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東大院卒と働く中卒が学業を放棄するまでの話③/⑨

〜前回までのお話〜

中二の一学期、午前中に始業式から開放された
少年(私)は帰国子女の巨漢同級生とマックへ。
彼からアメリカで最も人気のあるロックバンドだというGUNS N' ROSESの存在を知らされる。

・まくら

それぞれの生きる道は
天によって完璧に決められていて
それでいて完全に自由だ

引用:バガボンド29巻  井上雄彦

最初この言葉をまったく理解できなかった。
人には運命がある、と言いたいのか?
でも自由だと言っている。
そもそも「天」とは何を指しているのか?
色々と考えた。
そして一応、自分なりの解釈に至った。

「天によって完璧に決められている」とは
生まれた時代、国や地域、人種、性別、
そして自分が自分として生まれてきたこと。

これらは自分で選ぶことが絶対にできない。
そういう意味では「決められている」

では「それでいて完全に自由」とは。
抗うことができない「決められたこと」である
自分が生を受けた環境の中で、
何をするか、何を目指すか、何者になるか
という
「それぞれの生きる道」は自分自身で
「完全に自由」に選び、決めることができる。

人それぞれに解釈はあり、
この言葉自体を否定する人もいると思うが、
私はこのように解釈した。

そして私はそのようにして生きてきたと思う。
この言葉に出会っていない14歳のときに
そのように生きることに決めた。

東京郊外で暇をつぶす方法

腹三分目くらいでマックを出た私と
シカゴ帰りの巨漢。
もちろん、まだ家路にはつくはずがない。
このころ寄り道する店といえば
決まって本屋、CD店、スポーツ用品店。
とりあえず、どの店に入っても商品を眺める。
眺めるだけ。なんせ自分の財布というものを
持っていたのかさえ怪しい中学生なのだ。

当時、東京郊外の個人経営のCD店に
試聴機など設置されているわけもなく、
店主のおっさんに話しかけようものなら
若い我々に延々とビートルズの魅力を
語り続ける可能性は低くない。

スポーツ用品店でも拝みたくなるほど神々しい
エアジョーダンなど陳列されてはいない。
野球くらいしかメジャーなプロスポーツが
なかった当時、店主のおっさんに勧められるのは
高橋慶彦モデルのスパイクや
篠塚和典モデルのバットが関の山だろう。
今の若者には私が何を言ってるかも、わからねぇだろうけど。

唯一、本屋は立ち読みで小一時間は
能動的に楽しめる場所だった。
本棚に並んでるジャンルの狭さは否めないが
都心でも東京郊外でもできることは変わらない。

ということで本屋へ入ると
バスケ部だった巨漢はマイケル・ジョーダンが
表紙になっているNBAの雑誌を手に取り、
文章よりも屈強な選手たちの試合中の写真に
いちいち興奮していた。

私も彼の興奮にいちいち付き合っては
いられないので、ひとまず雑誌の棚を
見て回りはじめた。

写真の中の「ヤバそうな」五人

そして目に入ってしまった。
「ガンズ・アンド・ローゼズ」という
カタカナの文字列が。
音楽関係の雑誌コーナー下に設置された
一段しかない横長の棚から。

「あ、さっきアイツが言ってたバンドじゃん」
と何気なく棚から引き抜き、表紙を見た瞬間に
ド肝を抜かれた。
というよりも引いてしまったのを覚えている。

「怖い……!」

とりあえず長髪、金髪。
腕に彫られている無数の入れ墨。
そして何よりメンバー五人のグループショットの
真ん中にいる美形の男の目つき。

日本ではこんなバンドをテレビで
見かけることはない。
すでにヴィジュアル系はメジャーシーンに
存在していたが、化粧をして髪を逆立てた
日本のバンドからは感じられない
マジで危険な匂いが漂っていた。

ページをめくってみると
激しく叫んでいる様子の赤髪のボーカル、
ギターを掲げるような格好で演奏している
もじゃもじゃ頭のギタリストのライブ中の写真。
どちらも漏れなく上半身裸である。

もし街で見かけたら目が合っただけで
殺されそうな、実生活では絶対に関わりたくない
野生の不良たちがバンドをやっている……。

13歳の少年にはまったく未知の世界の住人。
こんな世界があることも、
こんな人たちがいることも
想像したことがない領域だった。

だからこそ強烈に惹きつけられたんだと思う。
こんな人たちが一体どんな音楽を
鳴らすのだろう、と。

彼らの音楽を聴いてみたい。
動いているところを観てみたい。
この危なそうなボーカルはどんな声で歌い、
長い髪で目が隠れている人のギターからは
どんな音が放たれているのだろう?

まだインターネットも普及しておらず、
YouTubeもない時代。
それを確認するためにはCDを買うか借りるかする
ほか手段がなかった。

しかしながら少年はバイトもできない中学生。
一枚2,500円という決して安くない価格のCDを
買うには親からひと月に一度3,000円もらえる
お小遣い日を待たねばならない。

このようなアーティストの曲を手軽に聴くことが
できず、ライブ映像も簡単には観られなかった
"不便な"時代に生まれたことは
私にとって大きなプラスに
作用したと今となっては思う。

それは「天によって完璧に決められて」いて
その後の人生を「完全に自由に」生きることへと
繋がる出来事だったんだろう。

そのお話はまた次回に。

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