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どこぞの神様、さようなら

「神様どうかお願いします。助けて下さい。」

僕がそう願っても大抵助けてはくれなかった。

でも絶対に願いが叶うと信じてお願いしていた訳でもないから、
神様が助けてくれなくても、それは切実な事ではなかった。

僕が神頼みをする時はだいたい
「どうか金のエンゼルが当たりますように」とか
「どうかあの失敗がバレませんように」
みたいな私利私欲モリモリの神頼みだから
叶わなくても諦めがついた。

僕は特定の宗教を信仰していない。
信仰心のある人が聞いたら
神様とは願いを叶えるとか叶えないとか、
そんな都合の良い存在ではないと怒られるだろう。

でも何となく神様の存在は信じていた。

正体は分からないけれど、
どこかに神様がいて
僕の行いを見ていると。

だから悪い行いをしようかと魔が差しても
「どこかで神様が見ているかもしれない」
と自分を制したり、
誰も気が付かない善行に意味がなく感じる時には
「意味なくないよね?神様」と神様に同意を求めて良心を保った。

そうは言っても
僕は清廉潔白な聖人ではないので
間違った事もたくさんやってきた。
誰かを傷つけてしまった事もたくさんある。
ズルもしたし、サボった事は数え切れない。

そんな弱い僕だからこそ
『神様』を心のどこかに感じる事で
挫けそうな時の希望にしたり、
迷った時の心の道しるべが欲しかったのかもしれない。

そんな神様の事を人生で1番身近に、生々しく感じたのは7年前の出来事がキッカケだった。

夏のある日
僕は仕事の現場にいた。
ビルの一室、テナントが入る前の何もない空間にポツンと1人。

内装工事の下準備として室内のありとあらゆる場所の寸法を測って図面に記す。
3時間程度の作業になる。

終わりが見えてきた頃、
スマホへ電話がかかってきた。

うちの奥さんからだった。
僕はその日、この電話をずっと待っていた。

——————

それより1ヶ月前。
奥さんは会社の定期検診を受けていた。

いつも定期検診の時にオプションの検査を追加して受けていた。
もともと身体の丈夫な方ではない奥さんは
毎回少しずつオプション検査の内容を変えて身体全体をチェックしていた。
うちの奥さんは賢明なのだ。

健診の結果、胸にしこりが見つかった。

そのしこりが悪性ではないか確かめるため
病院で検査を受けて、
結果が分かるのがその日だった。
僕は神様に「どうか悪い病気じゃありませんように」と切実に願っていた。

———————-

「もしもし、どうだった?」

「乳がんだって、、」
力なく妻が言った。
早期に発見出来たという事だったが
僕の頭は真っ白になった。


後日の検査結果では転移は認められなかった。
乳房を部分的に切除して、その後は放射線治療とホルモン療法で再発を予防するという方針が医師から説明された。

治療の道筋が立てられたが
妻は悲観していた。

部分的であれ乳房を切除することに強い抵抗を感じていたし、
手術後の治療は少なくとも5年、長ければ10年と続く。副作用もあるだろう。
それに治療に『絶対』はない。
手術で取り切れない癌が残る可能性だってあるし、再発や転移の可能性もある。

夫婦で何度も話し合いをしたけれど、妻は
「もう手術も治療もしない。
癌が進んだらそのまま死ぬよ。」と言った。

その頃、僕らの夫婦関係も良くなかったから
彼女は病気の事だけじゃなくて
この先の未来そのものを悲観していた。

治療の不安や苦しみと未来への希望を天秤にかけて、何もしない事を選ぼうとしていた。

僕は大いに後ろめたさがあった。
自分の弱い心のせいでずいぶんと苦労をかけたし傷つけてきた。
僕は日々なんとかその日を生きるだけで精一杯で、家に帰ればイライラしているか塞ぎ込んでいるか寝ているか。

