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【エッセイ】 「待たせる」エンタメ設計。


彼氏と動物園に行って来ました。

「明日、動物行かない?」
「いいよ、どこいく?」
「やっぱり上野動物園じゃない?」
「やっぱりの意味が分からないけど、上野、いいね」
「だって、ゴリラみたいじゃん!」
「ああ、そこはパンダじゃないのね!」
「知ってる? ゴリラって、パンダよりレアだかんね!」
「詳しくは明日聞かせてよ!」
「もう、焦らすんだから!」

みたいな連絡を取り合ったのちに、動物園に行ってきました。とても楽しかったです。ここでしか見られない動物たちを存分に味わってきました。「そんなに、じっと見つめたって、なにもあげないわよ」と動物たちに言われたような気がします。それくらい、見てきました。だから、大満足。

でもね、この動物園で奇妙な出来事が起こったんです。

それは、ワタシたちが目的のゴリラゲージに行った時のことです。ゲージの前には人がおらず、ガラスの向こうは空っぽ。注意書きには「ゴリラがいない可能性がありますので、ご了承ください」の文字。

ワタシは絶望の気分になりました。ゴリラに会いに来たのに、ゴリラがいないんですよ? ディズニーランドに行ったのに、「ミッキーがいない可能性がありますので、ご了承ください」なんて看板があったら、蹴り飛ばしたくなるでしょう? でも、相手は動物だから。人間の思い通りに行かないことは百も承知。(そう考えると、ミッキーって・・・)

ワタシは、ゴリラゲージの前で待つことを決意しました。ゴリラに会いたい、ゴリラに会いたい、ゴリラに会いたい。動物園に隣接する弁天様にお参りしなかったことを悔いていました。

しばらくすると、ガラスの向こうで飼育員さんたちが清掃を始めました。生物の進化を見せられている気分でした。二人の男女の飼育員さんを、ワタシはじっと見つめていました。変な光景だったでしょう。背中の方から、通り過ぎていく子どもたちや、その親たちの声がします。

「ゴリラさんいないねえ」
「もうお部屋帰っちゃったんだよ」
「あの飼育員さんが、ゴリラなんじゃない?」
「違うよ、違うよ!」

ワタシは悲しい気分に襲われつつも、じっと待っていました。絶対に振り向くことはできません。ガラスの前で小さく小さくしゃがみ込んで、じっと飼育員さんを見つめていました。

しかし、ここでワタシは確信をします。ゴリラは現れる。なぜなら、飼育員さんたちは、清掃後、エサの準備を始めたからです。草や、ピーマン、果物らしきものが入った竹筒を、所定の場所にセッティングしています。これでゴリラが現れないわけがない!

このあたりから、奇妙な違和感を感じました。周りをみると、人だかりができているではありませんか。それも、驚くほどの人の数!!! ガラスの向こうには飼育員さんしかいないのに。でも、耳に入ってくる会話を聞いていると、みんなが、ワタシのような心持ちでゴリラを待っているようではありませんでした。

「なになに、ゴリラいるの?」
「人が集まってるってことは、いるんじゃない?」
「でも、みんな違う方向見てるから、いないでしょう」
「これから、なんか飼育員さんとのショーかなんか始まるんじゃない?」
「待ってみる?」

ザワザワと人が集まると、人混みがさらに人を集め始めました。まるで満員電車のような、ぎゅうぎゅうの人の群れ。列があるから列に並んでるような、そんな理由なき、意思なき群衆が集っているんです。ガラスの向こうは空っぽなのに!

ワタシは耐えました。人の圧に苦しかったですが、ちびっ子たちと一緒に小さなスペースを確保して、じっと待っていました。ワタシは待ちたくてここにいる、と自分を奮い立たせながら。隣に立っていた4歳くらいの男の子も静かに待っているんだから、ここでワタシが「押すな、理由なき群衆どもよ!」とは言えません。

ワタシの後ろに立っていたはずの彼は、いつのまにかいなくなっていました。あまりの人の多さに戦線離脱してしまったのでしょう。しかし、悲しんでいる暇はありません。彼の分まで、ワタシはゴリラを見なくては! 人が多くなるほど、ボルテージはアップしていきました。ワタシの想いもヒートアップしていきました。

人は待っている時間が最も楽しいのかもしれません。振り返ってみれば、この時が、この日一番の盛り上がりを見せていたような気がします。いたるところから「ゴリラがどう」とか「ゴリラは絶滅危惧種で」とかとか。人々の口からゴリラ、ゴリラが止まりませんでした。ワタシは心の中で、ゴリラコールです。ゴーリラっ! ゴーリラっ!

