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経済学と経営学の交差点(経セミ2022年4・5月号付録)

新年度最初の『経済セミナー』2022年4・5月号、特集は【「職場」の経済学】です!

いわゆる「日本的経営」の機能不全、長時間労働の是正とワークライフバランス、職場や労働市場における大きなジェンダー格差など、日本の企業・組織や働き方について、これまでさまざまな議論が交わされています。

さらに2020年以降、新型コロナの影響もあり、デジタル化の遅れやテレワークなどの新しい働き方への対応を通じて、問題がより顕在化しています。

しかしその一方、革新的な企業も登場し、新しい働き方や労働市場の動向にうまく適用して活躍する人々も増え、キャリアも会社任せにするのではなく、自律的に創っていこうという動きも目立っています。

このようなタイミングで、新年度最初となるこの号では、「今後の企業組織・職場のマネジメントは、今後どう変わっていくのか?」「私たちはどのように、仕事やキャリアに向き合っていけばよいのだろうか?」といった疑問について、多様な科学の知見を参考に考えてみたいということで、特集「『職場』の経済学」を企画しました。

現在は、働く場所は多様化しています。会社のオフィス以外が働く場所=職場となることもめずらしくなく、リアルな空間にかぎらず、デジタル空間の中にも職場が広がってきています。そこで、カギカッコつきの「職場」として特別な意味を込めてみました。

そんな本号特集のラインナップはこちら

https://www.nippyo.co.jp/shop/magazine/8755.html

本特集は、2022年4月30日付の『日本経済新聞』、土居丈朗先生(慶應義塾大学)ご執筆の「経済論壇から」のコーナーの冒頭で、大きく取り上げていただきました!

このnoteでは、経済学のアプローチで組織・人事の研究に取り組む大湾秀雄先生(早稲田大学)と、経営学のアプローチで組織・人事に取り組む服部泰宏先生(神戸大学)による巻頭対談の内容を少しずつ紹介しながら、トークの題材となった研究や参考資料などをリンク付きで紹介します。関連する入門テキストや参考書などもピックアップしています。

なお、弊誌の特集部分だけを手軽にお読みいただける電子書籍シリーズ「経済セミナー e-Book」の【no.35】としても発売中です:

さて、対談の収録は、以下のような流れで進んでいきました!(2時間ほどのディスカッションでした)

1 自己紹介(二人のバックグラウンド、研究テーマ)
2 技術変化が日本的経営の強みを消失させる?
3 経営学のアプローチとは?
4 主観的データか? 客観的データか?
5 理論と現実の乖離をどう埋めるか?
6 科学の知見は現場での実践につながるのか?
7 おわりに(経済学・経営学に何ができるか?)

2022年1月20日収録

以下では、大まかに当日のディスカッションの流れに沿って、各ポイントで紹介された文献、資料や関連情報をまとめながら、本誌をフォローアップします。ぜひ、本誌とあわせてご覧ください!

■ 組織・職場の問題にどうかかわってきたか?

対談では、まず二人のバックグラウンドと、現在特に関心を持って取り組んでいる研究テーマについて紹介いただきました。

大湾先生は、学部卒業後に7年間、野村総合研究所での勤務を経てアメリカ留学され、スタンフォード大学でPh.D.(経済学)を取得されました。社会人を経て、どのような経緯で留学し、「組織の経済学」の研究の道に進まれたかは、本誌で詳しく語っていただいています。

スタンフォードでは「人事経済学」という分野の基礎を築いたエドワード・ラジアー(Edward P. Lazear)教授に師事。博士課程1年目に、「日本の昇進はなぜ遅いのか?」という問題意識に基づいて執筆された論文は、後にJournal of Labor Economicsに出版されました。

Owan H. (2004) "Promotion, Turnover, Earnings and Firm-Sponsored  Training," Journal of Labor Economics, 22(4): 955-978.

ラジアー教授と言えば、「人事経済学」の教科書も翻訳されています。

エドワード・P・ラジアー=マイケル・ギブス
『人事と組織の経済学 実践編』

アメリカ・ワシントン大学オーリン・ビジネススクールでの勤務を経て帰国されてからは、日本の企業・組織に関する研究、特に企業との共同プロジェクトを運営しつつ、企業内部のデータを用いた実証分析などに取り組まれています(以下がプロジェクトのホームページです)。

「企業内データ計量分析プロジェクト」ホームページ

また、このプロジェクトの成果もふまえて人事データ分析の方法と具体例を実践的に解説した書籍も出版されています!

