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【連続小説】SNS監視委員会(第三話)

※創作短編(第三話:5851字)。

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第三話 2年普通科・上神谷かみがみやの場合


 Shiran_kekkei 3分
 3回目ともなると、これが恋だと気付くのに時間を要さなかった。
 彼の笑顔。彼の優しさ。彼の格好良さ。
 でも、彼が彼氏になる日が来ないことは知っている。
 私の想いは心の奥底に沈め、明日も何食わぬ顔で彼と接する。
 生徒会長と副会長、それ以上でも以下でも無い関係として。

 ***

『Shiran_kekkeiがストーリーズに追加しました』

 19時28分。「全国的に冬本番の寒さになる」という気象予報士の声をテレビ画面越しに聞きながら、インスタグラムの通知をタップする花崎はなさき。真っ白な背景に真っ黒なヒラギノ角ゴシック体の127文字。何もしないと5秒で消えてしまうので、そうなる前に右手の人差し指をゴリラガラスに当て続け、文章を最後まで読む。

 インスタには「ストーリー」という、24時間で自動的に消える画像を投稿する機能がある。画像に文字を入れることも可能なので、通常の投稿では書かない本音をストーリーの中でこっそり吐露する人も多い。Shiran_kekkeiこと高2女子・上神谷は初めてこの機能を使い、恋のときめきと、成就させられない絶望の間で揺れる複雑な心境を綴っていた。

 彼女は翌日以降も毎日ストーリーを投稿した。生徒会の仕事中、彼が積極的に話しかけてくれること。共通の趣味を持つ彼との会話が同性の友達のそれより何倍も楽しいこと。顔のみならずあらゆる仕草に格好良さを覚えること。隣の席に居るだけでドキドキが止まらないこと。「彼」を恋人の意味で使う女性も多いが、上神谷は違った。実名を書けないSNSの都合上「彼」と呼称しているだけである。

Shiran_kekkei
>いいね!:renkou_sekigyoku、他
>今夜8時から、インスタライブします。

 初めてのストーリー投稿から3週間。この書き込みをきっかけに、SNS監視委員会の花崎と舘林たてばやし、そしてリーダーの山辺やまべは夜までアジトに居残った。花崎が女の勘で上神谷に何らかの生きづらい事情があると察し、ライブ配信を一緒に見届けようと2人を誘ったからである。これまで主に中学生への勧誘を続けてきた山辺は、17歳という年齢に乗り気ではなかった。

 ***

 Shiran_kekkei ∨ [LIVE] [👁43]

 皆さん、こんばんは。みえきこ、ですか?
 みえきこと言っても顔は出していないので、聞こえさえすれば良いのですが、大丈夫ですか?

>聞こえるよ!
>みえきこ!
>大丈夫!

 コメントありがとうございます。あ、もう同接50人超え! 今日告知したばかりなのに本当に感謝です。寒くないですか? 温かいお茶でも飲みながら聞いて下さい。
 今日インライしようと思ったのは、悩み相談っていうか、ちょっと皆さんに聞いて欲しい話がありまして……。

 最近ストーリーに、高校の生徒会長の話を毎日こっそり書いていたんですけど……先週の土曜日、彼に告白されました。

 ***

「えっ?」「向こうから?」「何だよ、ただの幸せ自慢じゃねえか」

 3人は揃って声を出した。ただ花崎だけは嫌な予感がしていた。

 殺到するコメントに「落ち着いて下さい、まだ続きがあります」と上神谷。配信では実名を明かしていないが、同学年の生徒会長・松之井まつのいから愛の告白を受けた上神谷は、その返事を一週間待って欲しいと伝えた。好意を寄せていながらその場ではOKしなかった理由に、過去2回の恋愛でのトラウマがあった。

 ***

 一年前の初恋の相手をAとする。Aの笑顔や優しさにときめくのは松之井と一緒だった。向こうからの告白には二つ返事で承諾した。4回目のデートは放課後、Aの自宅だった。アマプラで再生した純愛映画も終わりに差し掛かる頃、Aの右手はゆっくりと上神谷の左手に触れていた。流れに身を任せ、見つめ合い、互いの顔を近付ける2人。
 その時だった。上神谷がAの唇のカサカサに、髭の剃り残しに、何本も伸びた鼻毛に、そして顎まわりのブツブツに気付いたのは。少女漫画や韓国ドラマ、たった今の映画でも、何度も見たキスという行為はとても美しいものだと思っていた。しかし、いざ自分が当事者になってみると、美しいと信じて止まなかった異性の、美しくない部分を見なければならなかった。果たしてその唇は本当に綺麗なのか。そう考え始めた頃には後の祭りだった。2つの唇は強めにぶつかり合い、あまつさえAが勝手に舌を絡めてくる。息が少し臭いのは最早どうでも良かった。それほどに舌の感触の不快感が強すぎた。ケガラワシイ。上神谷の脳内にその6文字が残り続けた。一週間悩んだ末、Aに別れを告げた。

