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【その光が落ちたなら】

儚ければ儚いほど、その雅な輝きは美しい。
季節の終わり、ひとつの終止符。
線香花火という風物詩は、火薬の量が多ければ、広く火花を広げるが、その反面、その重量で核となる火の軸が大きくなりすぎて、すぐに落ちてしまう。そして細く巻かれた先端から、徐々に太い部分に達し、一番華やかな光を放っている時こそが、最もその火の軸がポツンと切れやすく、それはまるで人の生き方や人気職業にも似た危うさに酷似している。
そう儚く感じてしまうからこそ、夏の夜の線香花火は美しい…

「バブル時代の恩恵なんか、まったく受けて無いんだよね…」
50歳を超えた部長が、弱音を吐いていた。
店の中央、安い居酒屋の4人席に男3人で座っている。
「ああ、ちょうど就職氷河期と呼ばれた時代ですか…」
「そう。私の3つ違いの兄なんか、高々3年違うだけで、それこそバブルの申し子だよね、美味しい時代を満喫していたなんてよく聞かされたよね」
「ご兄弟がいらっしゃるんですか…」
「テレビのチャンネル争いやら、夕飯のおかず争奪戦やら、終戦直後の昭和かって感じで…家の中でも外でも、それこそ、熾烈な競争が絶えなかったなあ。」
自虐ネタを笑いにしながら部長が続ける。
「…我々は『団塊ジュニア』とか呼ばれて、この国に最も子供の多かった時代だからね。」
「なんすか!?ダンカイジュニアって?はじめて聞きましたよ」
若手の部下の発言に、間に入った42歳の課長が、冗談めかしてその質問に乗っかった。
「団塊世代くらい、授業でやっただろう!?」
「教科書出ました?歴史上の人物ですか?…でもなんか…ダンカイジュニアって…プロレス漫画の登場キャラクターみたいですね」
「別にキャラ消しとかになってないから…」
「キャラ消しも意味わかんないっす…」
若い部下は、本当はわかっているのだろうが、昔をディスっている。
部長は軽く笑って続けた。
「小学校の教室なんかさ、1クラス30人くらい居て…そんなのが10クラスとかあったんだよね…」
「確かに子供が多かった印象がありますよね〜」
課長が部長の話に同調し、一番年少の部下が合いの手を入れる。
「子沢山、具だくさん!…なんか昭和って感じですね!」
「お前いくつだっけ?」
「33歳です。ギリ、平成生まれっす!」
「嫌なこと言うね〜。もう平成生まれが30代中盤かあ…」
課長は昭和・平成あるあるのリアクションをする。
「でも、もう世の中は令和だからね、レ・イ・ワ!」
「そうだよ、いまのZ世代から見たら、お前も十分オジサンだからね、30歳は、オジサン!」
年齢間のギャップというのは世代によっても地雷となる言葉が多い。
『新人類世代』、『バブル世代・ロスジェネ世代』、『ゆとり世代・さとり世代』、最近では『Z世代』…ひとくくりに分類されることが多いが、その揶揄される世代は、認めたくも無いし、自分がそうだとは思っていないことが多い。
「部長だって、オジサン飛び越えて、オジイサンですからね。オ・ジ・イ・サ・ン。例えば20歳で子供産んで、その子供が同じく20歳で子供産んでいたら、10歳の孫ですよ。もう数年で中学生になろうという反抗期を迎えた孫…それこそ格段相手にされないで、さぞかし大変でしょうねぇ〜」
年少の部下は実感を込めて、しみじみと言葉にする。
そんな部下に部長が切り返す。
「あれ?そう言えば、お前んとこ…」
「はい、リアル反抗期の中学娘がおります…まさにZ世代を謳歌しているようです…すでに家では、僕だけハブです」
「33歳で中学生の娘、まあ普通と言えば、普通か」
年少が話をつなげる。
「課長のお宅だって大学生ですよね、息子さん」
「いま21歳だけど、全く実家には寄り付かないし、何だか大学院で博士号を取るとか、なんとか…」
「そんなに優秀なんですか!?」
「トンビがタカを産んだか…」
「カエルの子はカエルですよ!いまの時代もまた、就職に二の足を踏んでいるようで、あと2年逃げているだけだと思いますよ!」
「いやはや、逃げてでも何でも、前向きに学びたい気持ちには頭が下がる…」
「部長がウチの会社に入った頃って、もうバブルが弾けていたんですか?」
「そうだね。まさに『氷河期時代』の生き残りだよ。当時はさ、何社も何社も面接受けて、何回も何回も自己PRして、ホント必死で、この世に自分は必要無いんじゃないかと真っ白だったね…。何社から“貴殿のご活躍をお祈り”されたことか…」
「いまの会社はできたばかりだったんですよね」
「そう、ホント出来たばかりで無名でね、それこそ社員も少なくて…どうなっちゃうのか分からなかったけれど、藁にもすがる思いで就職したんだよな…」
遠い目をした部長を見て、少し会話が途切れる。
「…普通に歳を重ねて、普通に生きていたら、私も普通にオジイサンになっていたんだろうな…」
「ひとり暮らしで寂しく無いんですか?」
お酒の席とは言え、無神経な質問に、課長は部下を肘でつつく。
「いやあ〜もうひとり暮らしも20年だしね。子供がいなかったのは残念だけど、いまさらこんなオジイサンじゃね…」
「いや部長、オジイサンは一回忘れましょう。ね、忘れてください」
課長がすかさずフォローを入れる。

