学園ハンサム〜百合と嫉妬と調教と〜

私は中学時代、吹奏楽部だった。

体力のない自分を叩き直す気持ちでバスケ部に入ろうかとも考えたけど、周りの足を引っ張るだけで迷惑だなと思ったからやめた(中学の体育の成績は頑張って2)。

ピアノを幼稚園の頃から習ってきて、簡単な初見演奏はできるぐらいに楽譜は読める。

その時、ドラムを覚えたい気持ちがあったけど、どの楽器もいいなぁと思って、入部する前にいろんな楽器の体験をさせてもらった。
ピアノ以外の楽器に触れられる機会なんてそうそうない。

しかし、どの楽器も音が出ない。
マウスピースすら鳴らない。
何も頑張ったことのない私が、できる感触を持てないものに3年間も頑張れるはずがない。
それにいつまでも音が出なかったら、周りの足を引っ張って迷惑な存在になる。

最後にパーカッションの体験に行った。
叩けば音が鳴る。
ピアノなら人並みに弾ける。
ドラムも教わることができる。
…パーカッションにするか。

3年生の先輩は3人いた。
ギャルだけど落ち着きもある先輩と、ギャルで明るい先輩と、成績優秀でちょっと浮いてる気もしない先輩。
兄と同級生だった先輩方は、それはもうあいつの妹がうちらのパーカッションに来たんだから!とチヤホヤしてくれた。
兄は人徳のあるタイプで、いつも人の真ん中にいるような人間だった。
ありがとう兄。

2年生の先輩はひとり。
吹奏楽部は辞める人が多く、前は他にもいたらしい。
ボーイッシュな先輩で、女生徒のファンが多い。

1年生は私と、家庭環境が大変そうな女の子(やめた)と、一言も喋らないふとっちょの男の子(やめた)。

3年生の先輩方は基本を教えるくらいで、しつこくない人たちだった。
先輩方の教育方針として、1年は鍵盤楽器をみっちり覚えろ。あとは小道具(トライアングルとかたくさんある)を担当しろ。という雰囲気だった。

今思えば、真っ当な考えだ。
どれも叩けば音が鳴って、そんなに目立つシーンがない。
音譜が読める子も読めない子もプレッシャーに負けることなくゆっくり練習できる。
小道具は先輩方がやってる暇がないし、これもそこまで目立たない。

2年生になって、後輩ができる。
最近はやりな感じの、綺麗というより可愛くて、塩顔な女の子。
成績優秀で先輩に甘えるのが上手な女の子。
ふたりが入った。
正反対なふたりが入ったな、という印象がある。

その可愛い女の子は、私のひとつ上の先輩と同じ小学校出身で知り合いだった。
彼女としては、中学で人気のある、その先輩と仲良くなりたかった。

でも、先輩は私と仲良くなってしまった。

そしてその好意は一線を超えていた。

初めはただふざけ合っているような仲良しの先輩と後輩だった。

でも、先輩は段々と特別な好意を見せてくる。

私は先輩が好きだし安心するけど、恋心かどうかはよく分からない。
私は男の子しか好きになったことがない。
仲良くしたいけど、混乱する。
そういう毎日だった。

よくお家の近くまで送ってくれた。
先輩の家に行ったことも一度ある(何故か両親はいない)。
ひとけの少ない校内でよく会ってた。

普段からスキンシップは多かった。
そうやって、私が触れられることに先輩は慣れさせた。

手を繋がれたり、抱き寄せられたり、ふいにキスをされたり、先輩の部屋で押し倒されたりした。

それ以上は何もなかったけど、先輩はきっとバイ・セクシャルなんだと思う。

私は私で親から暴力をふるわれていたから、人と親密になるのが辛かった(親密さの回避)。

ただふざけあっているだけならよかったけど、先輩の好意はあまりに親密さを感じさせて、私には辛かった。

それに、可愛い顔をした後輩の子の嫉妬がすごい。
なんで私じゃなくて、先輩(私)なの?!とでも言いたいような表情をする。
この子は可愛いゆえにちやほやされてきて、わりとなんでも自分の思い通りになってきた子だったと思う。

先輩が卒業してからも私は先輩と連絡をとっていたけど、親密さに耐えられなくなって、私から縁を切った。
たまに先輩からメールが届いていたけど、返せなかった。

私は3年生になって、可愛い顔をした後輩はあまり部活に来なくなった。
私が面白くなくて反抗したかったのだろうし、クラスメイトとどうもうまくいっていない様子で、何か生きづらさがありそうだった。

私はしばらく放っておいた。

その間、成績優秀で先輩に甘えるのが上手な後輩は変わらず、私に先輩先輩と笑顔を振りまいていた。

2個下の後輩も3人入ってきて、3年が私しかいないし、この子たちも先輩先輩と笑顔をふりまく。

私は人に教えるのが下手だった。
私は人を見て覚えてきたし、頑張ったことがない。
できない子の気持ちがハッキリ言ってわからない。

だから、先輩のやり方を真似するくらいしかできなかった。

スネアドラムやドラム、ティンパニーはパーカッションの花形で、3年生しかできないという文化がうちのパーカッションにはあった。

スネアとドラムとティンパニーは基本的に私が担当して、バスドラムやシンバルは2年担当。
失敗したら大変な、リズム感覚と技術が必要な楽器は2年にやらせた(シンバルって音鳴らすの難しいんですヨ)。
それと並行して、私が卒業しても大丈夫なようにスネアとドラムとティンパニーを教え、これなら失敗しても誤魔化せそうだと思う楽譜を担当させた。

