IPCC報告書を解説してくださる専門家のありがたさ

政策決定者向け要約や新聞報道だけ読んでもIPCCの報告書は分かりません。3000ページの本文を読んで解説してくれる専門家のありがたさ。
(なお、ここでの「IPCC報告書を解説してくれる専門家」とは、脱炭素の危機を煽ることで企業にアドバイスや指導を行うコンサルや、予算をもらえる研究者ではありません)

アゴラで続いているこの杉山大志さんの連載はサステナビリティ部門の担当者に限らずすべての企業人必見です!
すでに60件近いのですが、1件2〜3分で読めます。一日5件読めば2週間で追いつける!

◼︎IPCC報告の論点㊾:要約にあった唯一のナマの観測の統計がこれ

この図の説明を見ると、「気候変動は水資源への影響を通じて食料安全保障に影響している・・・(a) 気候に関連する食料生産の損失の頻度は何十年にもわたって増加してきた」とある。

でもこの図を、気候変動による悪影響の増加と説明するのは間違いだ。

この間、世界の食糧生産そのものが大変に増えたので、大規模な損失の回数が増えるのも当たり前だ。
それに、昔より今のほうが報告がよくされるようになっただけかもしれない
以上2点を裏付けるように、「他の理由による損失(●)」も増え続けている。
それに、世界全体の食糧生産は激増したのだ(下図)。この重要な成功の中で、一部、自然災害によって損失が起きているにすぎない。

じつは、この図TS.6の元になっているFig FAQ5.1.1(図は省略)の引用文献Cottrell2019を読むと、食料損失が増加傾向にあったことを示しているだけで、気候変動のせいだなどとは言っていない。

◼︎IPCC報告の論点㊿:この「山火事激増」の図は酷い

これを見ると、「おお、山火事の面積がどんどん増えている、大変だ!」となりがちだが、じつはこの図には大問題がある。

図の説明を読めば分かるが、これは「累積の(cumulative)」の面積なので、年々増えるのは当たり前なのだ! 大変に誤解を招きやすい図である。意図的に誤解させようとしているのではないかと勘繰りたくもなる。

◼︎IPCC報告の論点55:予測における適応の扱いが不適切だ(前編)

洪水による被害の増加に関する第2作業部会(WG2)の知見は、報告書本文(4-69)が示すように、3つの論文(Hirabayashi et al.2021、Dottori et al.2018、Alfieri et al.2017)に依拠している。

しかし、この3つの研究を実際に見てみると、彼らが主張するような将来の損害を予測したものではないことがわかる。これらの論文は2100年に予測される気候変動が現在の社会に押しつけられたらどうなるかを調べているのだ。

これらの研究は、実際のところ、未来を予測する上で地球温暖化への適応の可能性を排除している。これはもちろん予測としては馬鹿げており、適応に関する報告書ではほとんど役に立たない。

最後に杉山注:過去の統計について見れば、洪水などの自然災害による死亡数は激減し続けている(下図)。これは防災が進歩したからだ。この防災の進歩を「止めて」将来の被害を推計することは予測としては馬鹿げている、というのがここでのロジャー・ピールキー・ジュニアの指摘だ。

◼︎IPCC報告の論点56:予測における排出量が多すぎる(後編)

さらに悪いことに、3つの研究はそれぞれ、2100年の気候変動を予測するために、時代遅れでかつありえない極端なシナリオ、RCP8.5シナリオを利用している。つまり、社会が現時点で適応できずそのままになるだけではなく、将来の気候変動が極端なシナリオに基づいて予測されており、これもまたありえない話である。

IPCCは、適応を含む別の研究によれば、適応がない場合の洪水被害予測の95%は回避できることを本文で指摘している(4-69)。「予測される洪水被害は、適切な適応を行えば、絶対値で1/20に減らすことができる。」と。この主張を裏付ける研究(Winsemius et al.2015)もRCP8.5シナリオを使用している。ありえないような気候の未来であっても、効果的な適応策を講じれば、洪水による被害のほとんどを回避することができるのだ。

さらに、補足資料として、より適切な上限排出シナリオ(RCP4.5)の下での適応に関する分析が含まれており、気候や社会の変化を想定しても、実際に洪水被害は現在より減少する可能性があることがわかっている。適応は重要なのである。

第2作業部会(WG2)による洪水に関する文献の誤記は、他の現象についても報告書全体において繰り返されている。適応についてはしばしば無視されるか、あるいは最小限の言及となっており、気温が上昇し続けることによって影響が悪化するように示されている。実際には、適応は、将来の排出量と気温の変化の幅広いレベルにおいて、人類の未来をプラスに導く大きな可能性を持っている。緩和と適応はどちらも重要であり、IPCC 第2作業部会(WG2)は緩和に重点を置いたことで、自身と我々皆に大きな損失を与えたのだ。

IPCC第1作業部会は昨年、このような極端なシナリオは可能性が低く、RCP4.5のようなシナリオの方が実現の可能性が高いと認めてさえいる。それでも、第2作業部会(WG2)の報告書ではRCP8.5シナリオが将来の予測を支配している(その中でRCP4.5シナリオはしばしば不適切にも「緩和の成功した場合」として提示されている。現在の諸国の政策では、世界はRCP4.5シナリオをさらに下回る方向にある)。

下図のグラフは、IPCC第5次評価報告書(2013/14)から第6次評価報告書(2021/22)にかけて、ありえないシナリオへの依存度が高まっていることを表している。IPCCの執筆者たちにこの決定の正当性を明確にするよう求めたが、今のところ誰もその申し出に応じてくれてはいない。

これまでのところ、IPCCは時代遅れのありえないシナリオに依存していることについての問題点をほとんど無視しており、このことがIPCCの仕事の信頼性を根本的に損なってしまっている。

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