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ワクワクのデザイン

KESIKIは「やさしさがめぐる経済」の実現を目指し、この3年半、走り続けてきました。ありがたいことに、日本を代表する大手企業や行政の方とともにプロジェクトを進める機会も多くなりました。

また、人類学者や環境省の国家公務員をはじめ、これまでKESIKIのメンバーにはいなかったバックグラウンドを持つメンバーも参加し、より多様なアプローチができるようになってきています。

なぜ「やさしさがめぐる経済」を目指すのか。

KESIKIと関わる人や企業が増える中で、そう問われる機会も増えてきました。そこで、これまであまり語ってこなかったその理由を、創業者である石川、九法、内倉の3人で振り返りました。


なんのためのデザイン?

九法:まずは、これまで僕らが何をしていたのか。その中でどんな問いが生まれ、KESIKIの立ち上げに至ったのかを振り返りたいと思います。まずは、俊さんから。

石川:そうですね。なぜ、KESIKIを立ち上げたのか。個人的な思いとしては、僕が初めてデザイナーを目指した頃のワクワクした気持ちを取り戻したかった、ということかもしれません。

僕がデザイナーを志した理由は、著書である『HELLO, DESIGN 日本人とデザイン』の冒頭でも書いた通り、自分で考えたアイデアを誰かが喜んでくれたり、困っている人の課題を新しい方法で解決し楽しみに変えることが好きな子どもだったから。いま振り返れば、人と1対1で向き合うような関係性の中で生み出すワクワクを、子どもなりに楽しんでいたんじゃないかと。

イギリスの大学でデザインを学んだ僕は、新卒でパナソニックに入社し、プロダクト・デザインに携わっていました。パナソニックにいた6年間ではたくさんのことを学びました。例えば、ユーザーのインサイトという定性的な情報をもとに、売り上げという定量的な目標を達成するプロダクトをつくる難しさ。ブレイクスルーを起こした製品もあれば、他社との差別化が優先された製品もありました。

パナソニックで経験を積む中で、もっとユーザーの近くで観察し、再定義やリフレーミングを通じて問いを立てるところから関わりたいという思いが強くなり、イギリスのデザインファームPDDに転職します。そこは最高の仕事環境でした。なぜなら、僕がイギリスの大学でデザインの本質だと学んだ「観察」と「問い」と「具体化」を、存分に仕事の中で活かすことができたからでした。

PDDにいた時代には、日本企業、欧州企業、韓国企業をクライアントとして、プロダクトデザインから新規事業の創出、ブランド戦略の立案まで関わっていました。そこで、3つのカルチャーショックを体験します。

1つ目は、日本企業以外の多くが、新規事業室やイノベーション組織、あるいは経営企画といった、デザインの専門チーム以外の組織から依頼があったということ。

2つ目は、多くのケースでヒューマンセンタードデザインの考え方が浸透していて、30代の非デザイナーであるリーダーがその場で意思決定をしながら、とてもスピーディーに物事を決め、進んでいくこと。

3つ目は、デザインファーム側だけでなく、クライアント側も多様なバックグランドを持つエキスパートで構成されていて、フラットな関係性のワンチームで仕事を進めていくということ。

日本企業との違いに驚きながらも、「これこそが求めていたデザイナーの働き方だ!」と毎日ワクワクして働く中で、転機がやってきます。IDEO日本法人立ち上げへの誘いです。

日本のビジネスでのデザインの価値を高め、役割を再定義したい。これは新卒の時からずっと思っていたことでした。IDEOではそれを実践し、その後はBCGDVに入社。ビジネスの上流を担う組織で、ヒューマンセンタードデザインの普及に努めてきました。

この10年で日本でも、少しずつデザインの価値が上がってきています。そんな中で、また別の疑問が生まれてきました。それは、デザインが経営戦略の手段の一つになることで、向き合う対象がユーザーよりも経営者や株主になっていったこと。もちろん、こうした流れにはすごくいい面もあると思います。デザイン思考やデザイン経営といった言葉が当たり前になりつつあり、デザイナーに対する見方も変わってきました。

