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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
50.鏡

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  その呟きを敗北宣言と取ったのか満足そうなコユキであったが、不意に口調を正して、

「それにしても、最初は信じられなかったんですけど、自分の事なのに本当に三センチも認識と現実に差があったなんて驚きましたよ」

と、やっと現実太さを受け入れたらしい発言をした。

 続けて、自分では気付かない美しさだとか、これ以上豊満になると怖いとか言っていたので、根本的な勘違いは治っていなかったようだ。

 残念。

 気にしない事にした善悪が答える。

「まぁ、自分の事なんて正しく分からない方が普通でござろう。 何しろ、人間が客観的に見る事が出来るのは他人の姿だけであろ? 直接観察した事も無い、己の事を分からなくても仕方ないのでござるよ」

「えぇー、私結構鏡とか見たりするんですけどね?」

 コユキの疑問にうん、と小さく返事をして善悪が答えた。

「鏡でござるか? あれも微妙な物でござろ? 現実には左右反転した姿であるだけじゃなく、見たい様に見てしまう事も往々にしてあるであろ? 鏡覗く時だけ目をキリッとさせたり、姿見の前に立ってお腹をへこましたりね。 あと、ついでに言えば、お化粧するとか必要な場面以外で鏡を使い過ぎるのも、僕ちん的にはどうかな? って思うんでござるよ」

「どう言う事です?」

「うん、あくまでも個人的な考えなのでござるが、当たり前だけど鏡って自分と同じ表情してるでござろ? 嬉しいとき覗けば一緒に笑って、悲しくて堪らない時だったら一緒に泣いてくれる、怒っている時だって憤慨プンプンでござろ? まるで、絶対自分を裏切らない、決して批判も否定もしない理解者? というよりはイエスマンみたいな存在であろうと思うのでござる」

「ふむふむ…… なるほどです」

 コユキの相槌あいづちに促された善悪は、緑茶を一口啜ってすすって自論を続ける。

「たまにね、拙者に相談に来る檀家さんやその知り合いの人がいるのでござるが、困ってることとか、悩んでいる事って本当に色々なんでござる。 仕事柄一緒に考えて、出来るときはアドバイスをしたりする訳なんだけど、当然、一般的な誰でも分かっている、それこそ本人も分かった上で聞きに来ているような事しか言え無いのでござるよ。 浮気がばれたって話しなら、淫蕩いんとうはダメだって説明して、奥さんに謝った方がいいよとか、病気で辛いって人だったら、お医者さんの言う事をちゃんと聞いて、出来れば今までの生活習慣とか、食生活を振り返るとか、働きすぎたんじゃ無いかとか、自分の過去を見直す機会を貰ったと考えてみたらどうかな、とか、本当に普通の事しか言えないのでござるよ」

 自分の無能を恥じる様に、苦笑いを浮かべながら更に話を続けていく。

「そんな相談の中で一番多いのは、一言で言うと『人間関係』なのでござる。 小さな子供同士の仲間はずれから、高校生の息子さんの不登校について、会社の同僚や取引先との不和、老人会でのトラブル、ご近所さんとの揉め事とか、多種多様で、お一人づつそれぞれ事情も状況も違っていて、経典をひっくり返して何度も見直しても、これだっって答えが分からない事ばっかりなのでござる。 それでも何か言わなきゃならない、ごまかしじゃなくて目の前の人の心のおりを減らす手助けになる言葉をね。 一応お坊さんだからね。 だから、最適解も次善策も我輩には皆目見当が付かない時はこう答えるのでござる」

「……うん……」

 コユキ自身も多少、いや正直に言えばメチャクチャ興味を惹かれる内容だった。

 首肯しゅこうし話の先を促すのだった。

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拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。

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