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1  SF短編集「浦島太郎のその後」   (昔話アレンジ集より)

はじめに
 題名にある通り、このSF短編集はいくつかの日本の昔話をアレンジして、それぞぞれの話を語り人が語っていくという構成になっております。この小説では斎藤という人が登場して、僕が地区のみんなを集めてその話を聞いていくということになるのですが、最初はこの語り部という今はどちらかというとすたれた風習を再現すればどうなるだろうかと思い、アレンジ集としてまとめた次第です。

お爺さんになった浦島太郎

 玉手箱を開けたせいでお爺さんになってしまった浦島太郎のその後のことはあまり知られていない。海辺で確か亀が子供たちにいじめられていて、そこに現れた漁師の太郎は亀を助けることになり、喜んだ亀は背中に太郎を乗せて竜宮城に連れて行く。そこで太郎は乙姫様にお礼の玉手箱をもらったのだった。

 昔話ではよく「決してのぞいちゃあいけませんよ」とか「開けちゃあいけませんよ」なんていうセリフを言われ、それでも人間は好奇心が強い生き物だから、ついつい覗いてしまったり、箱を開けてしまって後悔することになるのだ。

 確かに太郎は玉手箱を開けてしまい、箱の中から白い煙が立ち上ったと思ったらお爺さんに変身してしまった。

 僕も話で知っているのはそこまでだ。その先を今まで考えたことはないし、聞いたこともない。あまり興味もなかったせいかも知れない。でも僕が最近聞いた話によると、その先が確かに存在するらしいのだ。

 ただ話の続きが例えあったとしても、僕にはどうでもいいことだ。興味がないというと、話だけでも聞けと、何だか言いたくてしょうがない人がこの世には存在する。ほんとに興味がないのだ、忙しくてそんな馬鹿げた話を聞くほど暇はないし、誰か他の人に話したっていいじゃないかと思ってしまう。

 聞く耳を持たない人間には余計にかたくなになって説得しようとするものらしい。宗教家にも確かそんな人がいた。

 その話は町の集会所で行われた。話し手は四十代の男性で斎藤という人だった。地区の住民である彼は最近僕が住む自治会の中に転入して来たのだ。普段は会社員である彼は、どちらかと言えば話し好きの人間らしく、前置きに今まで住んでいたところの僕らが興味をひきそうな話をして聞かせた。

 そしていよいよ本題である浦島太郎の続編へと僕たちを引き込んでいく。

 僕は思うけど、浦島太郎が玉手箱を開封したとしても特に問題はないはずだ。なぜなら太郎は竜宮城の乙姫様から亀を助けたお礼としてその玉手箱をもらったのだから。だから開けて当然だし、逆に開けたことによって彼がひどい目にわされるなどあってはならないことだと思う。彼は善人なんだし、「正義の味方」なのだから。 

 その辺が読み手の者にとってどうしても合点がいかないところなんだと思う。なぜ彼が急に老けてしまうのか。若返るならともかく。彼はそのへんを次のように解説する。いや解説するというよりも、語りかけていくのだ。


 浦島太郎は、玉手箱を開けてしまいお爺さんになってしまうのはどうやらほんとうらしいのです。そしてその続きは、お爺さんになったといわれた太郎が、特に現代のように鏡を持っていた訳ではないので、自分が老けてしまったとはしばらく気が付かなかったようなのだ。

 確かにそう言われたらそうだ。最近スマホの中によく鏡を忍ばせている若い女性がいるけど、当時の彼は「鏡」を所持していなかった。だから彼にしてみれば、今まで通りの漁師であって、浜辺を後にしてそこから歩いて数キロの自宅に帰ったのである。それでは爺さんになってしまった代わりに、良いこともあったということなのだろうか。ここからは彼の語りに入る。

《自宅といっても、どちらかといえば掘建小屋ほったてごやに近い荒家とでも呼ぶべき木造の狭い一軒家だったんですよ。そこには彼一人が住んでいて、他には誰もいない。非常に寂しい暮らしをしていたようだけど、その彼が自宅に帰ると、それはそれは見たこともないような美女が彼を迎えてくれたのでした。》

