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【なれとります】#03「感銘とリスペクト」

『“1を100にする”のは比較的簡単なんです。在るものを膨らませれば良い訳ですから。本当に大変なのは、“0を1にすること”。無いものを生み出すことが非常に大変で、これを創造できる存在が、今後求められる人材です』

モニター前の赤いランプが灯る。
「そう語る石田社長のモットーが…」
『常にアンテナを立てて、新しいものや、人と違う才能を育てることに注力しています…』

『ハイ、ありがとうございます〜!プレイバックしま〜す』
ナレーターの仕事には、誰かのインタビュー映像に接続詞を入れるような、そういう役割も良くある。時代を作り、時代を牽引する人物の多くが、独特な自論と、強い信念を持っており、その言霊が映像を超えて心に突き刺さって来る。

『ハイ、ここまでのナレーション、大丈夫です、頂きました』
「ありがとうございます」
『後半行く前に、ちょっと5分休憩しますが、トイレ休憩とか大丈夫ですか?』
「あ、大丈夫です、ブース内でお待ちします」
『了解で〜す』
映像業界の人は、いまだタバコを嗜好する方が比較的残っており、こうしてちょっとずつ休憩をしながら、スタッフの皆さんも息抜きを入れることもある。深呼吸をするようにタバコを吸って、次へのはずみを付けているようだ。

「0を1にすること。無いものを生み出す…確かにそうだな…」
次からの原稿に目を通しながらも、先程インタビュー映像出ていた、社長の言葉を思い出していた。
「1を100にするのは努力で何とかなるけれど、クリエイティビティが無ければ独創性は生まれない…」
ナレーターという職業の多くが、映像制作の皆さんが原稿を作ってくれて基本はそれを読む仕事。しかし、ナレーターを生業とする多くの人間は、劇団や役者として活動していたりもする。そもそもが映画や演劇と言った、想像と創造を大切に感じ、物作りが好きな者が、こうしてナレーターという仕事をしているからだ。

『スミマセン、お待たせしました〜』
「はい」
『では後半戦行きます。え〜、ここから別の社長の話になります…
まずはインタビュー部分…ご覧ください…』
「お願い致します」
また違う自論を持った社長が、カメラの前で堂々と、自信に満ちた眼差しで言葉を発している。そんな映像を見ながら、もし自分が逆の立場で、私の言葉として、ナレーターとはどんな存在で、何を心がけているか?と問われたら…。台本の無い自分の言葉として、いま見ている社長さん達のように、自分の考えを言えるだろうか。

『はい、OKです。え〜と、録った所で気になる部分はありますか?』
ナレーション録りは、創り手と、演者との共同作業になる。
そのためにプレイバックがあって、現場を理解している監督になると、最後にナレーター本人が納得できない部分などを改めてやり直させてくれたりする。今回映像に登場する被写体も、各界で名高い会社の社長や役員クラスが出ていることもあり、監督さんも、百戦錬磨の20年選手、ベテランに分類される方だった。

「あの…最初の社長インタビューの所、4分30秒あたりのナレーションなんですけど…若干尺が余っていたようなので、もう一言足しても良いかと思えたのですが…」
『そうですね、もう一言足しましょう!』
快い返答がすぐに返って来る。たぶん彼もそう思っていたが、まずは台本通りに進めたのだろう。
「流れを見た感じですと…こんな言葉を足してみてはどうでしょう?」
一回思った言葉を声に出して提案してみる。
『イイですね!それで一回録ってみましょう!』

なんて清々しい現場なんだろう。共に物作りをしていると思える雰囲気。こういうスタッフとは何度でも、ご一緒したいと思わせてくれる。
『ハイ、頂きました!』
防音ガラス越しに、監督さんが「イイですね!」と笑いながらスタッフと談笑している姿が見える。
「ありがとうございます!」
『ありがとうございます!』

例え仕事であっても、同じ方向を見ていて良いものになるように全員が心通わすカッコいい現場。これだからナレーターはやめられない。

     「つづく」 作:スエナガ

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