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今すぐ使える小説テクニック6(完)

こちらは八幡謙介が2015年に発表した実用書です。

プロットの時代性

皆さんはプロットの時代性について考えたことがありますか? そう、主人公像や世界観だけでなく、プロットにも時代時代に即した構造があるんです。それを掴み損ねると、なんだか時代遅れな古くさい作品と評価されてしまうことがあります。実は拙著『未来撃剣浪漫譚ADAUCHI』がそうでした。この作品は僕が生まれてはじめて書いた長編で、執筆当初は3点リーダの使い方すら知らない状態、ましてや現代的なプロットの構築など考えもしませんでした。もちろん、プロット自体は組んでおり、その中でなんとか起伏を作ろうと苦心しましたが、プロット全体を俯瞰で見ることはまだできませんでした。その結果、レビューなどでは『物語が古くさい』『昭和っぽい』『中盤に停滞感があり、しんどい』と批判の声があがりました。悔しいですが、執筆から3年経った今振り返ってみると、こういった批判はやはり正しいと感じます。執筆当時も、脳裏にあったのは少年時代(80年代後半から90年代)に読んだ往年のジャンプ漫画でしたから、その地が出てしまったんでしょう。現代に即さないプロットで小説を書いた結果です。
 こういった経緯もあり、僕は比較的新しい漫画やアニメをプロットに注意しながら鑑賞し、その構造を勉強することにしました。そこでようやく、プロットに時代性があることに気づかされたのです。

なぜプロットを漫画やアニメから学ぶ必要があるのか

小説を書くのなら小説からプロットを学ぶべきだと思われるかもしれません。もちろんそれもいいと思いますが、僕はやはり、現代に即したプロットを学ぶには漫画、アニメが適していると思います。漫画やアニメは対象年齢も低いですし、作品自体も、そうした若い読者からの反応を気にしながら作っていくことが多いので、時代性が出やすいと思います。一方、小説は一般的に対象年齢も幅広く、読者の反応を見ながら執筆するということもあまりありません。最新の小説のプロットが必ずしも現代的であるとは一概には言えないと僕は思います。もちろん、伝統的な純文学を書きたいのであれば過去の文学作品の構造を参考にするべきでしょうが、時代に即した小説を書きたければ、最新の漫画、アニメからプロットを学ぶべきでしょう。

現代的なプロットとは?

現代的なプロットとは、ひとことで言えば、現代社会に即した展開の速さです。90年代の漫画を今読むと、キャラクターは魅力的だけど、ストーリーの展開が冗長に感じられます。というのも、一昔前までは、例えば冒険アクション漫画なら、修行シーンにたっぷりと時間をかけ、その中で主人公が少しずつ成長していく過程を綿密に描写していました。そして、読者は一生懸命頑張る主人公に、知らずと感情移入していったのです。しかし、現代では、こんなのんびりとしたプロットは通用しません。なかなか成長しない主人公や、いつまでも場面の変わらない展開に読者はイライラし、すぐに厭きてしまうのです。これは恐らくネットやスマホの影響でしょうが、そういった社会学的な考察は本書の主題ではないので割愛します。
 さて、現代の人気漫画で、そうした冗長性を見事に排したプロットを採用している作品があります。そう、「進撃の巨人」(講談社)です。以下、この作品のプロットを学ぶことで、現代的なプロットの構築法を考察していきます。

進撃の巨人第1話のプロット

ではまず、『進撃の巨人』第1話のプロットについて考察してみましょう。第1話では、時間を3つに区切って描き分けています。

【現在】
 ①プロローグ、街に巨人出現
  エレンの今現在
  
【時間不明】
 ②壁外にて調査兵団と巨人との戦闘シーン
  エレンとは無関係
  
【過去】
(冒頭の現在から数時間前に遡る)
 ③エレンとミカサ登場、街の描写、世界観の説明
  エレン、ミカサ帰宅、両親との食事
  エレン、ミカサ外出、アルミンと合流

*超大型巨人登場
  *ここで冒頭のシーン、エレンの〝今現在〟に到着

ざっくり言うとこの第1話では、【現在】を冒頭で提示し、そこから一度過去に遡ってから【現在】までの経緯を説明する、というプロットが採用されています。これを〈回想式プロット〉と呼ぶことにします。「進撃の巨人」では、この〈回想式プロット〉が頻出します。一方、旧来のプロットは、時間が概ね一直線に進んでいきます。これを〈リニア式プロット〉と呼ぶことにします。ではまず、これらのプロットの特徴をまとめ、改めて「進撃の巨人」第1話をおさらいしてみましょう。

回想式プロットとリニア式プロット

本書では〈回想式プロット〉を学んでいただくのですが、その前に、〈回想式プロット〉と〈リニア式プロット〉の違いを把握しておきましょう。

〈回想式プロット〉
 あるイベントを、発生から順を追って描写するのではなく、任意のシーンから書き始め、そこまでの経緯を〈回想〉として描写する。

メリット
 最もインパクトのあるシーンから書き始められるので、冒頭から読者を引きこみやすい。経緯を〈回想〉として描くため、冗長な部分をカットでき、プロットを速くすることができる。

デメリット
 時間が前後するので読み辛くなる。イベントを正確に認識していないと矛盾が出やすい。

〈回想式プロット〉は、成功すれば速くてダイナミックな展開を作ることができますが、失敗すれば、何が起こっているのかわけがわからない上に、矛盾だらけの作品になってしまいます。全体的に筆力を要するプロットであると考えていいでしょう。