 そう言われれば、僕たちは固唾かたずを飲んで聞いてしまうのだった。


《「太郎様、お帰りなさいませ」そう言うと、深々とお辞儀をして彼を迎え、入り口に突っ立ってしまっている太郎の手を引いて、座敷に上げて汚れた身体を拭いたり、衣服を脱がせて新しい奇麗な物に着替えさせたのでした。いつもなら太郎が着ている衣服は、少し汚れた綿の灰色の着物に帯を巻きつけただけの質素な物でしたが、そのような奇麗な着物をどこで手に入れることが出来るんだろうという素朴な疑問を口にすることも能わず、目の前に展開する夢のような光景をただただ黙って見ている他はなかったようで、座って一息入れ、妻のように振る舞っている女は年の功なら四十は少し過ぎているか、今度はお茶を淹れて彼の前に差し出したのですが、それが現実で疑問を抱くよりも、どちらかと言えば嬉しいという感情が優先したのでした。

 ゆっくりと香りを愉しみながら喉を通っていくお茶は、これまで飲んだものよりも美味しくて、飲むことが勿体無いとさえ思えるのでした。 

 もし今見ているもの、味わっているものが夢であったなら、どうか覚めないでおくれ、そう太郎は心の中で願ったのです。

 実際に彼は、一度外の空気を吸いに入り口の戸を開けて、外に出てゆっくりと周りの景色を確かめ、普段見ている景色と変わらない、いやこんな気持ちで見たことはない、と思いつつまたそっと木戸を開けて中に入る。もしもたった今自分が体験した世界が夢であったら、入った瞬間にわかるはずだから。

 するとさっきまで確かに目の前にいた女性が消えていたのでした。彼は肩を落として、やっぱりそうだったのか、夢だったのか、そうに違いない、自分が僅かでも信じていたのが愚かであった、そう思ったのでした。》

 なんだ、そんな落ちかと僕は、やっと話から解放されると思って次の言葉を待った。


 《そう思った彼の耳にギイという音がして、内扉が開いた。彼がいつも休んでいる寝床がある部屋が、板の間(現代であれば居間)の奥にしつらえてあり、そこから現れたのは確かに先程まで彼の目の前にいた女だったのです。それも先ほどの彼女がまとっていた草色の綿の着物ではない、淡い桃色がかった絹の着物で、先ほどの草色の着物を中で脱いできたようなのでした。》


 彼の語りの中で、物語は次のように進んでいく

 《太郎は、一度は愕然として失意を覚えたのが、さっきまで見た光景がやはり現実だったのだと思い返して、身をつねり真実を確かめずにはいられなかったです。

 女は「どうなさいました?」と言って彼の顔色をうかがっている風であった。彼はいやどうもない、どうもないがそなたは一体どこからまいったのかと問うた。

 女は入り口近くに置いていた日笠とつえを目で指し示しながら、あらためて「私は上総かずさの生まれで、一度は武蔵むさしかたに嫁いだのでございますが、いくさで主人を亡くしました。一度は私も死のうとしたのでございます」それで流れて、この地にたどり着いたと説いた。

 そうであるなら、もののけのたぐいではなく、これは何かの縁で今自分の前に現れた女を大事にする他はないと得心したのであった。前世の因縁というものが人にはあるが、彼の前に歴として存在するのは、うつし身であり、紛う事ない存在なのだと信じざるを得なかった。

 すると彼は、少し距離を保っていた女との間を膝を進め、より女に近くなるように動く。

 もし嫌いな男なら少し仰反のけぞるような態度をとるはずだ。しかし女は、心地良い雰囲気の中で相手を信頼するとでもいうように、太郎の目を見つめて受け入れてくれているように思えた。

「そなたの名は?」

「はい。言い遅れました。私は、田鶴たずと申します。本日は、勝手いたしまして申し訳ありません。実は先ほど、この家の近くで私をずっと見て付けて来る御仁がおりまして。それで怖くなり、自分の家のように振る舞って身を潜めていたのございます。」

「なるほど、そうであったか。それで合点がいった。そうであったか、そうであったか」と太郎は繰り返し述べて、

「ささ、旅の疲れもあるであろう。遠いところから歩いてきたのであるから。今日はゆっくりと休まれよ、しばらくここを田鶴様の宿のようにしていただくがよろしかろう。寝るときは奥の部屋を使って下され」

