オールドタイマー(前編)
全治一ヶ月、そう医者に告げられた私の心はなお穏やかのままで、都内の大学病院からの帰りに喫茶店へ入れば、一杯の珈琲を飲み干す間に、締切の迫った記事を書き終えてしまった。
昨晩、私の限られた睡眠を大いに苦しめたのは単なる腰痛であり、医者が発した言葉通り、一ヶ月激しい運動さえしなければ、この痛みも自然と消えて無くなるらしい。
通院の必要もない、仕事も今まで通りで結構。
だが、私が安堵した本当の理由とは、その全治一ヶ月という言葉にこそあった。まるで油蝉の様に性懲りも無く、毎日携帯に電話を寄越してくる例の担当者、あいつの着信を無視する都合の良い言い訳が出来たと、医者にわざわざ診断書まで拵えさせたのだ。
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