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【紫の濡れ衣】

「この季節は紫の花が多くて、私好きだな…」
「…そうなんだ」
彼女と映画鑑賞の帰り道、夕飯のお店を考えながらスマホを見ていた僕は、沿道に植えられた花の色には意識が行かなかった。
「だって、紫陽花とかさ、藤の花とか、菖蒲とか…」
「ああじゃなくて、紫色好きなんだって方」
「そうね、紫って落ち着いていて好きかな」
「欲求不満なの?」
「は!?なんでそうなるの!?」

彼女は一気に怒り出した。怒りっぽい所があり、熱し易く冷め易い。そこがまた可愛く想えるのだが。
「だって紫の服を好む女性は、欲求不満って昔聞いたことがあるし…」
「なにそれ!?」
「知らない?」
「知らない!エビデンスあるんですか〜?」
「エビデンスって…」
「失礼しっちゃう!女性に対して欲求不満とか言うのはデリカシーが無いと思いま〜す!」
「…まあ確かに」
彼女は語尾を伸ばすクセがあり、怒っている時には良く敬語を使うこともあって、おかげで怒っていてもさほど怖さを感じさせない。そんなこんなで、僕は彼女といると楽しい気分でいられ飽きることがない。
「それは紫さんに対しても失礼じゃないでしょうかぁ!そういうの冤罪って言うんだと思いま〜す!」
「紫さん?冤罪?」
「だってそうでしょ!根拠も無いのに、名誉毀損ですよ!」
「名誉毀損って…そっか確かに根拠ないかもな。でもなんで紫好きが欲求不満って出来たんだろうね。ほら、火の無いところに煙は…」
「自分で言ったんじゃん!」
「昔からそう聞いてたし…でも考えたことは無かったかな…」
「赤と青の間だからじゃない?」
彼女は至って冷静に口にした。
「赤と青?」
「情熱の赤、冷静の青。動脈の赤、静脈の青…」
「冷静と情熱の間で揺れ動くみたいな!フレ幅が大きくて情緒不安定的な…」
「でも赤が情熱で青が冷静ってのも時代錯誤だよね。今どきトイレマークだって、赤青は使わないし、小学生のランドセルだって水色とかキャメルが流行りだし…色の好みを言って、侮辱されるのはヒドイよね、誹謗中傷ですよ!根拠も無いのくせに!」
「まあそうだね。大変失礼致しました!」
「罪を認めるのですね!」
「申し訳ございません!」
「よろしい。それでは夕ご飯をご馳走頂きたい!」
「はは、何がよろしいでしょう」
「お肉食べたいかな…」
「肉食女子!」
「ああ〜また誹謗中傷ですか!?」
「いやいや…」
「欲求不満の肉食女子って、ホント失礼しちゃう」
彼女は笑いだしている。

「でも不思議だよね」
「何が?」
「それこそ昔は、紫色って高貴な人が身につけていたり、特殊な色味だったんだよね、たしか…」
僕は両手を前に出し、シャモジみたいな棒を持っている人が着ていそうな感じ、と言った。しかし彼女にはするりと無視された。それでも滅気ずに話を続ける。
「スピリチュアルのホームページとかのバックに使われているイメージもあるよね…紫って」
「エネルギーを感じる色なんだろうね〜」
「とくに強い女性が紫好きって言う気がする」
「それはまたしても、私に対しての誹謗中傷でしょうか?」
「女子プロレスの方とか、紫着ていそうな印象…」
「そう?」
「昔のヤンキーとか、制服の裏地が紫だったりとか…」
「はいはい…君の偏った思考は却下させて頂きま〜す」

近くに焼肉屋チェーン店があることを伝え、一旦クールダウンで話は終わった。
「冷静と情熱の間って、映画とか小説があったっけ?」
彼女は思い出したように言いだす。
「さっき青と赤の間が紫って話の流れがあったでしょ?」
「またぶり返しますか…」
僕は咄嗟に防御の姿勢をとっていた。
「情熱と冷静って思いっきり真逆だと思うのに、混ぜると紫って深いなあ、と思ったワケ!」
「最近の漫画とかアニメとかで、ドンドン強くなる話があるじゃない。白から赤になって、金になって、青とか赤になって、紫はやっぱり強い感じがあるよね」
「でも私は、赤とか金が強い印象はあっても、紫が最強とは思えないかもな…個人的価値観だけれど」
「炎だと、通常が赤なら、もっと高温は青とか水色とか白だし、紫の炎ってお化けの火の玉みたいだよね」
「色って色々ありますなぁ〜」
僕の寒いダジャレに、再びの沈黙。そのまま焼き肉店に着いた。店内に入り店員さんに二人!とVサインを見える。少々お待ち下さい!と奥から声がかかり、入口の椅子に腰掛ける。

「紫が欲求不満ってあるのかもなぁ…」
「え、何?」
「ん?ううん!お腹空いた!」
さっき観た映画の話をする前に、まさか花の色でここまで盛り上がるとは思ってもいなかった。いや、彼女にとっては、今日の映画はハズレだったのだろうか。それでも僕との時間は楽しんでいるように思う。もしくは優柔不断で弱々しい僕に満足していないのかも知れない。最後に呟いた彼女は、小さく微笑んでいたように見えた。

     「つづく」 作:スエナガ

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