 そう言うと、田鶴は嬉しさのあまりさめざめと泣き出した。今までの労苦がこうして報われるのかとの思いと、自分の身に起きた不意の出来事や旅の道中の様々な出来事も思い出されて、自分の居場所がここにあったとの思いが、太郎に対してほとばしるように一気にこれまでの経緯いきさつを語りかけないではいない田鶴なのであった。

 外はとうに暮れて、暗闇に包まれつつあった。窓とてない苫屋とまやはしっぽりと夜の闇に没するところで、太郎は蝋燭ろうそくで灯りをけて、囲炉裏いろりに炭を入れて暖を取りつつ何か汁物を作ろうと思い立った。

 するとそれを察してか田鶴が鍋を見つけて、そこに土間のかめから水を汲み、これも土間にあった野菜を切って鍋に入れて運ぶ。その様を太郎は頼もしげに見ていた。まるで自分の女房のように心得て振る舞っているではないか。

 太郎は、釣った魚を日干しにしたやつを持ってきて囲炉裏の火であぶっている。炊いたひえがあったのを思い出してかごから出す。茶碗に入れて箸と共に田鶴に差し出す。

「ありがとうございます。何から何までなんと言えば良いか知れません。」と深々と頭を下げる田鶴。

「良い良い。わしもずっと一人で住んでいたが、こんな気持ちになったのは久しぶり、いや初めての事。煮炊きが出来たら一緒に食おうぞ」そう言って太郎は田鶴の目を見つめた。

 二人の間に何か知れないが、しっとりとしたものが覆い、運命的なものを感じずにはいられなかったのであった。

 翌朝太郎は板の間で目を覚ました。板戸の隙間からは朝の眩い光が射して、一筋の線が土間にくっきりした模様を作り出していた。太郎は一晩ぐっすり寝込んでいたが、それは様々な出来事が、浜辺に始まって家に着くまでにあったことから疲れていたことによるが、内戸を見ると閉まっており、何も聞こえないので心配になったのだった。ただ中には田鶴が寝ているのであるから起こす訳にもいかず、新鮮な空気を吸って来ようと外に出た。するともう田鶴が起きていて、彼を見てにっこりして近づいて来た。

「おはようございます。」深々と丁寧にお辞儀した。太郎も深々と頭を下げると、お互いがおかしくて声を立てて笑ってしまった。

 松の木や椎木しいのきには小鳥が止まって鳴いているほか、遥か上空ではとびが二羽舞っていて二人を見下ろしているようだった。

「昨夜は眠れましたか」と太郎は尋ねる。すると田鶴は「ええ、久しぶりによく眠れました。ずっと居たいお家で田鶴は気に入りました。」と答えた。

「そうか、そうならわしと一緒に裏の畑で稗を耕したりして暮らしてもいいのじゃ、どうかの…」と言った。言っておきながら、そんなことを口走ってしまった自分を恥じた。恥じてはいたが、田鶴の真っ直ぐな眼差しに応えるかのように、うんと頷いて見せた。田鶴は内心ほっとしていた。私を受け入れてくれる人が居たなんて、本当に自分が幸せ者だと真から思った。

「本当でございますか。田鶴はその言葉に甘えてもよろしいのでしょうか。」太郎はすかさず「いいとも、いいとも」と少し声に力を込めて答えた。太郎は田鶴の手を引いてやり、裏の畑に案内して野菜の出来栄えなどを見せた。

 田鶴は太郎の真摯しんしな気持ちや優しさに打たれて、この私の手をいつまでも離さないでいておくれと思わないでいなかった。

 太郎は実際自分がまだ二十歳を少し過ぎたばかりの歳であり、田鶴が年上だと思い込んでいたのだった。まだ太郎は自分の顔が老けて髪も白くなっているのに気付かずにいた。それでも足腰は達者であったし、普段通りの声といつものような優しい心を失わずにいたので振る舞いは若々しかったのであった。