1年にはやっぱり鍵盤楽器と小道具をやらせた。
並行してバスドラムやシンバルを教えたし、2年にも1年に指導するよう指示した。

ひとつ上の先輩が引退して、後輩が入学してくる間、私とひとつ下の後輩ふたりしかいない。
私は花形の楽器にまだ慣れていないし、後輩はできる楽器がもっと限られている。

その中で楽譜の担当分けをし、3人で走り回って楽譜を再現しようとしていて、相当疲れた。
小道具の置く位置も何もかも、計算が張り巡らされている。
一小節休みがあれば、1発の小道具やシンバルのために走る。

いつか吹奏楽やオーケストラを見に行くことがあれば、1番後ろのパーカッションの楽器配置や担当に注目してみてほしい。
それで上下関係か見えてくる。

でも、1年にはたまにドラムとかスネアを触らせた。
それは、私が1年の時に3年の先輩がそうしてくれたというのもある。
そして、1年もやっぱり花形に興味があってパーカッションに入ってくるのだ。
1年生だった私と同じで。

ロールの仕方くらいは教えておいた。
それはひとつ下の2年が困らないようにというお節介もあった。

「好きに叩いてみなよ」と1年にスネアやドラムを叩かせると、やっぱり分からないらしい。
「やっぱ先輩すごいっす!」と言える2つ下の後輩たちにかなり救われた。
私は教えられないから。

先輩せんぱ〜い♡とキャピキャピする2つ下の後輩とひとつ下の頼れる後輩。

でも私はずっとあの可愛いお顔の後輩を気にしていた。

私は自分の考えを押し付けるのも嫌だったし、権力でねじ伏せるのも嫌いだったし、過保護に接して失敗させないのも嫌だった。

それに、彼女には彼女の悩みがあるように見えていた。

でも、それとこれとは話が別だからね、と一度だけ放課後に彼女を呼び出した。
誰もいない教室。
音楽室と同じ階にあって、吹奏楽部が使うことのある教室だから、ここが適当だろと判断した。

淡々と私は質問していく。尋問に近い。

あまり威圧感を感じさせないように、まぁ座りなよと座らせる。
彼女の表情は固く、ヤバイと顔に書いてある。
沈黙が漂う中、「最近来ないけどさぁ」とあっけらかんとした風に私から切り出す。

どうして部活に来ないの?
何か嫌なことがあった?
と、聞いてもしょうがないことから質問し始めた。
彼女は適当な返事をしてくる。
本音は言わない。
そりゃそうだ。
私も、導入としてしか質問していない。

「ふ〜ん…。」と私は口角を上げたまま。

視線を逸らして黙りこくる後輩。

「やりたくないなら辞めていいよ。○○(後輩)がいなくても部活まわるから。」

それは本音でありながら、後輩を試す言葉だった。

じゃあ辞めますってキレて私のせいにしながら辞めてもいいし、いい子ぶって辞めないですと言いながら今まで通り部活に来なくてもいい。

お前はどうしたいのかハッキリしろ、と言いたかった。

結局、後輩は泣き出した。
私は彼女に反抗されて不快だったけど、何か辛いことがあるのは察していた。
泣かれても、過度に慰めることも、叱ることもしなかった。
適当に切り上げて、後輩を帰した。

それから、その後輩は部活に来るようになった。
たまに来ない日もあったと思うけど、見て見ぬふりをしてやった。
だって、お前が来なくても部活がまわるのは事実だし、なにか辛いんでしょう?

中文連が終わった時や、私が引退する時。
彼女は私にメモや手紙を書いてきた。
直接私に話すのが悔しかったし、恥ずかしかったし、後ろめたかったし、心の底では怖かったのだと思う。

それでも文字にして伝えてくるなんて、上出来じゃないかと受け取る。
相変わらず生意気で冗談が多分に含まれている強がりな文面だったけど、私に感謝するような内容だった。

たいして間に受けなかったけど、30%くらいは気持ちを受け取ってやろうかと思った。

私が引退する時はしっかり参加して、恥ずかしそうに、でも感情的に泣きじゃくっていた。

本当は、後輩みんな可愛くて仕方なかったんだよ。
ひとつ下のふたりも、ふたつ下の3人も、甘やかしたかったけど、私の性格上、いいところを褒めたり、「可愛いヤツめ」と頭を撫でるくらいしかできなかった。

甘やかしても自分が満足するだけだったから、何も言わずに引退した。

口数の少ない私の背中を見てどうにか何かを感じてほしかった。

物分りのいい後輩たちにものすごく救われたけど、私に真っ向から感情をぶつけてきた、ひとつ下の後輩を今でも忘れない。

今も、先輩と後輩のメモや文章、捨てずに取っておいてあるからね。
薄情そうに見えただろうけど、本当は後輩が可愛くて仕方なかったよ。
失敗しても成功してもどっちでもいいから、何かを感じてね。

こないだ、母に誕生日プレゼントを渡した時に、「私、吹奏楽部やってよかったよ」と言った。
母は、「3年間続けたことに意味があるし、やってよかったよ」と言った。

辛かったけど、やってよかったよ。
たった1~2歳しか変わらない集まりで、私たちは馬鹿みたいに本気だった。
子どもゆえに、本気だった。

先輩も後輩も、幸せでいてね。
私はたいしたことない人間だったけど、どこかで何か気付いてくれたら頑張った甲斐が有る。
先輩にも後輩にも、あまり辛いことがないように願ってる。

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