妻と話したり出かけたりする事はほどんどなく、
彼女の言葉を借りれば「ただの同居人」みたいな関係だった。

お互いの本音をぶつける事もなかった。
どちらかの機嫌の良い時は、不思議ともう一方の気持ちに余裕がなくて素っ気ない態度しか出来ない事がずっと続き、
言いたい事があっても顔色を伺ったり、
自分の抱える後ろめたさが邪魔をして口をつぐんでいた。

「治療せずにそのまま死ぬ」
そう言われて僕は久しぶりに本音を言った。

「生きていて欲しい」

僕は泣きながら妻にそう言った。

担当してくれた女性医師が時に優しく寄り添い、時には厳しく現実を伝え、そうして妻と信頼関係を築いてくれた事も大きな要因となり、妻は手術と治療を決意してくれた。


手術を終えて退院してからは5年間のホルモン療法が始まったが、始めてすぐに副作用が出た。
激しいホットフラッシュだった。

妻は仕事を続けていたが、
昼夜問わず急な体の火照りに襲われて
突然汗が滝のように流れるし、息切れ、動悸も激しかった。

辛そうな妻を見て僕は何度も神様に願った。
「どうか副作用がおさまりますように」

人によっては副作用が徐々に軽くなっていくと聞いた。
ところが1年が過ぎても2年過ぎても妻のホットフラッシュは手加減してくれなかった。
夜寝ていても1〜2時間毎に汗びっしょりで目が覚めてなかなか寝付けなくなる。
エアコンや扇風機や、水を循環して冷やす寝具も使ったけどなかなか対処は難しかった。

僕は少しでもゆっくり寝て欲しいと思い、
祈りを込めて妻の頭を撫でながら寝ていた。
すると、ホットフラッシュを本人が自覚する直前に頭頂部が急に熱くなる事に気がついた。
頭頂部が熱くなると間もなく妻が「暑い!」と言って起きてしまう。
なので、ウトウトしながら頭を撫でているのだが頭が熱くなるのを感じると妻が起きる前に飛び起きて妻の頭をうちわでパタパタあおぐようになった。
10分くらいパタパタしていると頭の温度が下がって来て、妻はスヤスヤ眠っている。
ホットフラッシュ1回分、奥さんの睡眠を守れたと思って、起こさないように静かにガッツポーズした。
でもそれもずっとは出来ないから焼け石に水だった。

毎晩そうだったので妻は極度の睡眠不足になり、頭も働かなくなって仕事に大きな支障が出た。
今まで普通に出来ていた事が出来なくなったという事に大きなショックを受けていた。

妻は今まで何度か転職しているが
どの仕事も誇りを持って一生懸命やるので、ものすごい勢いで出世する。
それなのに簡単な事が理解出来なくなったり、処理スピードが著しく落ちたり、時には全く思考が止まってしまう事に苦しんでいた。

その頃の妻は体調も精神状態も最悪だった。

「治療をやめたい」
「会社をやめたい」
妻は幼い子のように泣きながら駄々をこねて毎日そう言うようになり、
自身の髪の毛を強く引っ張ったり
体を自分で叩くようになった。

「生きていて欲しい」と言ったくせに
彼女の苦しみを軽くしてあげられない自分がイヤだった。

僕が「会社辞めても大丈夫だよ。生活はなんとかなるさ」そう言っても
妻はそれには答えず「どうやったら治るの?教えてよ!」と返ってくる。
僕から何か言葉が欲しいのではなくて、とにかく気持ちをぶつけたかったのかもしれない。

1番辛いのは彼女であるのは分かっていても、
揚げ足を取られるようにずっと問い詰められると僕もどうしたらいいのか分からなくなって気持ちが追い込まれた。
そして僕も感情的になってひどい言葉を言ってしまう。
その後は2人して自己嫌悪。その繰り返し。
完全に悪循環だった。

妻は心療内科を受診する事にした。
診断結果は双極性障害。
仕事をしばらく休職する事になった。

付き合い始めた頃からもともと精神的に不安定なのは感じていたから驚きはなかったが、
ホルモン療法の副作用による体調不良と睡眠不足とストレスでとても悪い状態になっていた。