大湾秀雄
『日本の人事を科学する:因果推論に基づくデ ータ活用』

服部先生は、経営学の一分野である「組織行動論」や「人的管理論」を専門とする経営学者です。組織の中でも、個人・ミクロのレベルに焦点を当て、モチベーションやリーダーシップといった個人の心理的な要素がそれぞれどのような関係にあるのか、また従業員の定着率(リテンション)やパフォーマンスにどんな影響を与えているのか、などといった問題を、実証的なアプローチで研究されています。

特に、個人の心理的要素と企業のフォーマルな制度、人事制度などとの関係にも焦点を当てて研究しています。たとえば、「人々の優秀さをいかにして評価するか」というテーマで、人事評価制度や採用の仕組みなどといったフォーマルな制度と、人々の間の評判というインフォーマルな部分の両方に焦点を当てた研究に取り組まれています。2016年には採用学という本を出版され、話題になりました!

服部泰宏『採用学』

また、民間企業に「エビデンス」に基づいて、採用活動をのより良いものにする支援を提供する目的で、株式会社ビジネスリサーチラボと共同で2013年に「採用学プロジェクト」をスタート。現在は「採用学研究所」として運営されています。

このように、経済学・経営学それぞれのアプローチで、企業との共同研究や実践につなげるためのさまざまな活動に取り組んでいる大湾先生と服部先生ですが、そのお二人が組織の研究に関心を持ったきっかけとして、共通して紹介されていた本が、電話帳のように黄色くて分厚いといわれる、ミルグロム=ロバーツ『組織の経済学』です。

ポール・ミルグロム=ジョン・ロバーツ
『組織の経済学』

原著は1992年、翻訳書は1997年発売ですが、分野を問わず多くの方々に影響を与えた一冊ではないでしょうか。

■ 技術変化・デジタル化と日本的経営

次に、経済学・経営学双方の視点から、現在日本の企業や職場が直面する問題に着目したディスカッションをいただきました。従来からさまざまな課題が指摘されていますが、その根本的な原因はどこにあるのか、多様な問題をどのように整理し、どのように解決策を考えていくべきなのか、と疑問にクリアに答えていただきました。

近年の技術革新について、まずは以下の3つの性質を整理したうえで、

  • IT (Information Technology)

  • CT (Communication Technology)

  • AI (Artificial Intelligence)

それらが労働市場や企業のマネジメントにどのような影響を与えているかを吟味します。「ジョブ型雇用」への動きにも言及していきます。非常に具体的な話題を取り上げて議論されているので、ぜひ本誌をご覧いただければ幸いです。

なお、デジタル技術の導入がジョブ型雇用への動きを進めそれが人的資本投資を促しうることの解説として、 以下の大湾先生による『日本経済新聞』の「経済教室」の論考も参考になります。

この議論では、以下の文献にも触れつつ議論が進みました。

Deming, D. J. and Noray, K. (2020) "Earnings Dynamics, Changing Job Skills, and STEM Careers," Quarterly Journal of Economics, 135(4): 1965-2005.
Bloom, N., Garicano, L., Sadun, R. and Van Reenen, J. (2014) "The Distinct Effects of Information Technology and Communication Technology on Firm Organization," Management Science, 60(12): 2859-2885.
ラルー、フレデリック(2018)ティール組織──マ ネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』鈴木立哉訳、英治出版。
堺大輔 (2016)究極のフラット型組織で、究極の実 力主義 チームラボのチームの秘密」『DIAMONDハー バード・ビジネス・レビュー』41(12): 74-83。

■ 経営学、組織行動論の考え方

具体的な問題に対して、経済学・経営学の立場から問題の整理とアプローチの仕方についてディスカッションしたところで、同じ企業・組織・職場を対象としているにもかかわらず、大湾先生と服部先生の着眼点の違いが見えてきます。

そこで次に、服部先生から経営学、組織行動論、人的資源管理の考え方の特徴についてじっくりと整理いただきました。この点は、経営学に親しんだことのない読者の皆さまには特に新鮮にご覧いただけると思います。

なお、「組織行動論」の入門書、およびより進んだ内容で研究・エビデンスとマネジメントの実践をつなぐ一冊として、以下の書籍をご紹介いただきました。

鈴木竜太・服部泰宏
『組織行動──組織の中の人間行動を探る』
服部泰宏
『組織行動論の考え方・使い方──良質のエビデ ンスを手にするために』

■ 理論と現実・実践の乖離をどう考えるか?