〈リニア式プロット〉
 イベント発生から順を追って描写していく手法。回想は回想として十分紙面を使って描写する。時間を細かく割って前後させない。

メリット
 時間が直線的(リニア)に進むので、書きやすく、失敗を回避しやすい。結果的に読みやすい作品になる可能性が高い。主人公が成長していく姿を描く、王道的な物語に向いている。

デメリット
 インパクトのあるシーンが後回しになりがちで、冒頭から読者を引きこむことが難しい。直線的に時間を追っているため、描写を飛ばし辛く、作品に停滞感が生じやすい。書きやすい(読みやすい)けど退屈な作品になりがち。

恐らく本書を読んでいるほとんどの方は、この〈リニア式プロット〉を無自覚に採用していると思います。それで成功している場合も多々あると思いますが、もし自作の感想に『退屈』『冗長』『疲れる』などとあれば、〈リニア式プロット〉のマイナス面が出てしまっていると考えられます。その場合は、〈回想式プロット〉を採用してみるべきでしょう。

では改めて、「進撃の巨人」第1話をおさらいしてみましょう。
 まず冒頭でいきなり巨人が現れます。これが〈リニア式プロット〉であれば、1話目の最後の最後になるか、数話目でやっと使えるようになります。しかし、そうすると現代の読者はすぐに厭きてしまいます。そこで、おもいきって冒頭からいきなり、読者に何の情報も与えず巨人をバーンと出してきます。読者は『なんだなんだ、何が起こっているんだ?』と混乱し、経緯が知りたくてページをどんどんめくっていく、そして第1話のラストで冒頭シーンにたどり着き、『ああそういうことだったのか』と理解します。
 この、

現在(最もインパクトのあるシーンからスタート)
 
 回想(そこに至る経緯を端折って描写)
 
 現在(そこからまた話を進める)

というプロットは、「進撃の巨人」で常に採用されています。時折「あれ、今どうなってるんだろう?」と戸惑ってしまいますが、少なくともこのプロットにより、冗長さは回避できていると感じられます。ではこれを小説でどう使えばいいのでしょうか?

回想式プロットの組み方1

例えば、次のようなイベントがあるとします。

ヒロイン、悪者に捕まって監禁される
 
 主人公、彼女を助けに敵のアジトへ
 
 敵を全員倒し、ヒロインを助ける

ベタなお話ですが、〈リニア式プロット〉では右の順番に書いていくことになります。そうすると、それぞれのシーンをしっかりと書き込んでいかなくてはなりません。まあこれがクライマックスであればそれでいいんですが、ちょっとした起伏のためのイベントで、特に伏線も張っていないようなものであれば、重要な部分だけを描写して後は端折りたいところです。そこで、これを〈回想式プロット〉に組み変えます。そのためには、まずこのイベント最大の見せ場を決めます。これなら、敵のボスとの一騎打ちでしょうか?そうと決めたら、そのシーンをど頭にもってきます。そうすると、読者はいきなりのアクションシーンに引きこまれるはずです。
 次に必要なのは、経緯の説明です。この場合、

・ヒロインがなぜ捕まったのか、どうやって監禁されたのか
 ・主人公がそれをいつ知り、どうやってアジトを突き止めたのか
 ・アジトに突入してからボスを倒すまでの流れ

ざっくりとこれぐらいの情報が必要となります。これらを残った人物に回想させればいいのです。
 重要なのは、人物に台詞として言わせるということです。回想を地の文で書いてもいいのですが、それだと結局〈リニア式プロット〉と同じで、だらだらと長くなりがちです。それらを台詞にし、登場人物に主観で語らせることによって、どうでもいい出来事を大胆に端折り、大事な情報だけをさらりと読者に提示することが可能となります。
 仮にヒロインが監禁された経緯に何の伏線もなく、出来れば端折りたいとすれば、ヒロインの口を借りて、
「私、○○公園で男たちに囲まれて……気がついたらここに連れられて、何も分からなかったの……」
 としておけば十分でしょう。また、主人公側も、
「○○(共通の友達)がお前がさらわれたって電話してきて、こいつらのたまり場はだいたい知ってたから無我夢中で飛んできたんだ」
 とか、
「雑魚は全員一発で仕留めたよ、頭はちょっと手こずったけどな」
 とでも言わせておけば、後は読者が想像で補完してくれます。
 また、ここで重要な情報を出したい場合も、台詞でさらっと言わせます。
 例えば、主人公と表面的には仲の良いA男という人物が黒幕であるという方向で話を進めるなら、

(ヒロイン)「私、気絶したふりしてじっと話を聞いていたの、そしたら誰かがA男君の名前を出して……みんな知ってたみたい」
(主人公)「A男だって? まさかあいつが……」
 と言わせればプロットが素早く進んでくれます。
 さて、改めて組み直したプロットをまとめると、

主人公と敵のボスの一騎打ち
ヒロインを助けだす
安全な場所でこれまでの経緯を回想(お互い台詞で)

と、かなり簡素になった印象があります。この場合、「進撃の巨人」第1話と違って冒頭には戻りませんが。小説を書いている人なら『おー、これは書くの楽そうだな』とニンマリしてもらえるかと思いますw
 ただし、流れや伏線のありなしなどで使い方はがらりと変わってくるので注意が必要です。

(試し読み終了)

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