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奇縁堂だより 35【本の紹介: 吉川英治と文学賞】

 8月11日は“山の日”で祝日ですが,国民文学作家とも称された吉川英治の誕生日でもあります。

 今回は吉川英治についてほんの少し紹介した後,彼の名を冠した吉川英治文学賞についてとその受賞作を紹介したいと思います。
(吉川英治文学賞新人賞は次回と次々回に紹介します)

 というのも,吉川英治作品の紹介を……と思ったのですが,残念ながら前回紹介した直木三十五と同様に,書肆奇縁堂には一冊も在庫がありませんでした。

 受賞作家は皆さんご存知の錚々たる方々で,『なるほど!これが受賞作か』と納得させられるものばかりですので,お楽しみに!

来歴

 吉川英治(本名・吉川英次(ひでつぐ))は1892年(明治25年)に横浜(現在の中区山元町あたり)で生まれ,1962年(昭和37年)に享年70歳で没しています。
 したがって,若い人たちにはあまり馴染みがないかもしれませんが,シニア世代で知らない人はいないだろう!というくらいに著名な作家です。

 吉川英治は尋常高等小学校を中退後,船具工や象嵌職人,新聞記者などの職を経て作家になりました。
 新聞記者(東京毎夕新聞社)になって以降,段々とその文才が広く認められるようになりました。そして関東大震災以後,文学に専念するに至りました。

 生涯に長・短編合わせておよそ240作品を残し, NHKの大河ドラマの原作となった『宮本武蔵』,『新・平家物語』,『私本太平記』などは夙に有名です。
 代表的な書名からわかる通り,吉川英治は歴史をテーマにした作品を得意とした作家でした。

 吉川英治には,その多大な功績から1960年(昭和35年)に文化勲章を受賞、没後には従三位と勲一等瑞宝賞が贈られています。
 また東京の青梅市には市の施設として「青梅市吉川英治記念館」があります。

吉川英治文学賞

 「吉川英治文学賞」は1967年から開催されており,年に1回受賞作が発表されます。(この賞の前身に1962年に創設された「吉川英治賞」がありました。)
 対象となるのは,1月1日から12月31日までに新聞や単行本などに小説,評論,その他の作品を発表した作家です。
 候補作家は,「作家、画家、批評家、および各出版社の編集長、新聞社学芸部長・文化部長、ラジオ・テレビ・映画関係者、一般文化人等数百名」(講談社HPから引用)から推薦されます。
 実施委員会で人数を絞った後,選考委員会の合議によって受賞者を決定します。

 最新の第53回の受賞作品に黒川博行『悪逆』が選ばれました。
 過去には,松本清張(第1回),司馬遼太郎(第6回),藤沢周平(第20回),伊集院静(第36回),浅田次郎(第42回)などといった大御所,実力派といった錚々たる作家たちが,この賞を受賞しています。
 (受賞者なしの年や受賞者が2人の年もあります)

 前置きが長くなりましたが,これから奇縁堂に在庫がある「吉川英治文学賞」受賞作を紹介いたします。

紹介作品一覧

○『不忠臣蔵』 井上ひさし
○『ひねくれ一茶』 田辺聖子
○『新トロイア物語』 阿刀田高
○『名もなき毒』 宮部みゆき
○『オリンピックの身代金』 奥田英朗
○『祈りの幕が下りる時』 東野圭吾

作品紹介

○『不忠臣蔵』 井上ひさし, 文庫 ¥350(税込)
 第20回受賞作
 時は江戸時代中期の元禄15年12月14日,大石内蔵介(大石蔵之介)ら47人の旧赤穂の浪士がかつての主君・浅野内匠頭の仇である吉良上野介を討つために吉良邸に討ち入り,吉良上野介を討つことに成功した「赤穂事件」がおきる。かつての主君のために討ち入ったことから「忠臣蔵」とも呼ばれるこの事件。

 ただ,旧赤穂藩の家臣は300人いたといわれている。討ち入りに関わったのは47人,じゃあ残りの253人はどうしてたのか?彼らは討ち入りに行かなかったのか,それとも行けなかったのか?そんな253人は"不"忠臣なのか?
 いやいやきっと彼らにも何か理由があったはず。討ち入りに参加しなかった人達に焦点を当てて,そんな彼らをユーモラスに描いた時代小説です。


○『ひねくれ一茶』 田辺聖子, 四六判 ¥880(税込)
 第27回受賞作
 一茶は信濃国柏原で生まれ、15歳の時に江戸へ奉公に出される。奉公に出された大きな理由は、継母との確執である。
 後に、この継母とは父の遺産相続をめぐって13年もの長い間争うことになる!

