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人がしてほしいように人にしてあげなさい【魔法の4秒】14

 何カ月か前、妻・エレノアがぷりぷりして帰宅した。理由は娘の学校の保護者のひとり、ミシェルにあった。

 その日の午後、エレノアがミシェルにハローと挨拶したところ完全に無視された。聞こえなかったのかもしれないと思ったエレノアはもう一度、今度はもう少し大きな声でハローと言った。やはり返事はなかった。
 ミシェルは携帯でお話し中だったわけでも、ほかの親とおしゃべりしていたわけでもない。つまり「返事できなかった」のではなく、「返事する気がなかった」ことになる。故意に無視したわけだ。
 しかし、そこであきらめるエレノアではなく、3度ハローと言った。ようやくミシェルは、下を向いたまま口の中で何かつぶやき、立ち去った。

 エレノアとミシェルは友人ではなかった。これまでに口をきいたことは2、3度しかない。うち一度はミシェルがエレノアに電話してきて、ぼくたちの娘がしたことについて文句を言ってきたときだ。

 エレノアは学校でミシェルに冷たくあしらわれてショックを受けた。小さなことだがなかなか忘れられないことというのはあるものだ。エレノアにとっては予想外の出来事だったのでなおさらだった。

★★★

 人はしょっちゅう他人が言ったことやしたことや、言わなかったことやしなかったことにショックを受ける。

 どうして上司は、ぼくを無視しているんだろう?
 どうして同僚が手柄を独り占めしたんだろう?
 どうして部下はあんなミスをしたんだろう?
 上司がみんなのいる前でぼくにあんなことを言うなんて信じられるかい?
 ガールフレンドはどうしてこう気配りに欠けるんだろう?
 ぼくがこれだけしてやっているのに、妻はどうして感謝しないんだろう?

 ぼくは企業エグゼクティブにコーチングをしたり、幹部社員間の揉め事を仲裁したりすることがあるが、みんなきまって「あの人はどうしてあんなことをするんだろう」と驚く。

 ここからぼくは、きわめて単純な結論に行き着いた。
 問題は自分にあるのでもなく、相手にあるのでもない。「自分の期待」にあるのだと。相手の行動が良いとか悪いとかではない。「こちらの期待と相手の行動が違う」ということだ。

 相手がこれまでに何度も何度も、こちらの期待が間違っていることを証明済みのときでさえそうだ。
 上司が会議に参加しろと言ってくれないのはこれで100回目だし、同僚に丁重なメールを送っても返事が来なかったのはこれが初めてではないというのに、いまさら驚くことはないだろう。

★★★

 ぼくのアドバイスはこうだ。
 金物屋に牛乳が売っていないからといってショックを受けるなかれ。この場合、イライラの解決策は「受け入れる」ことである。自分の期待を変えさえすれば、いかに自分の感じ方が変わるか、驚くほどだ。

 世界はますますグローバル化し、組織はますます多様化している。これからは自分とまったくタイプの違う人種と付き合う機会がどんどん増えていくだろう。自分と違う人種は、こちらの予想や期待とは違うことをする。話しかけてもこっちを見ないこともある。口答えをすることもある。返事もしてくれないこともある。期待を裏切られた方はイライラする。

「自分がしてほしいように人にもしてあげなさい」
 という黄金ルールを覚えているだろうか。忘れよう。このルールは、現代にはあてはまらない。かつてあてはまったことがあるのかどうかも知らないが。かわりに次の新ルールを試してみよう。

「人がしてほしいように人にしてあげなさい」だ。

★★★

 たとえば、マイクロマネジメントされるのが嫌いな人は、部下のこともマイクロマネジメントするまいとするだろう。だが、時と場合によってはそれではうまくいかないこともある。インドがそうだ。

 名著『文化の壁を超えるマネジメント:グローバル経営の七つの鍵』の共著者マイケル・S・シェルによれば、インド人従業員はマイクロマネジメントされるのをむしろ歓迎し期待するという。
 マイケルが最近こう話してくれた。

「欧米人上司の究極の罪悪とされるマイクロマネジメントも、国によっては成果達成の最高の手段になる。相手が扱ってほしいと思うやり方で相手を扱えば、もっともっと成果を上げられるはずだ。新たな国に進出するときは、『言葉』の通訳だけじゃなく『人』の通訳も必要だってことさ」

 会議を時間どおり始めることが重視される国もあれば、そんなことは気にもされない国もある。話の途中で口をはさむのは不作法とされる国もあれば、口をはさむのが普通とされる国もある。
 相手の期待を理解することで、自分の期待をリセットできる。そうすれば相手との仕事がもっとスムーズにいくようになる。

★★★

 ぼくと日本人パートナーのユキコが一緒に会議に出ていて、彼女が何も発言しない場合、ぼくはユキコもぼくの意見に賛成なんだなとつい思いたくなる。だが、その推測は間違っている。

 ユキコはぼくの意見に賛成しているわけではない。単に、人前では決してぼくの意見に反対しないというだけだ。それがわかっていれば、彼女がぼくの言ったとおりのことを実行しなくても意外ではない。

 ユキコを理解するのはむしろ易しい。ぼくはニューヨーク出身で、彼女は東京出身だからだ。だからぼくとしては、ユキコは自分とは違うだろうとはなから予想している。
 ではオフィスが隣どうしで、ぼくと同じニューヨーク出身のクリスについてはどうか?

★★★

 この場合は話が違ってくる。クリスのことなら、取扱説明書がなくても理解できるはずだ。

 ところが、じつは取扱説明書が要る。
 なぜなら、ぼくたちは事実上異文化に属するからだ。両親も違うし、教わった先生も違うし、経験も違うし、希望や夢も違うし、成功体験や失敗体験も違う。同じ言葉を話しているようでいて、じつは違う言葉を話しているのだ。

 だから、人にイライラするより相手の行動ルールを知ろう。
 あらゆる人は自分のよく知らない異国の出身だと思ってみれば、先入観を捨てて相手を受け入れられるはずだ。そして、誰かがこちらの期待に反する行動に出ても腹を立てないこと。現実に即して自分の期待を変えよう

 いったん相手の取り扱い方がわかれば、相手に対してもっと違ったアプローチをしたり、違った言い方をしたり、もっと強気に、あるいは穏やかに出たりすればいいんだなとわかる。

 場合によっては、相手から離れようと判断することもあるだろう。どこかほかの会社へ移って新たな同僚と働くとか、別の地域団体に所属するとか、別の友人を見つけるとか。
 いったんありのままの相手を受け入れたら、つまり金物屋では牛乳は買えないとわかったら、そもそも金物屋なんかにはいたくないと思うかもしれないからだ。
 人間は変われないと言っているわけではない。相手が変わってくれるのを期待しても無駄だと言っているだけだ。

★★★

「ミシェルに電話して、今日の午後のことを話してみた方がいいかしら?」

 エレノアが聞いた。冷たくあしらわれたことをまだ気にしているらしい。

「場合によるな」
 とぼくは答えた。

「また無視されても平気なら電話してみたら?」

★★★

『魔法の4秒』
きこ書房

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