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『土曜午後4時、瞬間的懐古』

世界は万華鏡で、ただのビーズが敷き詰められた現実が、自分のバカな目のせいで複雑に絡み合っているように見えているのであって欲しい。


和紙で包まれた万華鏡、その感触を指で確かめる。ざらついたような、滑らかなような、部分によって違うその感触。
特になにをするわけでもなく達也は時間を潰していた。手にある万華鏡は随分昔に恋人から貰ったものだった。

溌剌とした人で、彼女にとって世界は1+1の計算よりも明快なものだったかもしれない。
達也は彼女のそんなところに惹かれて、そんなところに違和感を感じていった。自分との違いに初めはドキドキと胸を高鳴らせ、次第にその点が目につくようになる。よくある話だ。

手の中で遊んでいた万華鏡が、ごと、と音を立てて机から落ちる。レンズの蓋が外れ、中からビーズが散らばり出てしまっていた。
透明、半透明、水色、紫、翡翠色。
紫陽花のような万華鏡だとは思っていたが、こう見てみるとビーズ達はただのプラスチックの塊だった。

達也は腰掛けから立ち上がって、ビーズを集める。最近関節の動きが鈍くなったのは気のせいではないだろう。
散らばったビーズを集め切り、元に戻そうとしてそこで初めて気がついた。

万華鏡の本体からなにか白いものがはみ出している。

達也は手に集めたビーズを慎重に机に置いてから、万華鏡の本体と、先程まで触っていた和紙の間からその白い紙片を引っ張り出した。

『これに気づいたのなら私たちは運命ではないかしら。ここに連絡してください。0×0-××××-××××』

長年の劣化でか少しインクの色の薄まった字でそう書かれていた。

達也は記憶の海からより形のはっきりした昔の恋人が浮かび上がってくるのを感じた。
彼女はこういう女だった。物事を善と悪や運で分けるような女。そしていかなる結果でも受け入れていく女だった。

彼女の笑う顔を思い出す。

彼女のことは、達也が振った。そういえばこの万華鏡もその時に渡されたものだったかもしれない。別れの印にと。

記憶の彼女の輪郭が揺らいだ。居間から妻が呼ぶ声が聞こえる。達也と同じく過敏で繊細で、小花のような、いじらしい妻が。

記憶の彼女に連絡を取るつもりは一切ない。
だがもし彼女と今も一緒だったならば、この万華鏡の様に歪んで屈折して見える世界はもう少し単純で生きやすい世界だったのかもしれない、と思わずにはいられない。

達也は書斎を出て、小花の妻とコーヒーを飲みはじめた。

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