 2年生になりたての頃、今度はBが上神谷をデートに誘った。彼はそのデート中に告白するつもりだったのだろう。現実は手を繋ぐことすら上神谷の拒絶により叶わなかった。ファーストキスのトラウマにより、男の指や手の甲から生える毛すらも汚らわしく思うようになってしまったのだ。良く見ると爪先も少し汚れていた。私に触らないで。上神谷のその一言にBは逆ギレし、そのまま決別となった。

 ***

 Shiran_kekkei ∨ [LIVE] [👁78]

 そんな過去があり、私は男の人とキスが出来ない、それどころか手さえも触れられなくなってしまいました。生徒会長の彼に告白された時、私は嬉しかった反面、また男の人を悲しませてしまうのかなと思い、彼の想いに応えるのを躊躇ってしまいました。理由を伏せた上で、返事は一週間待って欲しいと伝えました。

 ある女子と再会したのは、その翌日の夜でした。

 ***

 代々木の高架下。踏切と埼京線の音を聞きながら、上神谷は泣いていた。新宿と原宿に挟まれていながら通行人がまばらで、比較的静かなこの街は嫌いではないが、今の彼女は悲哀の方が強かった。強めの風で涙が渇く頃、400m先の予備校に向かってゆっくりと歩き始めた。マクドナルド、セブンイレブン、家系ラーメンにブックオフ。輝きを失いつつある自分のように、街灯がどんどん少なくなっていく。10分と経たないうちに高層ビルの9階にある教室に到着。

 成績不振に伴う講師の提案により、特進から一般へコース変更となってしまった。今日はその初日である。初めて入る教室。知らない顔だらけの生徒たち。本当は来たくなかった。でも両親に怒られたくないから来た。それだけの動機だった。

「上神谷さん? 久しぶり!」

 いつか聞いたような声がして、机に伏せていた顔を上げた。真っ白な壁に暗緑色の大きな板。それらを背景に満面の笑みを浮かべる女子。

「……三千島みちしまさん?」

 中学時代の同級生だった。当時は友達と呼べるほどの間柄では無かったが、このアウェイな環境下で唯一の知人とあれば心強い。2人は授業が始まる前には既に打ち解けていた。

 以後毎回、隣同士の席に座り、授業前に一緒に予習をするようになった。三千島の髪は人形のようにサラサラしていた。肌は透き通るように綺麗だった。くっきりした二重、笑った時に魅せるえくぼ、そして真っ赤な唇。三千島の清潔感溢れる顔を気にする時間は次第に長くなり、上神谷はふと思った。彼女の美しい唇なら、自分のそれをぶつけても良いかもしれないと。

「明日カラオケ行かない?」

 三千島の誘いに上神谷は戸惑った。何故なら明日はクリスマスイブ。再会からまだ5日しか経っていないのに、上神谷は三千島をただの友達として見ることは出来なくなっていた。加えて、12月24日は松之井の告白に返事をする期限日。『明日は何も予定を入れずに家に居る』と、彼からLINEが来ていた。

 ***

 Shiran_kekkei ∨ [LIVE] [👁105]

 そして予備校から家に帰り、今に至ります。
 生徒会で彼と一緒に居る時間はとても楽しいです。趣味が同じだから会話がいつも弾みます。でも、トラウマがあるから男の人と手を繋ぐことに抵抗があるし、キスも出来ない。その先なんてもっての外。
 一方で中学時代の同級生とはキスをしたい、そんな気持ちになってしまっています。でもその人は女子です。もし奇跡が起きて彼女と付き合えたとして、街中を手を繋いで歩いたり、カップルのようにイチャイチャしていたら、周囲からどんな目で見られるか。考えるだけでも怖いです。

 一緒に居て楽しい異性と、キスをしたい同性。どっちが本当の恋なんですか?

 ***

 想像以上に重い話だった。委員会の3人は言葉を失っていた。そのまま30秒が過ぎた。スマホを手に取り、急いでコメント欄に文字を入れたのは花崎だった。

>その娘とキスをしてみれば答えは出るんじゃない?

 ***

 粉雪が舞い落ちる聖夜。代々木駅前、ドラッグストアの入ったビルの地下1階。どういうわけか8人用のパーティールームに案内された上神谷と三千島は、斜めに向かい合うように座った。少し距離があるだけで安心する上神谷。

「私から歌っても良い?」

 先にマイクのビニールカバーを取ったのは三千島だった。ネットから火が点いた女性アーティストの最新曲を披露。透き通るのは肌のみならず歌声もだった。自分は歌わず、その分彼女の歌を聴き続けたいとさえ思う上神谷。そんなこと出来るはずもなく、自分も拙い歌声を広い部屋に響かせる。三千島が何度もハモってくれた。優しいと思った。

「ちょっと相談があるんだけど、聞いてくれる?」

 1時間が経過し、ストローで緑茶を吸う三千島に、上神谷はついに話を切り出した。

「私……実は、男の人とキスをするのが怖くて……過去にやった時、気持ち悪さを感じて……」

「じゃあ、私で練習してみる?」

 上神谷がお願いしようとしたことを、先に三千島が言ってくれた。これは大チャンスである。もう前に進むしかない。部屋に設置されてある防犯カメラは通常、店員には監視されないことを伝えた上で、照明のスイッチを下げ、機材のボリュームを左に回して無音にする。準備が整ったところで上神谷は三千島の隣に座り、ダメ押しのリップクリームを一塗り。