服部先生に経営学のアプローチについてお話しいただいた後は、それを受けてまず大湾先生が経済学のアプローチの特徴についてまとめます。

そのうえで、特に経営学と経済学が実証分析において用いる、データの性質の違いに議論がフォーカスしていきます。

おおまかに、経済学では客観的な生産性の指標(販売成績、生産量、取得特許数など)をデータとして用いるのに対して、経営学では調査から集めた主観的な心理的な指標(モチベーション、リーダーシップ、組織へのコミットメントなど)が用いられることが多い、という特徴から議論を掘り下げていきます。

一方で、技術革新とともにどんどん利用可能になってきているデータは、主観的な指標であることが多い、という指摘がなされます。たとえば、360度の人事評価、評価やストレスチェック診断、ワークエンゲイジメント(仕事に生きがいを感じ、活き活きと取り組んでいること)や組織コミットメント(自社に愛着を持っていること)などの指標や、健康・体調に関する指標などがあります。

そして、最近では経済学でもそうした指標を用いる研究も出てきているものの、そこでの問題点などについて議論していきます。逆に、経営学では主観的データに加えて、客観的なデータも盛んに活用されるようになり、分析手法の高度化も急速に進んでいることなどが語られます。

ここでは、以下の文献にも触れつつ、経済学・経営学の視点の違いや、共通点などについて詳しく議論していきます。客観的な労働者の生産性と相関のある評価はいったい誰の評価指標なのか(上司なのか、部下なのか、同僚なのか)、心理的指標は本当に従業員のパフォーマンスに関係があるのか、など、異なる分野の専門家である二人ならではの議論が展開されます。また、「組織における情報をどう捉えるか」という論点についてもそれぞれの視点で議論します。

Frederiksen, A., Kahn, L. B. and Lange, F. (2020) "Supervisors and Performance Management Systems," Journal of Political Economy, 128(6): 2123-2187.
Kitagawa, R., Kuroda, S., Okudaira, H. and Owan, H. (2021) "Working from Home and Productivity under the COVID-19 Pandemic: Using Survey Data of Four Manufacturing Firms," PLOS ONE, 16(12), e0261761.
Conway, J. M., Lombardo, K. and Sanders, K. C. (2001) "A Meta-Analysis of Incremental Validity and Nomological Networks for Subordinate and Peer
Rating
," Human Performance, 14(4): 267-303.

■ 科学の知見は現場での実践につながるのか?

次は、大湾先生と服部先生の実際のビジネス現場との交流経験に基づいて、現場での「実践」についてディスカッションを頂きました。

EBPM (Evidence-Based Policy Making) やEBMgt (Evidence-Based Management) 注目が集まるようになってかなりの時間が経ち、研究と実践が蓄積される中で、さまざまな成果、そして課題が提示されています。

服部先生は、こうした科学と実践の架橋自体もを実証研究のテーマとして取り組んでいます。そうした研究を進めるにようになったきっかけとして、2012年のアメリカ経営学会(Academy of Management: AOM)でのセッション「Evidence Based Management」に参加された際に聞いた議論をふまえて、まず科学を実践するうえでどんな問題があるか、特に現場ではなく研究者の側がどのような問題を抱えているかについて、解説いただきました。

AOMホームページ

また、服部先生が実際に科学と実践を両立するためにはどんな要因が重要かを実証的に分析した研究にも触れつつ、大湾先生のご経験や経済学における「インサイダー・エコノメトリクスInsider Econometrics)」(企業内部の情報をデータとして活用した実証分析)を実施するうえで重要なポイントを挙げて、議論を深めていきます。

Pfeffer, J. (1993) "Barriers to the Advance of Organizational Science: Paradigm Development as a Dependent Variable," Academy of Management Review, 18 (4): 599-620. 19)
服部泰宏(forthcoming)「産学連携型の共同研究にお ける学術的成果と実践的成果の両立──質的比較分析 (QCA)による先行要因の探究」『経営行動科学』。
Ichniowski, C. and Shaw, K. (2012) "Insider Econometrics: Empirical Studies of How Management Matters," in Gibbons, R. S. and Roberts, J. eds., The Handbook of Organizational Economics, Princeton University Press: 263-312.

このブロックでは、「企業に共同研究を提案して実現するためには、どんな点が重要か?」「学術的な知見、エビデンスを現場の経営実践に役立てていただくにはどのような活動や協力の仕方が重要になるか?」など、実際に企業との共同プロジェクトを重ねてこられたお二人だからこそ話せる内容が詰まっています!

■ おわりに

以上のような議論をふまえて、最後に経済学・経営学がこれから企業・職場をどのように研究し、知見を実践につなげていくかについての展望と、それぞれの学問への招待メッセージをいただいて、対談が終了となりました。

これから学んでいこうという学生の方々はもちろん、学術的な知見を活かしてみたいと考えている企業の方々、現在働いているけどもう少し経済学・経営学などの知識を吸収したいと考えている実務家の方々など、幅広い皆さまのお役に立てる内容ではないかと思います!

続く特集記事も、現在まさに日本の企業で話題となっている問題を取り上げており、興味深いものばかりです。ぜひご一読をいただけたら幸いです。

https://www.nippyo.co.jp/shop/magazine/8755.html

また、本号では新学期にぴったりの、経済学の学び方に関するディスカッションも収録されています!

2021年秋に日本経済学会サテライトイベントの第2弾!として開催された、
経済学アウトリーチ企画「経済学の学び方・活かし方」を記事化してお伝えしています。こちらもぜひ、ご注目下さい!


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