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【えいごコラムBN(50)】日本語には人称代名詞がない?

次の英文を見てください。

We plan to take our children with us.

これを日本語に訳すと、たとえば次のようになるでしょう。

子どもたちを一緒につれて行く予定です。 

英文には We, our, us と3つの人称代名詞があります。

しかしそのうち日本語に置きかえられているものは1つもありません。

「私たちの子どもたち」のように訳に入れようとすると、むしろ不自然になることにお気づきでしょう。

英語において人称代名詞が表すことは、日本語ではほぼ省略されるのです。


でも、日本語にだって「わたし」や「あなた」という語があるじゃないか、とおっしゃるかもしれません。

しかしこれらは、英語の人称代名詞とはかなり違う役割をもっているのではないかと私は考えています。 


「内容語」と「機能語」という考え方があります。

英語における内容語とは、名詞・動詞・形容詞・副詞のように具体的な内容をもった語で、機能語とは代名詞・前置詞・接続詞など、具体的な内容がなく、語と語の関係や文の構造を示す機能をもつ語です。
 


上のように、英語の人称代名詞は「機能語」なのです。

ですから、たとえば1人称単数主格の代名詞は "I"1種類しかありません。

文の主語としての機能を果たすにはこれだけで十分だからです。 


ところが日本語には、ぱっと思いつくものだけでもこんなにあります。

1人称: わたし、おれ、ぼく、わし、あたくし、おいら
2人称: あなた、きみ、おまえ、あんた、おたく、きさま、じぶん
3人称: かれ、かのじょ、あいつ、やつ、そいつ
 

さらにいえば、日本語の人称代名詞には意味がないわけではありません。

1つだけ例を挙げると、「あなた」は漢字で書けば「彼方」で、本来「向こうの方」という意味です。

第三者について「向こうの方にいる人」と敬意をこめて言及するのに使われた語が、後に2人称的な呼びかけに転用されたのです。


したがって、日本語表現では、数多くの人称代名詞の中からどれを選択するかということが重要なポイントになります。

次の例を見てください。

(1) 僕はあの人を君に会わせたい。
(2) 俺はあいつを貴様に会わせたい。

代名詞以外は同じですが、2つの文がまったく異なるイメージをもち、異なる状況を想起させることは明らかです。

しかし英語にしてしまうと、これはどちらも “I want him to see you.” です( him の代わりに her もあり得ます)。


日本語の人称代名詞は、それによって指し示されるのがどのような人物であり、語り手がその人物にどのような感情を抱いているかを表現する「内容」を、それ自身の中にもっています。

すなわち日本語の人称代名詞は「内容語」なのです。


「内容語」である以上、英語の人称代名詞とは違って、それは文の構造を成立させるために欠かせない要素ではありません。

日本語の人称代名詞は、その「内容」によって文に何らかのニュアンスを付加したい場合(たとえば「僕」と「俺」を使い分ける場合)にのみ用いられるのです。

「内容語」としての必要性がない場合、つまり英語の人称代名詞と同様の「機能」しかない場合は、文脈から推測することが可能だと見なされ、原則として省略されます。


日本の「人称代名詞」がもつこの特質が、日本語話者の英語表現においてしばしば大きなネックになります。

日本語話者には「内容のない」人称代名詞を文中に補わねばならないという発想がないからです。

たとえば、次の文をどう英訳しますか?

辞書を持ってきましたか。 

たぶんこうなります。

Have you brought your dictionary with you? 

この you も your も、日本語話者の感覚からすると「いらない」ですよね。

だってなくても分かるもん。 (^^;

(N. Hishida) 

【引用文献】

※例文は次の書籍の384ページから借用しました。
綿貫陽、マーク・ピーターセン、『表現のための実践ロイヤル英文法』、旺文社、2006年

(タイトルのBNはバックナンバーの略で、この記事は2014年6月に川村学園女子大学公式サイトに掲載された「えいごコラム」を再掲しています。)

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