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ルールを守る男

デスクトップとキーボードの角度を整え、マウスの右横にお気に入りの万年筆を置く。

木村は、とあるメーカーの商品部の部長を務めている。この道で生きて25年。私は会社に身を尽くし、一筋で信念を貫いてきた。

仕事を進める上で一番大事にしなければならないのは「ルール」だ。特に最近の若い連中は決め事を守らない。遅刻をすれば「ごめんなさい」で軽く済ませ、その日のうちにに挽回しようとする姿勢もなくヘラヘラと一日を終わらせる。作業手順も守らず勝手な処理をしてクレームを被る。なぜそうしたのかと聞いても「こっちのやり方のほうがいいと思って、、、」だ。決め事を守らないからこうなるのだ。悩みは尽きない。

「右にならえの日本人」この国民性も厄介なものだ。
「みんなそうしてたから、私もそうしました」
「規則違反なのは認識してました、、でも先輩が」

論外だ。決められたルールを認識していたのならなおさらそれは悪だ。何の主張にもならない。

ルールは守れ。ルールがおかしいならルールを変える手順を踏め。そしてそのルールがまた実態にそぐわないのであれば、ルールを変える手順をまた踏めばいい。まずは「ルールを守ること」。
逸脱する人間がいるから破茶滅茶になるんだ。

そんな毎日だ、、
職場の秩序が乱れているのは、私自身に力量が無いからだと言われれば否定はしないが、、
あの下等生物たちをおさめるには相当なエネルギーが必要だということも理解してほしい。

仕事を終え、会社の駐車場へと向かった。
チェアーの角度を整え、エアコン出力が「2」であることを確認し、家路に車を走らせた。

「疲れるなぁ〜。なんなんだあいつらは、、」

ぼそっと愚痴が出た。
わだかまりが巡りに巡り、脳内を混乱させた。

決め事を守れないのはなぜなんだ。
簡単なことだろ。言われたことを言われた通りにやってればいいだけなのに、あいつらは馬鹿なのか?それを破って何の得になるんだ。逸脱行為をすることで喜びでも感じているのか?新手の精神病なのか?ふざけるのも大概にしろ!

呼吸が荒くなり、我を忘れそうになったその時、交差点の向こう側には一台の車が停車してあり、不審な動きをする男がいることに気がついた。
周りには人気が無い。

男の隣には、学制服を来た15・6歳程度の少女がいた。車の中に押し込もうとしている男に少女は抵抗している様子だった。

、、誘拐?

気づいた時には車の外に身を置いていた。

「た、助けてくださーい!」

少女の声は、ミステリー映画のワンシーンのように迫真にせまるものだった。その言葉が私に向けられたものであることは瞬時に分かった。

陸上部だった学生時代での成果が、こんな状況で試されるのものなら腕が鳴る。この場に砲丸すらあれば直ぐ様あの男をひるませることができると思った。すぐにこらしめてやるから待っててくれ。と、使命感を身に包んで走り出した。

「あ、、」

木村は足を止めた。

「助けてくださーい!!」

人気の無い場所に少女の声は響く。

男は状況に戸惑いながらも、少女を車内に押し込むことに徹していた。


「赤信号か」 
 
木村の足は交差点の前で止まったままだ。

少女は男に口を押さえらながら後部座席に押し込められ、車体からはみ出した両足が潰されるようにドアを強く閉められた。

荒々しいアクセル音を鳴らし、車はその場を去っていった。


『今日未明、山梨県の山中で女子高生と見られる少女の遺体が発見されました。警察は身元の確認を急いでいます』

ヘッドラインニュースがリビングに流れていた。
木村はトーストをかじり、コーヒーをすすった。
そして、昨晩の不可解な出来事を思い返しながら、会社の朝礼で話す内容を考えていた。

そうだ。今日はこんな話をしよう。


「交通ルールは守りましょう」



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