でも、デザインの価値がどんどん数字に置き換わり、デザインと人の距離が離れてしまった。そんな風に感じたんです。デザインには一人ひとりの創造性を活性化させ、イキイキさせたり、ワクワクさせたりする力があります。でもまだまだ、日本ではその部分でデザインの力が生かされていない。

もう一度、人の気持ちに寄り添ったデザインをしたい。そして、デザインの価値を、アウトプット以上にそのプロセスにおいて活用したい。そんな思いがKESIKIの立ち上げにつながっていきました。

社会にオルタナティブなモデルを

九法:僕は経済誌の編集者として15年ほど働いていました。最後の数年は「Forbes JAPAN」編集次長兼ウェブ編集長や「WORK MILL with Forbes JAPAN」のエディトリアル・ディレクターとして、大企業からスタートアップまで、国内外の企業を数多く取材してきました。たくさんの素敵な出会いに恵まれたんですが、一方でビジネスの世界における成功のロールモデルが画一的であることにずっと引っかかっていたんです。

大企業でビジネスを大きく拡大させた経営者や、スタートアップをゼロから立ち上げてIPOに導いた起業家。彼らの話は刺激的で、たくさんの学びをもらいました。でも、多くの人にとって、資本主義の中で成功している人だけがロールモデルじゃないですよね。たとえば、アーティストやクリエイター、地域で活躍している人たちの中にも社会を前進させるような取り組みをしている人はたくさんいます。

僕自身がひかれる人の共通点は、青臭い理想を持ち、遊びと仕事の垣根なしにとにかく楽しそうに働いている人。そんな人やそんな人たちが集まるチームを取材するようになって、人や企業のオルタナティブなロールモデルを示したい、という思いがだんだん強くなっていったんです。Forbes JAPANでは、30歳以下の未来を担う多様な人たちに焦点を当てた「30 under 30 JAPAN」や、中小企業のユニークなビジネスに光を当てた「SMALL GIANTS AWARD」という企画を立ち上げたりもしました。

社会にポジティブな空気をつくり、新しいムーブメントを起こすこと。僕はそれこそが編集者の醍醐味だと思って働いてきましたし、今もそう思っています。でも、ただ何かを伝えるだけでいいんだろうか。メディアを飛び出して編集者の役割を広げたいと思ったきっかけが、「WORK MILL」で2019年に特集した「愛される会社」のときのアメリカ取材でした。

この特集で取材したのが、ニューヨーク生まれのスーツケースブランド「Away」やスニーカーブランド「Allbirds」など、当時注目され始めていたD2Cブランドです。目指す社会をつくるために、プロダクトだけでなく、メディアですら自分たちでつくってしまう。

メーカーはつくる、メディアは届ける。そうした役割の垣根がなくなっていく中で、ただ中立者として情報を伝えるだけで良いのか。思いを持った人や組織とともにアクションを起こしていくほうが、より豊かな社会、より楽しい社会のかたちを示せるんじゃないか。そんなことを思うようになりました。

「Away」「Allbirds」、メガネのD2Cブランド「Warby Parker」をはじめとした多くのD2Cブランドのサポートしてきた「Partners & Spade」という会社の取材にも刺激されました。当時のPartners & Spadeには、デザイナーやマーケッター、建築家や編集者など、多様な職種が集まってスタートアップの立ち上げを伴走していました。

ちょうど俊さんや内倉くんと親しくなったのもこのころでした。いろんなバックグラウンドのスペシャリストたちと集まれば、日本の企業をもっとおもしろくできるんじゃないか。日本には企業を支えるクリエイティブなエコシステムは整っていないけど、すぐれたクラフトマンシップを持っている会社や、三方よしを是としている会社はたくさんある。だから、自分たちにも何かできるんじゃないか。

当時、ほぼメディアの編集者しか経験してこなかった僕自身に何ができるかはまだ具体的にイメージできていなかったんですが、なんだかやれる予感がしてニューヨークでワクワクしたのを覚えています。帰国後、勢いで会社を辞めました(笑)。

「やりたい」で企業を変える

内倉:俊さんも九法さんも、自分がワクワクすることを見つけ、いてもたってもいられなかったように、私も「自分のワクワク」を見つけたことが、KESIKIをつくることにつながっていきました。

