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風化した怒り

物騒なことを話すけど高校時代にとても嫌いな人間がいて、当時は殺してやりたいと思っていたほどだった。
あの頃の僕が殺意を心の中だけで思いとどめた理由は「殺人は罪だから」とか「さすがに殺すのは可哀想」とかではなく、ただ単純に捕まりたくなかったからだ。まさしく処罰が犯罪の抑止力となっていた好例だ。
けど当時の僕は英雄に憧れて偉大な人間を目指す、肥大した夢と過剰な自意識の渦中に溺れる妄想癖の強い青年だったから、もしも殺したい相手が人類の存続を脅かす巨悪であった場合には、自己犠牲も厭わず喜び勇んで殺してしまっただろう。悪の芽を摘んだことに誇らしげな表情を湛えて処刑台に連れて行かれる自分の姿を妄想するだけで、胸がいっぱいになるというものだ。

昔から、死という根源的な恐怖に打ち克って自らの理想や大義に殉じた人間の尊厳に対して最大限の憧憬があった。天寿を全うした偉人よりも夭折した英雄に惹かれてやまなかった。チェ・ゲバラにも27クラブにも自殺した文豪にも果てしない憧れを抱き、同時に彼らのようなハイライトが訪れることのない人生をだらだらと送ってしまうかもしれない恐れと罪悪感とがあった。アルマゲドンのハリーよろしく、地球を救う英雄になれるなら小惑星に残って核爆弾を起動させる役目を率先して引き受けたかった。

そんな自分が卑小で俗悪で価値観が合わないだけの人間を手にかけて人生を棒に振るだなんてバカらしい。目の前の嫌いな人間は悪逆非道の暴君ではなく、至って普通のどこにでもいる人間だった。ただ僕がそいつのことを嫌いなだけだということは理解していた。良くも悪くも、そのおかげで僕は今まで服役することなく生活している。
ちなみにそいつは高校時代の教員だったんだけど、我が強い僕は同調圧力を何よりも嫌っていたから一挙手一投足にまでケチをつけて正解の振る舞いを強要してくるそいつの態度にいつも腹を立てていた。規範意識の強い権威主義者って感じがどうにも我慢ならなかったな。ヒトラーじゃなくてアイヒマンって感じ。
この怒りの晴らし方を見つけた。日本中至るところにいると思われるアイヒマンが、思考停止のままに価値観を押し付けて、大手を振って生活できるような世の中を変えてみせる。それが何年かかるかわからないけれど、有名になって影響力を持って自分の思想や信念を発信していきたい。そうすれば間違った価値観を押し付けられて辛い思いをする子ども達がいなくなるかもしれない。未来のために正義を貫くんだ。そんな夢を思い描いていた。

***

4年前までペットショップで働いていた。
無類の犬好きだから楽しく働いていたんだけどペット産業が抱える課題を知るにつれて考える日が増えていき、ペットショップの経営方針に違和感を隠せなくなっていった。
ある日、動物愛護法の数値規制改正案について目にしたときは強い義憤に駆られて、noteを書き上げて投稿したら後日なぜか職場にバレて上長であるマネージャーに呼び出され、実質的なクビになった。

その時の文章がこれ

僕を呼び出してnoteの文章について問い詰め、「嘘をついて犬を売るのが悪いのか?」と言ってクビにしたマネージャーが許せなかった。呼び出された時点でnoteのことかもしれないという悪い予感があったにもかかわらず、一部始終を録音しておかなかったことは本当に悔やむ。
しかしマネージャーへの個人的な怒りはあれど組織的な問題であり、個人に復讐しても仕方がない。言い渡されてその日のうちに早退させられて退職することになった帰り道、僕はこの腐ったペットショップ及びペット産業を変えてやるんだと心に誓った。
それから、4年の歳月が経った。僕がペット産業を変えるためにこれまでにしたことは取るに足らない程度でしかない。心のどこかでは自分の力では何をしても変えられないと半ば諦め、日々の生活に追われる中で無益な労力に時間を費やす選択は減っていった。ペットとの関わりがなくなり、気がつけばペット産業について考える時間も随分少なくなった。

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先日に試合をしたときも強く感じたけど、試合が迫ると嫌でもそのことばかり考えるようになる。試合当日は緊張感と恐怖心がピークに達し、とてもペット産業について考える余裕なんてなかった。プロの末席にいる僕でさえそうなのだから、トップ選手はなおさら他のことに気を取られることなく競技に専心して打ち込んでいることだろう。
凄い人、偉い人、成功者など、大きな活躍を収めた人物ほど与えられた仕事に熱心に取り組んできたのだと思う。しかしそれは裏を返せば仕事以外に無頓着であるということでもあり、様々な社会問題を抱える現代における分業化の形とも言える。一流タレントは企業理念について深く考えることもなくCMオファーに飛びついて笑顔を振り撒く広告塔になり、スポーツ選手は競技力の向上のみに努めて研鑽に励む日々を過ごし、アーティストは音楽の世界に入り浸る。
現代社会で積み上がっていく諸問題の解決は難儀を極めて全容の理解さえままならず、増え続けていく情報の海は氾濫して個人の脳内に収まりきらない中で、一人の人間が仕事で成果を出すためには身の丈に合わずに持て余すテーマは考えずに、自分の持ち場に一意専心して取り組む姿勢が大切になってくる。また、仕事に限らず生活が第一になることが大人になるということなら、社会人にとってこそ現代社会が抱える諸問題はますます置き去りにされていくだろう。
世間のすごい人は一分野の専門家に過ぎず、もしかしたら大事なことを何も考えていないかもしれないよ?

敬愛する岡本太郎は、職業人になることを嫌い本職は人間だと言った。今後、文化が発展していくにつれて職業の専門性はますます高まり、英才教育の需要と有用性が増えていくだろう世の中で、今こそ岡本太郎の言葉を胸に刻んですべての人が芸術家としての情熱を持って世界と向き合わなければならないと思う。専業の時代に逆行して一人の人間として大地に立ち、あらゆる分野について芸術的感性を頼りに自分の頭で考えていく必要があるのではないか。
自分の生活を脅かさない世界の悲劇には目を瞑り、目の前に与えられたタスクをこなすだけの日々を過ごすサイレントマジョリティーばかりの世の中になれば、このまま世界はきっと良くならない。
もちろん僕も偉そうなことは言えない。あの日抱いた怒りの炎を再燃させて、いつか世界を変えてやると息巻いた気持ちを思い出して、放置した4年間にも奪われ続けた愛おしい犬たちの命と尊厳のためにも、もう一度立ち上がってみたいと思う。

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