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【エッセイ】 幸せな、ため息。


整理しても、整理しても、すぐに散らかる。積み上がる。これはぜんたいどうしたもんか。頭をひねる。考える。考えながら、広げてしまう。机いっぱい、広げてしまう。これは病気だ。病気なんだ。そんな言葉で慰める。いつになっても片付かない。いくつになっても片づけられない。そのまま、一息、コーヒー啜る。

ひとりがけのソファに腰掛け、しばらく思案。体の中を血がめぐる。少し苦めの血がまわる。どう考えても、時間がかかる。整理と時間は切り離せない。しかし、時間は有限なのだ。全てを整理にあてられない。食べなきゃいけない。飲まなきゃいけない。眠くもなるし、欲もわく。紙をビリビリ破くみたいに、時間を割いてく、貼っていく。

よし動こう、と思った途端、ポワンとスマホが声を出す。いっつも、ぼくの邪魔をするやつ。もういい加減、捨てちゃうぞ。スマホついでにトイレに入る。ながら排泄、これが常識。昔はマンガを持ってった。

なんだよ、誰だよ、こんな朝から。

人に言えない、本音のつぶやき。トイレだったら流してくれそう。ほんとは、こんなに口が悪い。心の根っこが汚れてる。

スマホの向こうに可愛いあの子。すぐさまジョバジョバ水を流す。流れた流れた、みんな流れた。

なになに、今度の土曜日空いてるかって?

カレンダーをチラリと確認。夜の7時に新年会。だいぶ遅めの新年会。ずいぶん前から決まってた。SNSもできない大人が、一生懸命企画して、なんとか予定を合わせた会。行かないわけにはいかないよ。流石のぼくでも断れない。もう、なんだって、被っちゃうのさ!

朝からポツリと息を吐く。鼻から、口から、毛穴から。しゅんと体が小さくなった。ひとまわり、いや、ふたまわり。そんなもんだよ、人生は。無理に自分を励ます言葉。どこかで聞いた、どこかで流れた。誰もが聞いたことあるセリフ。それでも少しはラクになる。意外と効果があるものさ。心の薬、処方せん。

画面を優しくタップする。ただ力がないだけだけど。強く押せないだけだけど。まるで菩薩になった気分で、ぼくは言葉を入力していく。目を細くして、口角上げて。柔和な顔で返事を送る。奥歯が、ぎゅうっと痛かった。

時計の針は止まってくれない。ぼくの気なんて知らないで、カチンコチンと秒を打つ。もう、このやろう、割っちゃうぞ! 流石に声にはしなかった。ごくんと腹へ押し込んだ。唾まで飲んで、お腹がなった。そうだ、お腹が空いてたんだ。

知らなきゃ気づかなかったのに。知ったら気になる、集中できない。頭の中が空腹一色。ぜんぜん、自分を制御できない。どうなってんだ、人間は。理性があるんじゃなかったのか。グググ、とまた鳴る。抑えられない。

ふうと息はき、立ち上がる。冷蔵庫の中、パンが一切れ。ゴクリと唾が溢れ出す。ピーナツバターが残ってる。次から次へと口が潤う。気付けばレンジが唸ってた。小麦の香りが部屋に漂う。サクサク、ふわふわ、いい匂い。ピーナツバターの小瓶を持って、焼き上がるのを待機する。体を左右に振っている。もう、ノリノリじゃん、なんなんだ!

机の上は散らかってるから、机を横目に立って食べる。パラパラパラとパン粉が落ちる。床と粉が同化する。あとで、ここも掃除をしなくちゃ。時間の切り貼り、時間の切り貼り。小さな怒りは甘さで消える。絡んだ糸がほどけるみたいに、世界の全てがどうでもよくなる。

それじゃあ、どこから始めていこうか。
そう思った次の瞬間、家が大きな声を上げた。はいはい、次はなんですか。モニター越しに、はい、と応えた。アマゾンでーす。おお、ありがとう。

机の上に本が広がる。整理をしても、整理をしても。すぐに散らかる、積み上がる。本を読むには時間がかかる。どうしたって、時間が必要。

今日もぼくは考える。なんの本を読もうかな。この次はアレ。その次はコレ。読んでも読んでも片付かない。どこかで、それを楽しんでいる。はあ、と息を漏らすのは、「やれやれ、まったく」っていうやつさ。

幸せなため息、幸せな悩み。

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