私の前職は、ユニゾン・キャピタルという日系の老舗プライベート・エクイティ・ファンドです。組織構築、オペレーション改善、新規事業立ち上げなど、様々な手段で、事業承継した企業の価値向上を手掛けていました。中でも重視されるのは株主価値をあげること。株主価値を素早くあげるためには、経営陣をはじめとする一握りの人たちと短期で利益の上がる経営計画を立て、それが達成されるよう徹底的にオペレーションを回すことが大切です。

でも、「株主価値をあげることが正解」という価値基準によってつくられた環境で、働くメンバーはワクワクするんだろうか? と疑問を持つようになります。

私にとって、この仕事のやりがいは、一緒にやっているメンバーとお互い腹を割って議論しながら、彼らと一緒になってワクワクしながら物事を進めていくことでした。上司からは、一つの会社に入れ込みすぎるなと常々言われていましたが、「会社への向き合い方ってそれでいいんだっけ」という違和感は募るばかり。そこで働く人の気持ちに向き合うことが大事なんじゃないかと思っていました。

もっとみんなが楽しく、ワクワクしながら働ける環境をつくりたい。

そんな思いから、とにかく一緒に働く人の「やりたいこと」に向き合ったことがありました。毎日毎日対話をして、「この会社で何がやりたいんですか」と問い続けた。最初のうちは「何でお前にそんなこと言われなきゃいけないんだ(笑)」「そんなこと考えたことがないのでわからない」と言っていた人も、徐々に自分がやりたいことを見つけて、イキイキと仕事をするようになっていきました。すると、誰に指示されるわけでもなく、様々なプロジェクトが自走するようになっていったんです。

一握りのトップが一から十まで計画を立てて、それをやるようにコントロールしなくても、会社を変えることはできるし、本当に組織を変えるのは人の気持ちなんだと実感した経験でした。

もう一つ、人の気持ちに向き合うことが、会社を変えると実感した事例があります。私がまだファンドにいた頃、俊さん、九法さんと携わった、投資先だったホテル運営会社のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)づくり・新規事業創出プロジェクトです。

MVVやパーパスといった言葉が流行る前の時代、ましてやファンドの投資先でMVVやそれを起点とする新規事業をつくることは、あまりない事例だったと思います。それでも、その会社らしさに向き合い、その会社らしい事業を立ち上げた方が良いと提案したのは、ちょうどコロナ前でホテル業界が右肩上がりで伸びていたから。おそらく、短期の利益に目を向けても数字は達成できたと思います。でも、中長期を見据えて、その会社らしい事業をつくった方が、差別化にもつながるし、メンバーももワクワクしながら働ける。そして、それが結果として数字に繋がっていくと考えていたからです。

そんな私の思いを受け入れ、プロジェクトを実現させてくれたユニゾン・キャピタルは、短期的な利益だけでなく、組織カルチャーや、業界や国全体へのポジティブなインパクトも重視する、珍しいファンドでした。

そこでコアメンバーに選ばれた数名の社員たちと彼ら自身の「やりたいこと」やその企業が「大切にしてきたこと」に向き合い続けて、プロジェクトを進めました。結果として、このプロジェクトから、事業承継後の新しい会社名やMVV、新規事業の種だけでなく、多くのメンバーのワクワクが生まれていきます。

特に印象に残ったのは、プロジェクトに参加したあるホテルの支配人から「この会社に入った当時の、ワクワクしていた気持ちを思い出しました。プロジェクトでの学びを生かして、目の前の仕事への向き合い方も変えてみようと思います」と言ってもらったこと。数ヶ月後、その店舗の数字が少しずつ改善していったのです。自分がやりたいのは「コレだ!」と実感した瞬間でした。

こうした経験から、数字を目標にして追い続ける(数字に追いかけられる)のではなく、一人ひとりの「やりたい」にフォーカスを当てることが、結果として数字にもつながっていくことを証明したいと思うようになり、それがKESIKIをつくることにつながっていきました。

「やさしさ」と「ワクワク」の循環


九法:ワクワク働く人たちを増やしたいという共通点のもと、KESIKIが生まれ、僕らは「やさしさがめぐる経済」をデザインすることを会社のパーパスとして掲げています。なぜ僕らが「やさしさ」という言葉を使っているのかも振り返れたらと思います。

