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書評:渡辺努著『物価とは何か』 (先行公開! 経セミ2022年4・5月号より)

渡辺努[著]
物価とは何か
講談社選書メチエ、2022年、四六判、336ページ、税込2145円

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000361104

評者:青木浩介(あおき・こうすけ)
東京大学大学院経済学研究科教授 

第一人者が語る、
謎に満ちた奥深い「物価の世界」

 物価研究の最先端を牽引する渡辺努東京大学教授による非常によい一般書である。書名が疑問形であると同時に、各章名も疑問形である:

  • 第1章「物価から何がわかるのか」

  • 第2章「何が物価を動かすのか」

  • 第3章「物価は制御できるのか」

  • 第4章「なぜデフレから抜け出せないのか」

  • 第5章「物価理論はどうなっていくのか」。

これらは多くの人が興味深く思う問いで、マクロ経済学の重大研究課題でもある。渡辺教授自身の研究をふまえながら、経済学者が各問いに対してどう考えてきたか、わかりやすく解説している。

私が各問いに対する本書の答えを紹介し論評するのは興醒めだろう。問いは明確なので、読者は、本書を読む前に自分なりに答えを用意し、次に本書で渡辺教授が伝える物価の世界に浸ってほしい。読後に、問いに対してさらに考えてほしい。

本誌読者の多くは経済学を勉強してきたと思う。マクロ経済学では物価はアルファベットの$${P}$$で表される。そう言うと、「$${P}$$」が1つあると想像する読者も少なくないだろう。一方、世の中には多種多様な商品の価格がある。ミクロ経済学では、例えば「りんごの価格はその需要と供給が一致するように決まる」と説明される。個別価格が物価とどう関連するかについては、あまり意識したことがないかもしれない。本書を読めば、まず、物価は単に$${P}$$が1つあるわけではないということがわかる。例えばあなたの物価と私の物価は異なる。物価と物価指標、個別価格の関係は奥が深い。 

ある物価指標$${P}$$を使って物価を理解したいとする。このとき、$${P}$$の動きを見るだけでは物価の動きは理解できない。$${P}$$の中の個別価格の動きは、集団として動く物価を理解するために重要な情報を持つからだ。しかし、個別価格の動き1つひとつを理解してそれを集計しただけでは、物価の動きを理解できない。本書を読めばこれらのことがよくわかる。渡辺教授は日本の物価研究に関して、ミクロデータを用いて先駆的な研究をしたマクロ経済学者だ。常日頃からミクロデータに接している渡辺教授の主張は、非常に説得力がある。

これは、近年のマクロ経済学一般にも通じる。マクロ経済学は、経済全体の動きを理解しようとする学問であり、物価やGDPなどの集計変数を分析に用いる。しかし、集計変数を見るだけではマクロ経済を十分に理解できないということが、近年強く意識されている。それでは、どうすれば物価の動きを理解できるのだろうか? 渡辺教授は、「多は異なり」という言葉を引用して、この考え方が物価を理解するための鍵であると主張する。

 マクロ経済学研究は中央銀行と関わりが深い。学会と中央銀行の人的交流も盛んだ。本書を読めばわかる通り、物価研究の歴史は金融政策の歴史でもある。渡辺教授も大学教授に転身する前は日本銀行の職員だった。その経験をふまえて、本書では物価研究に政策当局者がどのように関与・貢献してきたかということも、鮮やかに記述されている。マクロ経済学と現実の関わりに興味を持つ読者にも、本書は最適だ。

 最後に物価に関する現状に触れたい。コロナ禍からの回復に伴い、書評執筆時点で欧米で物価が急激に上昇し、それに対する政策が重要になっている。本書第4章にある通り、日本の物価上昇幅は、過去25年間、欧米に比べると遥かに小さいし、現時点でもそれは変わらない。日本の物価は、今後欧米と同様上昇するだろうか、それとも今までと同じだろうか。本書は、この問題に対しても新たな視点を読者に提供してくれるはずである。

■ 付記 
なお、著者の渡辺教授による本書の「参考文献リスト」が、著者のウェブサイト上で一般公開されているので、深く勉強したい読者は参考にされたい。
→ダウンロードは【ここをクリック】(PDFが開きます)

渡辺教授が公開している参考文献リストの一文
章ごとにグルーピングして並べられている


■主な目次

はじめに
第1章 物価から何がわかるのか
第2章 何が物価を動かすのか
第3章 物価は制御できるのか――進化する理論、変化する政策
第4章 なぜデフレから抜け出せないのか――動かぬ物価の謎
第5章 物価理論はどうなっていくのか――インフレもデフレもない社会を目指して
おわりに

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000361104

『経済セミナー』2022年4・5月号からの先行公開(3/14公開)。

なお、渡辺努先生の近編著『入門オルタナティブデータ:経済の今を読み解く』も好評発売中です(2022年2月刊)。 以下のページで同書の「はしがき」を公開していますので、ぜひご覧ください! 「はしがき」では、本書の共編著者である株式会社ナウキャストCEOの辻中仁士先生とともに、日本のデータビジネスの現在地と課題、同書に込めた想いなどを語っています。


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