【えいごコラムBN(32)】「生きている敵」
『荒野の七人』(The Magnificent Seven, 1960)という西部劇映画の傑作があります。
黒澤明監督の『七人の侍』をリメイクしたもので、盗賊に襲われるメキシコの村を救うために7人のガンマンが戦う物語です。
物語の中ほどに、彼らがガンマンの暮らしについて語り合う場面があります。
たいへん印象的なシーンですが、ここの日本語字幕や吹替がちょっと違うのではないか、と私はかねがね思ってきました。
今回はその話です。
ガンマンたちのリーダー、クリスが「俺たちは銃の扱いを知ってるだけだ。たいしたことじゃない」と口にしたのに反発して、若いチコが「何もかも銃で手に入れてきたくせに。そうじゃないのか?」と問いかけることから話が始まります。
サブリーダー格のビンが次のように答えます。
ビンはこのように、ガンマンが銃で「手に入れる」ものを数え上げていきます。
まずはバーテンダーやカジノのディーラーに200人ばかり友人ができるそうです。
下の3行のセリフは、吹替では次のようになっています。
DVDから起こしたものですがご了承ください。
しかしこの部屋代と飯代のくだりは変です。
hash-house は米国の簡易食堂のことで、そこで金をかけて食事をするというのは理屈に合わないからです。
千ドルというのも大金すぎて食事代としてはピンときません。
また部屋の方も “rented rooms” と不特定複数になっているので、特定の部屋の宿賃のことを言っているのではなさそうです。
上の数字は、借りた部屋の戸数、そして食堂で食事をした回数のことを述べているのだと思います。
町から町へ転々としてどこにも落ちつけず、移り住んだ部屋は五百ほどにもなる。
食事はいつも安食堂で、千回ぐらいは食ってるだろう・・・。
そういうことではないでしょうか。
他に何かあるか、と問うビンに対して、クリスが言葉を続けます。
こちらも吹替を記します。
これで見ると、クリスもビンと同様、拠りどころのないガンマンの悲哀を語っているように思われます。
でも本当にそうでしょうか。
1行目のセリフに使われている “be tied down to ~” は「~に縛りつけられる」ということで、これは肯定的な意味とは考えにくいものです。
彼はむしろ、ガンマンは「特定の場所に縛りつけられることはない」と述べているのではないでしょうか。
次のセリフの “with a hold on ~” は、吹替では「頼ってくれる」となっていますが、どちらかというと「~に支配力をもつ」というニュアンスです。
クリスが言いたいのは「他人の命令に従う必要がない」ということでしょう。
また3行目の “step aside” は「脇に寄って道を譲る」です。
人を「敬う」ともとれますが、やはり目上の者におもねるイメージが先に立ちます。
ここも、ガンマンなら「誰に遠慮することもない」と言っているのだと思います。
クリスは、むろんビンの心情もよく分かった上で、何ものにも束縛されないガンマンの生き方を誇っているのだと思うのです。
さらに、気障だけどどこか影のある男、リーが言葉を重ねます。
ここは吹替にとくに異議はないのですが、ちょっと見てみましょう。
リーは「侮辱に耐えることも、なし。敵も、なしだ」とうそぶきます。
彼の過去を知るクリスが、「敵がいないだって?」と声をかけます。
それにリーはひとこと “Alive.” と答えます。
これは何が言いたいのでしょうか。
alive は「叙述用法」では使えて「限定用法」では使えない形容詞です。
どういうことかというと、 “This dog is alive.” (この犬は生きている)とは言えますが、 “*an alive dog” (生きている犬)とは言えないということです。
この種の形容詞が名詞を修飾する場合、 “the greatest singer alive” (存命中の最高の歌手)のように、修飾対象の名詞の後に来る形をとります。
Alive はクリスのセリフの enemies を後から修飾し、 enemies alive (生きている敵)という形を作っているのです。
つまり、リーは “No enemies alive.” (生きている敵はいない)、すなわち「敵はすべて倒した」と宣言しているわけです。
気障ですね~。
もっとも、この言葉とは裏腹に、彼はつねに敵の影におびえていることが後に明らかになります・・・そういう意味では重いセリフです。
今回はついつい長くなってしまいました。
いやぁ、英語って本当に面白いもんですね~ (^^)
(N. Hishida)
【引用文献】
ジョン・スタージェス監督、『荒野の七人(特別版)』[DVD]、20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント、2005年 (字幕および音声から引用)
(タイトルのBNはバックナンバーの略で、この記事は2013年7月に川村学園女子大学公式サイトに掲載された「えいごコラム」を再掲しています。)