環境省、温室効果ガス算定での「一次データ推奨」を再検討へ

環境省は、サプライチェーン全体の温室効果ガス(GHG)について、一次データでの算定を推奨するため、ガイドラインの改訂を進めていたが、再検討することを決めた。改訂版は2023年度末(24年3月)に発行予定だったが、全業界共通の一次データでの算定方法をまとめることができず、発行時期が延びていた。改訂版の発行については、委託業者の選定から始め、発行時期も内容も再検討する。

一次データとは、実測値という意味だ。業界平均値や推計値である二次データと比べて、その製品や部品そのものの排出量を基に算定する方法だ。実測値なので、この算定の方が精緻なGHG排出量が出せる。

だが、課題は多い。サプライチェーン上流のサプライヤーから原料や部品などを調達する場合、そもそもサプライヤーがGHG排出量を算定していないことがある。

さらに、スコープ3は15個のカテゴリに分かれており、調達・製造・輸送・消費・廃棄の全行程でのGHG排出量を調べなくてはいけない。そのため、スコープ3を一次データで算定する企業はまだわずかだ。

そりゃそうです。
そもそもスコープ3の一次データ・実測なんて非現実的でできるわけがありません。
そして、

それでも、環境省が一次データの推奨を決めた理由は、削減につながるからだ。精緻なデータが集まれば、どの工程を減らせば削減につながるのか、判断を下すことができる。

業界単位では一次データを使ったGHG算定方法ができつつあるが、環境省は全業界共通の算定方法を示す考えだった。

この文章は日本語になっていません。
「業界単位の一次データ」なのに精緻なデータのわけがない。業界単位であれば一次データ・実測値ではなく推計値なのです。

一次データ・実測値の収集については、以前IEEIに書きました。

スコープ3の算定・開示が義務化された世界を想像してみます

続いて実測の問題。前回述べた通り「活動量×原単位」では自らのビジネス縮小をめざすKPIを設定することになってしまいます。これではダメだ、実測してちゃんと脱炭素に貢献しなければ、と考える真面目な企業がきっと出てくるはずです。スーパーA社の場合であれば、仕入れている米や魚や野菜やお菓子がどうやってつくられているのか、どこからどのような手段で輸送されてくるのか、従業員の自宅から職場までの距離は各自何キロメートルなのか、マイカー通勤であればガソリン車なのかハイブリッド車なのか、そして各自の燃費は、電車やバスで通勤している場合は同じ車両に乗り合わせている日が何日あるのか(単純に乗車距離✕従業員数ではCO2排出量が過大集計になる!精緻に計算しないと!)、米や野菜を買ってくれたお客様がどのような交通手段で各家庭まで何キロメートル運んでいるのか、野菜や米の生産者ごとにどのようなエネルギー管理を行っているのか、売上データの管理を外部委託しているIT企業が借りているデータセンターの電力使用量と、その電力は石炭火力発電由来かLNG火力発電由来か原子力発電由来か太陽光発電由来かまたは複数の発電方式の組み合わせで電源構成の比率はどうなっているのか…(以下略)。無限にデータ収集を行うことになります。

さらにCO2削減施策問題。このスーパーが膨大な手間とコストを費やして米や野菜など各仕入先の輸送距離や燃料種別を完璧に整理できたとします。目的はスコープ3の把握ではありません。CO2の削減です。仕入れ先の行動を変えてCO2を削減するためには、ガソリン車をハイブリッド車に切り替えてもらうためのお願いや車の買い替え費用の負担が必要になるかもしれません。輸送の便数を減らすために積載効率を見直してもらったり、野菜や米の生産者を、従来の味やコストに加えて生産方法やエネルギー使用量や輸送距離も検討するためのサプライヤー選定基準を整備したり…(以下略)、これまた途方もない作業が延々と繰り返されることになりそうです。スーパーの営業時間は同じなのに従業員の残業が増え、オフィスのエネルギー使用量が増え、利益は激減するでしょう。

こちらの本にも書きました。

発行時期の延期ではなく、環境省はこんな無駄な検討は即刻止めるべきです。
将来、何らかのガイドが出るのかもしれませんが、やってる感だけで実際のCO2削減には1グラムもつながりません。

スコープ3をどうしてもやりたいのなら任意参加にすべきです。企業価値向上に資すると考える企業が自ら取り組めばよいのです。その際に、自社だけで算出してサプライヤーに迷惑をかけない手法があります。

脱炭素要請が下請けいじめにならない方法を提案します

内部管理に一切使えない推計値の義務化や、任意であっても一次データ・実測値の推奨など無意味です。多くのサプライヤーが巻き込まれることで日本の産業界全体で生産性が損なわれ、競争力の低下を招くだけです。

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