僕は神様を本気で恨んだ。

妻は気の強い所はあるけど人に優しくて、
本気で他人を心配し、助けてあげられる人だった。
仕事では手を抜く事はなくて常に誠実だった。
辛い副作用の出たホルモン療法もやめたいと言いながら中断もせずに続けた。
いつどこで神様が見ていても何も恥じることのない人だ。

それなのにこの仕打ちは何だ。
神様はどこに目を付けているんだ。
ふざけるな。
こんなに真面目でこんなに頑張っている人になんで意地悪をするんだ。
バチが当たるなら奥さんより俺の方だろう。

心の中で神様へ悪態をついていた。

世の中にはズルしたり他人を騙して傷つけて、自分だけは得をしてのうのうと生きている奴らがゴロゴロいる。
そんな奴らはバチも当たらず楽しく人生を終えるくせに。
おい神様よ、本当にいるなら悪者にバチを与えてみやがれ。
本当にいるなら何も悪くない人達を苦しめるんじゃねぇ。

癌を早期発見して早く対処出来たのはもしかしたら神様のおかげかもしれませんが、
それよりも怒りの方が断然勝りました。

「試練は乗り越えられる人にしか与えられない」
そんな風にはとても思えませんでした。

この時が僕が人生で神様を1番身近に感じた瞬間です。
感謝ではなく神様を毎日恨んだ事で
神様がすぐ隣にいて、僕が神様を睨みつけて文句を言っているように感じました。

妻は1年半の休職期間を経て元の職場へ復帰しましたが、その後も妻の激しいホットフラッシュは全くおさまらず、睡眠不足や関節痛などと闘いながら5年間のホルモン療法を1日も休まずやり遂げました。

心療内科に通い始めてもすぐには良くならなかったので僕にとっても闘いでした。
挫けそうな時もありました。
夫婦が壊れかけた事も1度や2度ではありませんでしたが何とか乗り越えてきました。

やっぱり立派なのは妻の頑張りです。
本当に良く頑張った。
世界中に自慢したい奥さんです。

奥さんが辛そうな時、
僕の手のひらに僕自身でも気付いていない摩訶不思議なパワーが宿っていないかと、
手のひらに全神経を集中して奥さんの頭を撫でたり体をさすったりしましたが、
パワーが発揮されたかは不明です😅

奥さんはまだ心療内科には通っていますが、
ホルモン療法の副作用が抜けた今は睡眠も取れるようになって来て、
だいぶ上向いて来ました。

僕の自己紹介を読んで下さった方はお気づきかもしれませんが、
僕も約2年前に抑うつ状態と診断され休職した訳ですが、それは妻の事が心労になったのが1番の要因とは感じていません。

奥さんの調子が良くなって来て、
僕も体調や気分が落ち着いてきて、
2人ともメンタルヘルスについて勉強する事で
考え方も変化してきて、
少しずつ少しずつ夫婦関係も良くなってきました。
『夫婦』って楽しいものなんですね。
それを知らない愚か者でした。

今の僕はもう神頼みも神様を恨む事もしなくなりました。

まだまだ僕らの人生から不安も困難も苦しみも取り除かれた訳ではありません。
それでもそう思うのは自分の心の道しるべになるものが『神様』から『自分』に変わって来たからかも知れません。

「神様のおかげ」
「神様なんて」
そんな事を考えてモヤモヤするよりも
今、自分の出来ることを夢中にやるだけ。
今、楽しい事を思い切り楽しむだけ。
今、愛する人を真面目に愛するだけ。
平等だろうが不公平だろうが人と比べず自分の人生を生きる。
そんな事を大事に暮らして行こうと思います。


神様が本当はいるのか、いないのか
僕には分かりません。
でも、もしお目にかかれる事があれば
暴言を吐いたご無礼を全力でお詫びしますので許して下さい。


それと神様、
最後に一つだけ言わせて下さい。



どうか宝くじが当たりますようように!
お願い!
ぜったいぜったい!




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