「事故、だったんですよね、奥様」
「そうだね。流石にカミさんがいなくなって、暫く立ち直れなかったけれど…」
「いまの僕の年齢くらい…いきなり伴侶を失った訳ですもんね…」
「まあおかげでガムシャラ働いて、寂しさを紛らわすように、仕事に集中できたんだけどね…」
「そうですよ、創業30年を誇る我社も、部長たち生え抜き組が頑張ったおかげでここまで大きく成長できた訳ですし…」
「僕も、いまのこの会社、とても好きですね。社員も社風も温かいというか、居心地が良いというか…」
ジョッキに残ったビールを一気に流し込みながら課長が声を上げる。
「部長!もうひと花咲かせましょうよ!」
「そうですよ!まだまだ再婚、ありですよ!」
「いやいや…別に再婚したい訳ではないし…」
「再婚したくないんですか?」
「そうじゃないけど…」
「じゃあ、仕事でもうひと花!」
「別に何か立ち上げたいとか、社長になりたいとか、そんな気もないよ…」
照れ笑いをする部長。支える課長。何とも微笑ましい。
「部長は定年までこの会社にいたいんですか?」
「定年って…まだ10年以上あるワケだし…」
「とは言え、10年ですよ!10年あれば、赤ん坊はもうすぐ中学生ですよ!」
「まあ確かに考えてみたら、10年なんてあっという間だよね」
部長は静かにビールのジョッキを傾けて、ゆっくり飲んだ。ジョッキを持ったままで思いを語りだした。
「たぶん、生きているからには、ひと花咲かせるのは大切だと思うんだよね。ウチの前の奥さんも、同級生だったから、時代的には、それ程楽しい人生では無かったかも知れない。これから人生を楽しもうって時だったかもね。そんなチリチリと弾ける思いとは裏腹に、ポトンと落ちる線香花火みたいに、大きく弾けても突然一生が終わってしまうこともある。一番派手に輝く時こそ、玉の落ちる危険性が高くなる。よし!これからだ!と大輪の火花を出そうとしても、火薬が無くなるかも知れない。我々は、タレントや有名人、政治家や実業家じゃないんだから、小さな火花を灯して、細く長く、火の軸が落ちないように、真面目に生きる。それも人生なんじゃないかな…なんてね」
「線香花火みたいな人生ですか…雅ですね」
「雅なんて…バブルって言葉も、弾けた結果論で、大きくなれば、大きく膨らむほど、弾けた衝撃は激しいワケだ。」
「あ、バブル時代って、そういう意味だったですか!?」
部下の言葉に課長が反応をする。
「なんだ平成生まれはそんなことも知らないのか!?」
「縁が無いですからね…教科書出てたかなぁ…」
「濡れ手に泡のバブル時代…」
「それは違う!濡れ手にアワの『アワ』は、こう穀物の粟だよ。粟が軽いから勝手に手に吸い付くから…」
部長が指で空中に『粟』を書きながら説明する。
「国語の教科書に出てませんでしたか?」
部下の逆襲だが、課長は笑って受け流す。
「これは失敬!」
「やっぱり年の功ですね、しかし部長ら、バブル世代の人達は羨ましい…」
「だから我々は、恩恵をまったく受けていないんだって!」

時代の話をしながら、大きくため息ひとつ。
「…はあ…ホントに飲む機会もメッキリ減ってしまって…」
「そうですよね、私も久しぶりですよ」
「なんかやっと笑って、息が出来た気分です…」
「こんな世界が、待っていたなんてな…」
「ホント、歴史的な時代ですよね…」
いまの時代、久々の懇親会でついつい寂しくなってしまう。

部長は少しゆっくりと語りだした。
「まあなんだ…人生100年時代とか言ったって、100年健康体で生きられる保証なんてどこにも無いワケだし…ウチの妻は、突然30年で人生の幕降ろしてしまって、私に至っては、半分の折返し、50歳を超えたワケで…実際のところ、どうであろうと、…その時代を生きている時には、わからないよね、何が起きるか。
まあホント例えるならば、線香花火みたいなものだよ。いまが一番大きく広がった火花なのか、もっともっと華やかな時が来るのかもわからないし…結局は、その光が落ちた時にわかるということだ」

楽しい時間にほんの少し酔も回って来たのか、しんみりしてしまう。
「…ホント、最後に瞼を閉じた瞬間に、ああ、良い人生だったって思えれば幸せだろうよ」
「…じゃあ、いまのこの飲みの席もパア〜ッと幸せにしましょう!」
課長が同意する。そこに便乗した部下が手を上げた。
「スミマセ〜ン!ビールおかわり!課長のおごりで〜!」…

     「つづく」 作:スエナガ

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