中年とSNS
最近の仮説。
SNSは、若者より中年の方が見てるんじゃないだろうか説。
先日、お酒を飲みながら、そんな話になった。
「私、フォローしたけど、あっちからはウントモスントモだったんだけど」
「え、俺、フォローバックあったけど」
「なにそれ、私だけ差別されてない?」
こんな言葉のオンパレードだった。この言葉を漏らしていたのは、みな、40代~50代の中年だ。正直、ビックリした。文章で書いたら、より俯瞰的に思うけど、子どもみたいな会話だと思った。
手元には金色に光ったビールや、鮮やかな朱色に輝くお酒が並んでいる。ウチは、柑橘の香りのする白い泡をノドに流し込んだ。
SNSはウチもやっている。でも、そこまで興味はなかった。単なる情報収集手段、としか考えていない。誰がフォローしてるとか。フォローバックがどうとか。本当に本当にどうでもいいと思っていた。
「俺は付き合いが古いこともあるから。それで返してくれたんだと思うよ」
「やっぱり、フォロワーが多い人は、私らみたいな影響力を持ってない人のことは、フォローしないんだろうなあ」
「あの、ウチ、全然、SNSみないんですけど。やっぱ、今の時代、SNSって大事ですかね?」
我ながら良い質問だったと思う。愚痴と嫉妬にまみれた不毛な空気を変える、爽やかな風を吹かせたつもりだ。でも、それは年少者が年長者にSNSの質問をするという、イメージにそぐわないような、居心地の悪いものだった。
「今どき、アンタみたいなタイプって珍しいんじゃない? 重要よ、そりゃ」
「そうそう。一億総発信時代なんだから。発信していかないと、死んだも同然の扱いになるぞ」
「私だって、できることならSNSなんて辞めたいんだけどね。頑張って、更新するようにしてるんだから」
「うん。俺も俺も」
「・・・なるほど」
頑張ってSNSを更新してる人の発信が面白いのだろうか。テキトーに相槌を打ってから、ウチはトイレに立つことにした。便座に座り、スマホを開き、先輩の投稿を確認してみる。
《ラーメン高くなりすぎ! そんな日は、カレーに限るね!》
《旅に出ます。心のマッサージです》
《深く思いやりの持てる大きな心を持つ》
なんじゃこりゃ。イミフメイだ。先輩方が熱く議論している実態は、こんなに空虚なものだったのか! ウチは、トイレを出る前に、鏡の中に映る自分の顔を確認した。
「相手は先輩なんだ。絶対に、『クダラナイ話してますね』とか言っちゃダメだぞ!」
自分と目を合わせて強く頷く。照明が瞳に差し込み、目の奥が白く光っていた。
席に戻ると、すぐにグラスを傾け喉を潤した。会話の流れに耳をすませ、全体を把握する。どうやら、まだ話は続いているらしかった。
「絶対、炎上なんてよくないよ」
「でもさ、一度でいいから燃えてみたいんだよ」
「なに言ってんの。炎上は犯罪だからね」
「いや、そうかもしれないけどさ・・・」
炎上は犯罪。その言葉に強烈な違和感を感じた。
「え、炎上って犯罪なんですか?」
つい口が滑ってしまう。先輩は子どもをあやすかのように答えた。
「そうよ。だって、バイトの子が悪ふざけしたり、飲食店で迷惑をかけたり。そういうのが燃えるわけだから。あれって、軽犯罪行為だからね。殺人みたいな重い罪ではないけど、立派な犯罪であることには変わりない」
「・・・なるほど」
「バズるのだったらいいかな?」
「そうね。炎上とバズりは違うから。狙うなら、バズるのを狙ったほうがいいわ」
なにかがズレてる気がする。うまく言葉にはできないけど、先輩たちは何か根本的な勘違いをしている気がしてならなかった。
