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書評:植杉威一郎著『中小企業金融の経済学』 (経セミ2022年12月・2023年1月号より)

植杉威一郎[著]
中小企業金融の経済学――金融機関の役割 政府の役割
日本経済新聞出版、2022年、A5判、416ページ、税込4,400円

https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/22/05/18/00175/

評者:野間敏克(のま・としかつ)
同志社大学政策学部教授

中小企業金融研究の前線がわかる統一感ある研究書

本書は、著者がこれまで行ってきた中小企業金融に関する研究をまとめたものである。書き下ろしの章はあるものの、ほとんどの章が査読を経て一流雑誌に掲載された論文に基づいている。それだけに、レベルの高い学術書であることは当然予想できたが、独立した研究を集めた論文集のつもりで読み始めた。だが間もなく、驚くほどの統一感をもった堂々たる研究書であることが理解できた。

「中小企業金融が、必要な流動性を供給し効率的な資金配分を行っているかを、実証的に検証すること」(p.2)を目的に、「政府統計、民間信用調査会社が蓄積するデータベース、行政データ、企業向けアンケート調査など現在の日本で利用できるほぼ最大限の情報源」(p.3)から得られた、さまざまなデータを活用した分析が本書では繰り広げられている。計量的な手法とあわせて、膨大なデータを再構成して独自の指標を編み出しているところも随所に見られる。

本書は3部に分けられ、「第1部:中小企業への資金配分とその効率性」では企業間や地域間の資金配分の問題などが、「第2部:政府の役割」では信用保証や政府系金融機関貸出の効果などが、そして「第3部:貸出市場における金融機関の行動」では、貸出市場の集中度と中小企業金融との関係などが検討されている。

序章および終章と本論10章から構成されており、どの章でも、はじめに提示される問題意識は、たとえば企業間の資金配分は効率的か(第2章)、地域間の資金配分は効率的か(第3章)のように、金融研究者が一度は考えたことがある問題である。だが、関心があってもデータ収集と分析手法で行き詰まり、集計データなどを用いた単純な分析しかできず、政策に使えるレベルには届かない研究も少なくない。それらに比べて本書では、法人企業統計の個票データなどを用いて資金再配分指標を作り出し(第2章)、金融庁の店舗レベルの貸出・預金データなどを用いて地域間の資金循環マトリックスを作成し(第3章)、それぞれ統計分析と計量分析を組み合わせて、生産性との関係などを見いだしている。理論分析と実証分析の巧みな融合を示した第4、5、6章や、正確性を増したハーフィンダール・ハーシュマン指数を使った第9章などもオリジナリティーにあふれている。そして各章で得られた分析結果は、実際の政策に使える質の高いエビデンスとなり、その政策的含意は終章にまとめられている。

どの章でも「概要」「はじめに」「得られた結果の概要」で見通しが良くなるよう工夫され、「データ」「分析手法」「結果」なども説明が丁寧で読みやすい。本書を読むことで、金融研究の手順が学べるのである。このような執筆・編集方針は、幅広く多くの人に中小企業金融研究の前線を知って欲しいという著者の思いの表れなのだろう。「本書は、研究者のみならず、中小企業や金融の分野に関心をもつ実務家、政策担当者、学生にも、読んでいただける内容になっていると考えている」(p.10)と序章に書かれた意図は達成できていると思う。つまり本書は、超一流の研究書であるとともに、中小企業金融研究の上質なお手本を示した教科書とも位置づけられるのである。

最後に、本書の元になった論文の多くは、それぞれ何人かの共同研究者と執筆されたものである。著者がゆるぎない研究姿勢を続けてきたからこそ本書が完成したのは疑いないが、彼ら共同研究者も、この名著を作り上げた貢献者として讃えたい。

■主な目次

 序章 中小企業金融に期待されるもの――危機時の流動性供給と効率的な資金配分

第1部 中小企業への資金配分とその効率性
 第1章 中小企業の資金調達構造とその変化
 第2章 企業間における資金再配分の規模と効率性
 第3章 地域間における金融機関の資金配分と効率性

第2部 政府の役割
 第4章 中小企業金融への政府による関与:現状と理論的な背景
 第5章 信用保証が中小企業金融に及ぼす影響
 第6章 政府系金融機関による直接貸出が中小企業金融に及ぼす影響
 第7章 政府系金融機関は民業を圧迫しているのか
 第8章 個人保証や担保に過度に依存しない中小企業金融は可能か

第3部 貸出市場における金融機関の行動
 第9章 貸出市場の集中度と企業の資金調達
 第10章 金融機関の合併と企業の資金調達

 終章 中小企業金融の将来

https://www.amazon.co.jp/dp/4296113445/

『経済セミナー』2022年12月・2023年1月号からの転載

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