白い姉、黒い妹
粉雪の舞う25時。
丸い噴水の縁に、お酒で顔を赤らめた姉が座っていた。
「ゆきだーゆきだー」
「ちょっとお姉ちゃん、何しているの!?」
終電を逃したとの連絡を受け、タクシーで駆け込んだ私の見たものは、オフホワイトのコートに白のレースワンピ。靴下も、脱ぎ捨てたヒールさえも真っ白。文字通りホワイトクリスマスを体現する姉。
「久々に一人でラーメン食ったったわー! 家系ってすげえ美味いのなー!」
「え、一人? 何で?」
私は驚きを隠せなかった。姉は今日、彼氏とクリスマスデートをしていたはず。何故ラーメン屋で一人焼け酒をしていたのか。
「ヒック、うぃー、フラれたぞー」
え、どうして。まだ2ヶ月とはいえ順調そうに見えていたのに。
「何でよ? 何て言われたの?」
「それよりそっちはどうだったのよー」
私は……この状況で、すぐに言えるわけが無かった。
✳︎✳︎✳︎
中学時代、4つ上の姉が高校でモテずに悩んでいる話を聞いて、姉妹だから私もそうなるのかなと何となく思っていた。
しかし現実は真逆だった。いざ私が高校生になると、男子に屋上やら体育館裏やら大きな木の下に呼び出される告白イベントが頻発した。
そのうちの一人と付き合い始めてから時は流れ、気付けばお互い28歳。喧嘩すらすることなく順調に愛を育み、仕事にも恵まれ収入も少しずつ増えていき、同棲も始めて将来のことを考えるようになった。
「結婚しよう」
ランドマークタワーの68階でストレートなプロポーズを彼から受けたのは、つい4時間前のことだった。
私の驚きは少なかった。段階の踏み方としては完璧で、出会ってから10回目のクリスマスイブという節目の日でもあり、予感はあった。
むしろ、喜びよりも複雑な想いが強かった。私の順風満帆な10年は、姉にとっては良き縁に恵まれず、苦難に見舞われた10年でもあった。そんな姉を尻目に、大して苦労もしていない私があっさり幸せになっても良いのか。
✳︎✳︎✳︎
「ええ、保留にした!?」
姉の驚嘆が響き渡る25時。
私はプロポーズの結論を先延ばしにしていた。
「やっぱり私、お姉ちゃんより先に幸せになんかなれない。誰よりも間近で努力と苦労と、その先の涙を見てきたから。こんなにファッションもメイクも頑張って、慣れないコミュニケーションに苦労して、それでも長く続かなくて、これでフラれたのも何人目だろうって……」
私は天に与えられた顔と体型のお陰で労せず生きて来られた。5分で済ませたメイクでも様になるし、何を着ても似合うと褒められる。今日なんて姉とは対照的に黒ベースの全身モノトーンである。自分に自信が持てたことで自然とコミュ力も上昇。可愛ければ良いことしか起きなかった。
「ごめんなさい。いつも私だけ充たされてばかりで。私の笑顔がお姉ちゃんを悲しませるなら、このまま現状維持を続けたほうが……」
「そんなことないよ」
泣きじゃくる私に対し、姉は特に負の感情を見せてはいなかった。
「知っているよ。元から可愛いけど、もっと美しくなる為に苦労してきたんでしょ? メイクはナチュラルでも、その分スキンケアはいつも入念にしているし、毎日インスタとWEARを見てコーデの研究もしているし、そのスリムな体型も毎朝のランニングと仕事終わりのジム、家に帰れば筋トレを欠かさずしているから。高校時代、嫉妬心が嫌悪に変わった女子にいじめを受けてから10年間、躍起になって頑張って来たんでしょ」
いや、そんなの、苦労のうちに入らないよ。どんなに努力しても成果が比例しない人に比べたら……。
「私のことは気にせず結婚しなよ。私はもう少し頑張るからさ」
下ろし立ての手袋で背中を叩いてくれる姉。カシミヤの生地越しでも、手の温もりを感じられる気がした。
「ありがとう。私、幸せになるから」
白い姉と黒い妹を包みこむ、彩りに満ちた噴水の光。
いつか姉の心も、こんな景色になることを祈って、
メリークリスマス。
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