石川:一つは、日本らしい考え方を大事にしたかったからですよね。

よく例に出すのがロボットと人間の関係。欧米ではロボットは人間を凌駕し、人間の能力を超えていく脅威の存在として書かれることが多い。ターミネーター然り、ロボコップ然り、マトリックス然り。マシーンという側面が強いですよね。

一方で、日本のロボットは、ドラえもんや鉄腕アトムなど、人間を助けてくれるけど、時には人間を叱ったり、一緒に泣いたりする。人間をより良い成長へと背中を押してくれる思いやりと「やさしさ」のある存在です。

九法:以前、「アジアのオルタナティブな働き方や経営哲学」をテーマに取材した韓国と台湾の企業の経営者は、共通して「共存共栄」を大事にしていると話してくれました。中国では、「三方よし」を実践する日本の長寿企業を見学する企業が増えているという話も聞きました。

KESIKIでは「WORKMILL ISSUE04」の特集タイトルでもある「愛される会社をつくる」という言葉を、自分たちのビジョンにしています。社員に愛される会社、顧客に愛される会社、地球に愛される会社。そうした会社や組織、チームを増やしたい。自分たちの仕事に誇りを持ち、ワクワク働く人が増えれば、人や社会や地球への「やさしさ」が生まれると考えています。お互いのやさしさがめぐっている世界ができれば、誰もがワクワクしている世界になる。


内倉:やさしさがめぐる「経済」としているのにも理由がありますよね。

僕らがここで使っている経済という言葉は、英語の「Economy」ではなく、経済という言葉の元になっている、中国の古典に登場する「經世濟民(経世済民)」を指しています。「世(よ)を經(をさ)め、民(たみ)を濟(すく)ふ」という意味の通り、ただお金を稼ぐだけでなく、それを還元し、世の中を良くしていきたいという願いを込めています。

自分の創造力に自信を持てる文化へ

九法:最後にどうやって「やさしさがめぐる経済」をデザインしようと思っているのかについて触れたいと思います。

石川:やはり、企業文化をワクワクする創造的な環境へとデザインしていくこと。一人ひとりのクリエイティブ・コンフィデンスを醸成していくことです。トップダウンで人事評価を変えることももちろん重要ですが、それだけでは自分たちらしい文化にはなり得ません。その意識や行動をどう動かしていくのかをデザインすることが肝心です。

当たり前ですが、企業は人の集まりです。そして、企業の文化をつくるのは人のあり方と行動です。この3年間、たくさんの企業とご一緒させていく中で、気持ちが変わり、行動が変わりはじめて、新たな文化の兆しが芽生える瞬間に出会ってきました。

文化を変える上で大切なのが、外から来た僕たちが「これが正解です」と言うのではなく、中の人が自分たちでつくっていきたい組織に変えていくこと。

自分で何か変化が起こせると思うと、ワクワクするし、自信にもつながりますよね。IDEOでは、自分の創造力に自信を持てることを「クリエイティブ・コンフィデンス」と言いますが、文化が変わることで、一人ひとりがそれを持てることが大事だと思います。

内倉:そのために、私たちは向き合う人に「問い続けること」を大切にしています。例えば、学生時代、大きな志を持って官僚になった人が、出世のために20年待っていたら、いつの間にか当初の野心がなくなっていたというのはよく聞く話。その灯火が消えないように「本当は何がやりたいんだっけ」と問いかけられることで、ずっとワクワクを保ち続けられる。

この前、KESIKIが事業継承した家具会社WOOD YOU LIKE COMAPANYの職人さんがこんなことを言っていたんです。「毎日毎日、好きなことに向き合い続けられる、これ以上幸せなことはない」って。こう思いながら働ける人をもっと増やしていきたい。

石川:そうですね。KESIKIに元マッキンゼーのコンサルタントやMBAホルダー、人類学者、元環境省のメンバーなど、多様なバックグラウンドをもったメンバーが集まってきてくれているのも、まずメンバー一人ひとりの「やり
たいこと」や「ワクワクすること」を大事にしているから。




九法
:KESIKIとしても、まだまだワクワクすることをたくさん仕掛けていきたいと思います。興味ある方は、ぜひお気軽にお声がけを!


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