「手を握っても良い?」「良いよ」

 2人は向かい合い、初めて両手を合わせる。僅か30センチ先にある顔を見つめる時間に比例して緊張感が高まる上神谷。目を瞑り、唇を少しずつ三千島のそれに近付けていく。大丈夫、今度は綺麗、彼女は清潔、これは美しい行為。そう自分に言い聞かせながら。

「ん……っ」

 残り2センチのところで上神谷は唇を丸め込ませてしまう。あと一歩のところで踏み込めないまま20秒が経過。

「……出して」

「えっ?」

「唇、出して」

「……うん」

 三千島の言葉で再び赤いそれを見せる上神谷。その直後、三千島のほうから素早く上神谷の顔に近付き、互いの唇が触れ合った。その状態が10秒は続いただろうか。上神谷は唇を離し、瞼を開いた。2つの瞳は涙で光っていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん、なさい……」

 ひたすら泣きながら謝り続ける上神谷。

「本当は三千島さんとキスをしたかったの。本当は貴方のことが好きなの。でも、言うのが怖くて、まわりの目が気になって、もっともっと生きづらくなるんじゃないかと思って、ずっと言えなかった。本当にごめんなさい」

「私、彼氏が出来たんだ」

 三千島は笑顔でそう言った。

「私は中学の時から上神谷さんを好きだった。その時に言ってくれたら、私たちは付き合っていたのに。残念、遅すぎ!」

「そう……だったの? ごめん、全然気付かなくて」

「ううん、良いの。大切にしたい男が居るんでしょ? 行っちゃいなよ」

 それは三千島なりの後押しだった。もう上神谷に迷いは無かった。

「カラオケ代金、あとでPayPayで送るね!」

「いつでも良いよ」

 ***

 気温は更に下がり、粉雪はいつしか大粒になっていた。滑りやすい路面を避けながら、上神谷は全速力で南新宿に向かった。汗で乱れる前髪を直す余裕は無かった。両手に当たる雪は冷たく、手袋を着けていないことを後悔した。

 松之井の家は代々木二丁目にあった。門の前で息を切らす上神谷は、かじかんだ指を必死に動かし、彼にLINEを送った。

「……ありがとう、来てくれて」

 ドアを開けた松之井の第一声は感謝の言葉だった。

「返事を待たせてごめんなさい。私は……本当は、松之井君とずっと、ずっとずっと、いつまでも一緒に居たい。でも……」

 30秒の沈黙が流れた。「何?」と松之井。

「私、男の人とキスが出来ないし、その先をするのも怖い。もしかしたら、それが永遠に続くかもしれない。でもそれは、松之井君としたくないとかじゃ決して無くて、過去のトラウマがあって、男の人全員と……」

 そこまで言う頃には、上神谷の右手は松之井によって強く握られていた。彼は手袋を着けていたので、毛や爪先を気にすることも無く、上神谷はナチュラルにその手を受け入れていた。

「手を温めるくらいは、しても良いかな? それさえ出来れば抱き締めるとかキスとか、あるいはその先も、しなくて良いよ」

「えっ……良いの?」

「だって、一緒に話すだけで楽しいから」

 松之井はそう言うと、上神谷の左手も握った。「これ以上はしないから安心して」と付け加えて。

 ***

 Shiran_kekkei 1分

 彼は彼氏になりました。
 先日のインライでアドバイスをくれた皆さん、本当にありがとうございました。
 彼氏は子どもに興味が無かった。だからキスもその先もしない付き合いを受け入れてくれた。良い人すぎる!
 一生、彼氏と一緒にいます。絶対に(灬ꈍ ꈍ灬)

 そして……中学時代の同級生とは今でも友達です。
 触れ合った唇の感触は永遠に忘れません。
 彼女のお陰で前に進めました。本当にありがとう。大好き。

 ***

 そのストーリーは、ハート柄の背景に赤文字で書かれていた。

「いや、これ……素直に喜んで良いのか?」

 山辺はどうしても男性目線で考えてしまう。

「恋愛の形は人それぞれ。身体を触れ合わない関係があっても良いんじゃない? 男の身体を清潔に思えないって気持ち、私は少し分かる気がする」

「『恋愛と結婚は別物』。僕の兄が結婚相談所で言われた言葉だ。恋愛の先に結婚があると考えれば、将来を見据えた正しい判断だったと思うよ。キスやハグで愛を確かめ合うよりも、一緒に居て楽しいとか、趣味が合うとか、そっちのほうが結婚生活には必要なんじゃないかな? だって何十年も同じ屋根の下で暮らすんだよ?」

 花崎と舘林が続けて話した。

「そういや今回は会ってすらいないのな。封筒を渡せないまま終わったじゃねえか」

「これで良いのよ。もう17歳だし、生きづらさに対する答えを自分たちで見つけたんだから、私たちの計画に付き合わせる必要は無いでしょ」

(つづく)

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