炎上は犯罪。言わんとしていることは分かるし、それくらいの認識の方が、自分が被害に遭わないためにはいいのかもしれない。でも、炎上もバズりも、コインの裏表なのではないだろうか。この変化の激しい時代において、いつコインがひっくり返るかなんて分からない。
「じゃあ、どうやったらバズるんですか?」
「それが分かれば苦労しないわよ。そのために私らは発信を続けてるんだから」
「俺、一回でいいからバズってみたいわあ。そしたら、フォロワーもグンと増えて、人生変わるんだろう?」
「どう変わるかは人それぞれだと思うけど、少なくとも、今より状況は好転するはずね!」
この人たちは、SNSを「宝クジ」のような感覚で捉えているのではないだろうか。そのクジには、炎上というハズレが混じっている。なるべく安全な方法で当たりを引くために苦心しているようにしか見えなかった。
ラクして得をしたいという下心が根っこにある。
・・・宝くじでさえ、お金を払うというリスクを背負っているのに。どうして、こんな子どもみたいな話を続けるのだろうか。
「だから、アンタもSNSが苦手だかなんだか知らないけど、まだ若いんだし、今の時代はSNSなんだから。ちゃんと発信していかないとダメよ」
「たしかにな。せめて、動かしておかないと。『意見のない人間』って思われるぞ」
「・・・クダラナイですね」
だめだ。
「ああ、クダラナイ」
抑えろ。
「え、なにが?」
「どうしたんだよ」
先輩たちの表情が凍る。ウチの脳裏には先輩たちの投稿文が浮かんでいた。
「クダラナイですよ。しょうもないことばっか投稿してるくせに。ガキかよ」
とまれ。
「てか、ヒマなんですか?」
とまれ。
「ヒマじゃなきゃ、投稿なんてできないですよね」
とまれ。
「ウチ、SNSが苦手というより、『その時間がもったいない』と思っちゃってるだけなんですよね、正直なところ」
先輩らの血の気が引いている。
「先輩方って、一日、何時間SNSみてるんですか? たぶん、実際に調べてみたら衝撃受けると思いますよ」
口が勝手に動いてしまう。
「本気でSNS運用しようと思ってるなら話は別ですけど、どうせ、他人の投稿みて嫉妬したり、心乱されてるだけですよね。それでいて、大した投稿もしないで、バズるのを祈ってるだなんて。都合よすぎ。いい大人ですよね? だったら、やらない方がいいですよ。本当にクダラナイ。時間を持て余してるだけじゃないですか」
とまれ!
「ちょ、ちょ、ちょい! アンタ、大丈夫?」
気がつくと、先輩がウチの顔を心配そうに覗き込んでる。
「酔っ払った?」
「あ、へ・・・?」
「ははは、大丈夫か? そろそろ帰るぞ?」
ふと時計を見ると、いつの間にか閉店時間になっていた。
「・・・は、はい」
頭が混乱していた。今、ウチ、とんでもないことしなかった?
「あ、あの。ウチ、もしかして荒れてましたか?」
「え、イビキ的なこと?」
「いや、気持ちよさそうに寝てたよ」
「そ、そ、そうですか。すみません」
どうやら、ウチは寝ていたらしい。混濁する記憶の海をかき分けながらも、何度も先輩に頭を下げた。テーブルの上にある半分以上残ったビールは、輝きをなくしていた。
「アンタ、気をつけなさいよ。ちょっと飲んだくらいで寝ちゃうなんて。スキだらけなんだから」
「お前の写真撮って、SNSに投稿したら炎上するかね」
「うわ、キモ。最低だわ、こいつ」
「ははは、冗談だよ!」
よかった。ウチは、まだ、いつものウチでいられた。
先輩は、店を出るとすぐにスマホを開き、今日のニュースや、同僚の動向の確認をし始めた。
ウチはボーッとする頭で、やはり思う。
SNSは、若者より中年の方が見てるのではないだろうか・・・。
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