見出し画像

二人の退職者

 人事異動により、8月1日付で店長が変わった。新店長は私より若いアラサーの女性。仮名が“理想女子”なのは以下の理由から。

7月21日(日)
最後の2時間は推定アラサーの女性チーフと一緒だった。今のところ彼女が一番理想の上司だと思っている。(中略)今のところまだマシに見られていると思うので、今後ヘマしないようにマジで気を付けたい。

7月30日(火)
新店長は前述の“理想女子”。なんとチーフから店長に昇格である。(中略)これまでは何とか取り繕っていたが、とうとうボロが出たり化けの皮が剥がれてしまうかもしれない。嫌われたくない。マジで気を付けないと。

2024.8.1『ブルースカイとの差分日記5』より引用

 この3週間弱で既にアルバイトスタッフに対して厳しい一面を何度も見せてきており(それでも私に直接怒ったことが一度も無いのが逆に怖いのだが)、気の強い女性であることは容易に感じ取れる。

「昨日本部の人に怒られて、夜ずっと泣いていたわ」

 そんな彼女の弱さが垣間見えたのは突然だった。数日前、男性チーフに漏らした一言を、私は聞き逃さなかった。どうやら今の部署を辞めたがっている。8-24の鬼シフトは当たり前で、その合間さえも多くの事務作業やスタッフ教育等をこなさねばならない。それが店長の責務。男性の店長ですら目が死んでいるというのに、女性には尚更重荷なのだろう。

「何なら会社も辞めたいくらいだけど、他に道が無いから。大学も出ていないし」

 学歴に関係なく昇給・昇進が可能な会社で、役職手当も時間外手当もしっかり出ることが唯一の救い。アルバイトも時給は高いほうだ。そう、給与面がこの会社に留まる唯一の理由であるスタッフは多いはずである。それくらい激務で人間関係も難しい会社なのだ。

 今回は、そんな中でも辞めてしまった二人の話をする。


一人目の退職者(アルバイト・高3女子)

 小柄で華奢に見える少女は、職場ではバリバリ動く強靭女子だった。
 特に4月から5月、まだ右も左も分からなかった頃の私に色々教えてくれた恩人。ベテラン女性二人に怒られまくっていた(今もだが)こともあり、対照的に優しく接してくれた少女は神でしか無かった。

「私、この店でしか働けないんでw」

 いつかの言葉が印象的で、今でも思い出す。このまま社員登用で永遠に居続ける未来さえも、確かにその時は見えていた。
 一方で家族との関係は良好とは言えず、何度も喧嘩しているらしかった。

 家族との仲が良く無い場合、職場はむしろ良い気分転換になるのだろう。私が仕事を辛い、嫌だと思う一方で、彼女たちは仕事に助けられているのだ。

2024.5.8『家庭よりも仕事が楽しいと思う学生』より引用

 そんな少女が7月下旬、突然辞めた。正確には体調不良を理由に数日休み、そのままフェードアウトした。私にとっては青天の霹靂だったが、前述のベテラン女性二人はむしろ清々していた。確かに勤務態度が良いと言えない時もあったが、それを差し引いても私にとっては大きなプラスだった。色々教えてくれた彼女には今でも感謝している。

 退職理由は知る術も無いが、一つだけ気がかりだったのは鬼シフトの多さだった。土日は長ければ10~12時間勤務の日もあり、人員不足の中で重宝されていたことが伺える反面、高校生でここまで仕事一筋に打ち込めるのはまだ青春を知らないからなのだろうなとも思っていた。

 早い話、男が出来たのだろう。お金を稼ぐ以外の楽しみを見つけたのなら、そちらを優先してもおかしくない。だとすれば決して悪い話ではない。青春を謳歌する普通の女子高生に戻れるなら戻ったほうが良いのだ。ただ私がしばらくの間は引き摺るだけの話だ。

 ありがとう……さようなら……

二人目の退職者(同期・30代男性)

 入社式やオリエンでは原価率さん、“武田真治”(仮名)と離れた席になってしまったが、その後の歓迎会で同じテーブルに再集結した。もう一人の男性も加わり、4人で雑談。この4人には30代で中途入社という共通項がある。

(中略)

「LINEグループ作りませんか?」

 30代中途組のテーブルに戻り、タイミングを見計らって私は発言した。似た境遇の同期同士で情報共有やメンタルの支え合いをすれば、激務でブラックな飲食業も乗り越えられるのではないか。3人は賛同してくれた。

2024.4.11『退路を断った38歳、小さすぎる一歩』より引用

 私の発案により作られた30代中途組のLINEグループの一員“もう一人の男性”(仮名)が、8月15日付で退職した。誰にも相談しなかったらしく、グループチャットでも発言すらしていなかったので、社内SNSの『人事異動のお知らせ』で初めて知った。

 我々30代中途組は乗り越えてきたものが違う。どんな困難にも絶対に打ち勝つ。4人で。

 結局、4人で困難を乗り越える夢は叶わなかった。にしても4ヶ月で砕け散るとは早すぎる。そもそもLINEグループ自体、かれこれ2ヶ月は稼働していない。それぞれがそれぞれの戦いをしており、情報共有する必要性を感じなくなってしまったのだ。5月の研修終わりに少しリッチなバーで大富豪をしながら酒を飲み、カラオケで歌いまくったのが4人で集う最後の日になってしまった。

 原価率さんに初めて個人LINEを送り、“もう一人の男性”の退職理由も判明した。まあまあ止むを得ない理由ではあったと思う。そういうことにして飲み込まないとこの件も引き摺ってしまう。原価率さんとLINEを5往復しただけでも良い気分転換になったのがせめてもの救いだ。

 今は前に進むしかない。せめて3人で。このまま。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?