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見たいものしか見ない虫と、人。
電車に乗って移動することが多い。細長い箱に大量の人が流れ込んでくる光景は、見ていて面白い。虫を眺めているときと似た気持ちになる。
なんでそんな色をしているの?
どうしてそんな動きをするの?
なにを考えてるの?
なにが目的なの?
虫にも人にも同じことを思う。
だから面白い。
ウチは別に虫が好きなわけではないんだけど、嫌いでもない。久しぶりにバッタを捕まえたときは、ちゃんとゾクゾクした。体中の血の流れが早くなるのが分かったし、肌にボツボツが浮かんでいた。
それくらい虫に対する抵抗感はある。でも、嫌いじゃない。苦手でもない。でも、好きなわけでもない。興味のある存在、というくらいの距離感だ。もちろん虫に詳しいわけでもない。
話が逸れた。電車の話をしてるんだった。
そう、だから、電車に乗って人を眺めているのが好き。いろんな人が見えてくる。でも、人がとくべつ好きなわけでもない。人も虫も同じようなもの。だから、嫌いなわけじゃない。興味のある存在、として眺めている。
「みんなスマホいじってて、ゾンビみたいだよね」
と囁きあってるカップルがいた。いや、つがい、とでも言ったほうがいいのだろうか。でも、そうしたら、いよいよ、ややこしいことになるから、カップルでいいか。カップルが囁きあっていた。
オスの方も、メスの方も楽しそうに喋っていた。ときどき、メスの方がオスの胸のあたりを、指でくるくるいじっていた。オスの方は嬉しそうに、メスの頭を撫でていた。カップルは、スマホをいじっていなかった。
ウチは、変な会話だなあ、と思った。たしかにスマホをいじっている人は多いが、みんな、ではない。ボーッと外の景色を眺めている人もいれば、参考書を開く学生もいる。読書を楽しむ姿もあれば、カップルのように、くっちゃべってる人もいる。
いろいろな虫、いや、人たちがそれぞれの生活をしていたのだ。
カップルの目にはどんな世界が見えてるのかが気になった。スマホをいじっている人たちが天敵にでも見えたのだろうか。やけに嫌味ったらしい言い方だった気がする。鳥に対する悪口、と捉えたほうが納得がいく。
人目もはばからず、ちちくりあっているカップルを見ていると、いよいよ、虫に見えてしまった。やっぱり、電車内って面白い。
マダニは、光覚センサーみたいなものと、嗅覚を頼りに血を吸う対象を決めているらしい。見たいものしか見ない。そんな気概を感じる。生き延びるための生存戦略ともいえるかもしれない。
見たいものしか見ない。
考えれば考えるほど、やっぱり人間も似た部分があると思う。そんなウチもたぶん虫で、見たいものしか見ていない。電車の中を眺める、などと書いておきながら、視線はカップルに突き刺さっていたもの。つがい、の一挙手一投足が気になって仕方なかった。
本が好きな人は、読書をしている人が気になるだろうし、学生は、学生にばかり視線がいってしまうと思う。妊婦になればマタニティマークが気になるだろうし、スマホに疑問を抱いていれば、スマホ人間ばかりが気になるんだと思う。たぶん、これも、見たいものしか見ない、ということ。スマホの中身を見れば、さらにハッキリとするんじゃないかしら。
そう考えると、フラットな視点を持つことはムリだ。感情のない虫ですら、見たいものしか見えてないんだから。人がフラットになれるわけがない。
でも、だからといって開きなおってしまったら、それこそ虫になってしまうと思う。だから、なんとか広い世界を見渡そうとするんだけど、それでもやっぱり虫になってしまう。見たいものばかりが見えてくる。
たまには、見たくないものも見ないとダメよね。
そんなことを考えながら、今日も電車に揺られようと思う。今日は、どんな虫に出会えるかしら。虫取り網を握りしめて、今日もたのしく過ごしたい。
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