた未公開株式の投資勧誘を解禁にすることを考えていて、その際にどのような情報開示を義務付けるか検討しているところで、その参考になるとのことでした。当時、銀行の「貸し渋り」が社会問題となる中、中小企業が株式を発行して資金調達をするサポートを証券会社にさせようというのが大蔵省の思惑のようです。
(そうか、今日はインターネットベンチャー投資マートの仕組みを褒められるために呼ばれたんだ…)と、ほっとした気持ちになったところでしたが、そこへ、Tさん、急に真顔になってこう言います。
「こんどは、証券業務課のNさんから少し厳しい質問をさせていただきますよ!」
見るとNさんも無表情。やや怖い感じです。証券業務管課は、今の金融庁監督局証券課。証券会社を監督する部署です。
「単刀直入にお聞きしますが、この仕組みで御社はどのような業務をされていますか?」とNさん。
明らかにディー•ブレインが無免許で証券業務を行なっているのではないかとの疑いのもとでの質問です。
私は手のひらにじんわりと汗が滲んでくるのを感じながらも、とにかく誠実に正しく答えようと覚悟しました。(つづく)

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