 江戸での生活は苦労の連続だったが、そこで好きだった俳句にうち込むことになる。その後、俳諧師として修行のために全国を放浪するが、困窮の旅になる。そして、一茶は生活の安定を求めて故郷の柏原へ帰る。
 継母との確執、苦労した江戸での奉公、貧窮の俳諧修行、遺産相続争い。今なお多くのファンがいる俳人・小林一茶を、ひねくれた男として軽妙に描いた長編小説。


○『新トロイア物語』 阿刀田高, 文庫 ¥600(税込)
 第29回受賞作
 トロイア国の武将で後に古代ローマ建国の祖となったアイネイアスが主人公の物語です。

 歴史に名高い「トロイア戦争」は,ある一組の男女の"駆落ち"が原因だった!
 スパルテイ(スパルタ)国王の妻で絶世の美女と名高いヘレネと、トロイア国の第二王子パリスが"駆落ち"する。このことが原因でトロイア国はミケーネ国に攻撃され,「トロイア戦争」が勃発する。
 トロイアの武将だったアイネイアスは,攻撃を受けた際に城外にいたため助かる。その後アイネイアスは西(ギリシャ)へ逃げ,そしてさらに西へと向かう。それから再び東へと彷徨い,最終的にイタリアのテルベ川へ行き着き新トロイア国を建国する。

 アイネイアスが「トロイア戦争」後,どのような人生を歩み,古代ローマ帝国(作品では新トロイア国)の建国の祖となったのかを描いています。
 『イリアス』『オデュッセイア』などといったギリシアの叙事詩をもとにした歴史小説です。
 600ページ超に及ぶ作品ですが,それを感じさせず,テンポ良く読めます。歴史好きの人にとっては,著者のギリシア叙事詩の解釈も楽しめる内容になっていると思います。


○『名もなき毒』 宮部みゆき, 四六判 ¥280(税込)
 第41回受賞作
 杉村三郎が働く大企業"今多コンツェルン"の広報室はあるの悩みを抱えていた。それは,十分な仕事がこなせない事に加え,度重なるトラブルを引き起こすアルバイトの原田いずみの存在であった。そして,ついに広報室は原田をクビにする事と杉村を彼女との連絡窓口にする事を決める。
 トラブルメーカーの彼女がすんなりクビになることを認めるわけもなく,最初は会社にそして次第に杉村個人に対し恨みを向けるようになる。
 杉村が原田の問題に対処するために彼女の過去を調査していると,一人の探偵と知り合う。そしてこの出会いがきっかけで杉村は,さいたま・横浜・東京で起きた連続無差別毒殺事件の調査にも関わるようになる。

 この作品のキーワードは「悪意」です。この「悪意」がいかに恐ろしいかを描いた作品です。
 宮部みゆきの人気シリーズの一つである現代ミステリー作品の「杉村三郎シリーズ」の2作目の作品です。


○『オリンピックの身代金』 奥田英朗, 四六判 ¥550(税込)
 第43回受賞作
 人質は「東京オリンピック」,要求額(身代金)は八千万円
 多くの国民が10月に開催される東京オリンピックに沸きかえる1964年(昭和39年)の夏,東大生・島崎国男はオリンピックの開催を妨害するために,警察に対し爆弾テロをほのめかす。
 警察は国家の威信と警察のプライドをかけて島崎を追う。しかし,島崎は警察の捜査の手を逃れ続ける。そしてオリンピック開会式当日の国立競技場を舞台に,島崎と警察の最後の戦いが始まる。
 
 島崎は兄の死をきっかけに,過酷な労働現場を知る。オリンピックに浮かれる東京,多くの富を享受する東京は,その過酷な労働現場に従事する人達の上に成り立っている。しかし,東京が東京の人達がそれを顧みることはない。島崎はそこに憤りを感じ,今回の行動を起こした。
 果たして,島崎は単なるテロリストなのか?それとも憂国の士か?
 
 単行本で524ページという大作ですが,その分量を全く感じさせず一気読みしてしまうサスペンス小説です。


○『祈りの幕が下りる時』 東野圭吾, 四六判 ¥220(税込)
 第48回受賞作
 東野圭吾の人気シリーズの一つである日本橋を舞台にした「加賀恭一郎シリーズ」の10作目です。

 東京・小菅の古びたアパートで遺体が発見される。遺体の身元は滋賀県在住の女性だった。アパートの住人の男性は行方不明であった。時期を同じくして新小岩の河川敷でホームレス焼死事件が起きていた。松宮はそれぞれの事件の関連性を疑いながら捜査を進める。
 そして松宮は,亡くなった女性は明治座に幼馴染の演出家・浅居博美を訪ねて東京に出て来ていたことを突き止める。また,松宮は浅居と刑事の加賀が顔見知りであるを知り,加賀にアドバイスを求める。
 加賀はアパートで見つかった遺品のカレンダーに注目する。そこには月ごとに日本橋を囲む12の橋が書かれていたのである。加賀がこの事に注目したのはプライベートなことが理由だった。しかし,ここから事件の真相に近づいていく。

 この作品は親子の愛を描いたミステリー小説です。内容が面白いのはもちろんのこと,人物描写(登場人物の内面)がとても上手ので,最後の最後まで物語に惹き込まれます。読後の満足度がかなり高い作品だと思います。
 2018年に映画化されており,加賀恭一郎を阿部寛,浅居博美を松嶋菜々子,松宮脩平を溝端淳平が演じました。


 かなり長い記事になりましたが,最後までお読みいただきありがとうございます。
 次回は吉川英治文学賞から派生した文学賞「吉川英治文学新人賞」とその受賞作品の紹介をします。

以下から書肆奇縁堂のサイトにアクセスできます。


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