もう一度、書いておきますが、ガラスの向こうは空っぽなんです。それなのに、人々は熱狂していました。今か今かと、まだまだ盛り上がりを見せています。完全にエンターテイメントになっていました。飼育員さんが「間も無くゴリラがやってきます!」とも言っていないのにです。

目の前にはガラス一枚。その向こうでは、飼育員さんが清掃を終え、去っていく後ろ姿のみ。シュールです。奇妙な光景としか言いようがありません。それでも、人は熱狂していたんです。

20分ほど待ったのでしょうか。
ついに、その時はやってきました。

ゴリラ、入場です。

轟くような歓声が上がります。黄色い歓声ではありませんでした。隣に立っているちびっ子はフリーズしていました。

筋骨隆々の、シルバーバックの大きなオスゴリラが、颯爽と現れました。身体の大きさと動きの俊敏性が一致していません。一目散にワタシたちの方へ向かってきて、ガラスの前に置かれたピーマンや草をはんでいます。人の目なんて気にしているそぶりは見せません。マイペースに口を動かしています。

あまりの大きさ、その存在感に、ワタシは卒倒しそうになりました。カメラなんて撮ってる余裕はありませんでした。彼の凛々しい横顔、大きなお尻に夢中です。想像以上に全身毛むくじゃらでした。うで、あし、背中、全て、毛で覆われています。でもボサボサしたような不潔な感じではありません。ふさふさして、思わず触りたくなるような美しい毛並みです。脱毛に足繁く通う自分がアホらしく思います。

何分くらい、彼を見つめていたのでしょうか。周りをみると、これまた奇妙なことが起こりました。

人混みが消えていたのです。

ワタシの後ろでは、彼氏が静かに佇んでいます。なんとか生き延びていたようです。それにしても、あれほどの盛り上がりは一体どこへ行ってしまったのか。ガラスの前には、人がちらほらしかいません。ワタシは状況が飲み込めませんでした。

人間は楽しみを継続させることが苦手なようです。

あれだけ楽しみに待っていたはずなのに。熱狂していたはずなのに。いざゴリラが現れたら、ほんの少し見ただけで満足して立ち去ってしまう。なんとも恐ろしい、人間の欲望を目の当たりにしたような気がしました。

しかし、思い返せば、遊園地とかも同じような構造なのかもしれません。列に並んでいる時こそが、みんな楽しそうにしている。いざ、乗り物に乗っている時間なんて、たかが2〜3分。待っている時間の方が、はるかに長い。

でも、それが楽しいんですよね。

楽しみが待っている。遠足だって、デートの約束だって同じ。

【ある約束】を待っている時間が、最も楽しいのかもしれません。

ある約束を【快楽】なんて言葉に置き換えてしまったら、もっと人間の黒い部分が見えてくるかもしれません。恋愛もそう、ギャンブルもそう、人によってはセックスだって同じかもしれない。

達成してしまったら、快楽を手にしてしまったら、飽きてしまう。それを待っている状態。追いかけている状態が最も楽しいのかもしれませんね。

長くなってしまいましたが、ワタシは動物園のゴリラを見ながら、そんなことを考えていました。帰り際、ゴリラは、ワタシにウィンクをしてくれたような気がします。たぶん、ワタシを誘っていたんでしょう。ドキドキしましたが、ワタシは彼氏の腕をとりました。ごめんね、ゴリラ。

帰り道、ワタシがゴリラを見て思ったこと、人の欲望の恐ろしさについて、彼氏にたくさん話しました。彼は「オリエンタルランドでは、それを理由にわざと傾斜を作って」だの、「行動経済学まで考えた上での設計がウンヌン」と、大して詳しくもないくせに、知ったような口を叩いていました。とても楽しい時間です。

でも、ワタシは彼氏からの結婚の申し入れを、もう少し待たせようかと思いました。まだ、奴には熱狂が足りませんね! もう少し、もう少し、粘れそうです。

てへ。

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