 田鶴にしてみれば、私より二十は歳が上だとしても、こんなに優しくしてくれ、労ってくれ、気遣ってくれる人を生まれてこの方ついぞお目にかかったことはなかった。それが田鶴をしていっそう感動させるのであった。夫が亡くなってからは、自暴自棄になったこともあった。人を信ずることが出来ずにいた。戦が人間を、世の中を変えてしまう。今まで信じれたことが信じられなくなった田鶴は旅に出ることを決心し、出来るだけ遠くに行き、今までとは違う生き方が出来るのかを試してみたかった。

 旅の途中で心が揺らぐこともあった。女の一人旅であるから危ない目にも幾度かった。その度に助けられたのは神の加護があったからなのか、それとも亡き夫が守護してくれているのか。確かに神仏は彼女をずっと守っていたのだろう。旅の途中で出会でくわした人は、聞かずとも彼女の今の心情を理解してくれているように思えた。どこに行こうとも同じような境遇の女性や人の世を嘆きながらも必死に生きている人がいることを知った。だから命が生きながらえている限りはどこかで、自分の居場所が必ずあると信じて生きてきたのであった。

 そして今ここにいるのは、その夢に見たところの住処であると思えるし、また目の前にいるのは最後に自分を看取みとってくれる人のような気がしていた。この人に尽くそうと田鶴は思っていた。この人を離してはいけないという心の声がしていた。

 そのようなことをずっと心の中で考えていると、太郎は心配になり聞いてきた。

 「どうした?さっきから物思いに耽っているが、何かわしに言えずにいることがあるのではないか?わしも昨日は色々な事が多過ぎて身を余しているところだが、田鶴様がいてくれているので安心している。心から安心出来ている。それは本当なのだ。そなたの気持ちを聞かせてくれるか」

 田鶴は昨日までの旅の道中で起こったことや、亡き夫との生活がいくさで壊されて絶望していたこと等を包み隠さずに太郎に話して聞かせた。

 話せば人は胸につかえていた事などを相手と共にして和らげる事が出来るものである。田鶴は太郎の優しい心根にすがり、「私も貴方様の優しさが身に沁みております。出来ればこのまま貴方様のそばで置いて欲しいと思います。」そう言って太郎の身体に半身を寄せるのであった。これほど可愛い女を見たことはないと太郎は思い、抱き寄せ、自分はこ田鶴を守ってやらねばならないと固く心に決めたのであった。

 その夜は太郎は田鶴と一緒に寝床を共にした。そうするのが自然なことのように二人は抱き合い、身体が一つになった。

 翌日太郎が先に目が覚め、傍にいてくれている田鶴の身体に触れたが、未だに夢でなければ良いとの気持ちが強く、彼女の手や足や髪の毛、胸の膨らみを触っては現実であることを確かめた。

 起き上がって、厠のところの手水鉢ちょうずはちに自分の顔が映っているのを初めて見る者のように見てびっくりした。

 それは自分が若者ではなく、白髪の老人のようになっていたことが分かったからだった。どうしてと思い出すと、確かに竜宮城で乙姫様にもらった玉手箱を開けたことを思い出したのだが、それが家に戻って田鶴を迎える前に何がしかの自分の知らない事が起こって、時間が経ってしまったと思うしかなかった。

 そう言えば、浜辺で子供たちがわしを見てはやしし立てていたのは、わしの姿を見てのことだったのかと追想する太郎であった。

 しかしこの現実を受け入れなければ田鶴はどこかに行ってしまうのが怖かった。

 だから太郎は何も言わずにそばに居てくれる田鶴のために働き、今まで通り漁に出て、また畑を耕し、時には山に入り猟をすることも覚えた。田鶴が喜ぶことは何でもした。一年も経てば二人には子供も出来て、歳を気にすることももうなくなり、太郎は田鶴と仲良く暮らしたのであった。》


「以上が浦島太郎の続きのお話でした。最後まで聞いてくださって有難うございました。これから私も帰って九十五になる母のお風呂の手伝いがありますのでおいとましますが、よろしかったら又いつでもお話しますから」と言って斉藤さんは退席されたのだった。退席に際し、会場は割れんばかりの拍手が鳴り止まなかったということを付け加えておきます。
 


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