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2 SF短編集「鶴の恩返し(与兵とお通)秘話(昔話アレンジ集より)


 あれから一週間が経ち、町会であの夜聞いた昔話のことがそれぞれの家族や口コミなどを通じて少し広がっていて、そのうち若夫婦のいる家庭からは今度は子供も参加したいという声が寄せられ、断れずに斉藤さんにお願いすることになった。
 確かに斉藤さんは朗読の名手ではないかと思えるほど、聞き手の心に響くような話し方をされる人である。きっと何かの訓練か何かを受けているのだと思って聞いたら、一度もそんな訓練など受けたことはなく、好きなだけで我流だと言われた。
 今回はお子さんを連れた家庭がいる関係で土曜日の午後一時から集まってもらうことになった。その日は斉藤さんもちょうど休みで快く引き受けてくださり、「聴衆」も二十人となり茶菓子を用意するやら、ちょっとした式次第をホワイトボードに見やすく貼るなどして「開催」する運びとなった。
 
「みなさんは鶴の恩返しの話をご存知でしょうか?(聴衆の中に頷いたりして反応する様子を確認しながら斉藤さんは話を進める)昔話ではお爺さんとお婆さんが登場するかも知れませんが、ここで登場するのは、律儀りちぎ与兵よひょうという男とおつうという綺麗な女性です。そしてお通は鶴の化身けしんということでした。ですから、障子の部屋の中ではたを織る時のあのタンタン、カシャーンという音が絶えず聞こえていましたけれど、その前に与兵がお通と知り合うきっかけになったのが、田んぼで一羽の鶴が羽を傷めて飛べなくなっていたのを与兵が助けたことでしたね。そして傷が癒えてから空高く飛び去って行ったのを見送り、大変良いことをしたと思ったのでした。与兵は安堵して家に帰ったのでしたが、その日から数ヶ月過ぎたある日、与兵のもとに一人の女性が尋ねて来るのです。美しい女性は、名をお通と申しました。実は彼は女性が尋ねて来たということが驚きでした。というのも今朝方与兵は夢を見たからです。その夢は、助けた鶴が与兵に話しかけてきて、そして一人のそれはそれは美しい娘に変身したので、もしやと思ってびっくりしたのでした。
 その夢を思い出しつつ目の前の女性を見たのでしたが、何故か夢の中に出て来た女性と同じではないかと疑われるほどよく似ていたのでした。」

 それでは本題に入ります。
【若い女性は先日貴方様が助けた鶴の恩返しがしたいと言うのでした。遠方から来られたと見えて、杖を持ってはいるが少々疲れている風で、直ぐに屋敷の中へと与兵は案内したのでした。
 与兵は暖かいお茶をれてやり、遠方からの労をねぎらったのです。】

 「当然今の私たちの環境のようにテレビや音楽が聞こえてくる環境もありません。近くにある樹の枝に止まっている鳥のさえずりや風が吹いて扉を打つ音がする他は何も聞こえてまいりません。」
 
 【お通は身体が休まり落ち着いたところで、与兵に対しお願いするような口調で「私は鶴が助けてもらったお礼に貴方様にぜひ手作りの着物を織りたいので、機織はたおりを貸して下さいませ。その間しばらく部屋にこもることになりますが、よろしくお願い致します。決して私が障子をあけるまでお開けなさらないようにお願いします」そう言って与兵が案内した部屋に入ると、しばらくしてタンタン、カシャーンという音が連続して聞こえたのでした。
 与兵にしてみれば、大変嬉しかった訳ですが、同時に与兵の心に芽生えたのは、どうして鶴の恩返しにお通さんが来たのだろうという素朴な疑問でした。もしやお通さんが鶴の化身というようなことがあるんだろうか?いやいやどう見ても一人の人間であり、美しい女性が鶴である道理はないと打ち消す自分がいました。
 与兵は決して「お通さんがいる」部屋の障子を開けることはありませんでした。】

 「みなさんは、それでは昔話と違うのではないかと思ったのではないでしようか。でも与兵は頑なに約束を守ったのですよ。というのも着物を織るお通さんの邪魔をしてはいけないと考えたのですし、興味本位で部屋をのぞくような真似はしなかったのです。」
 つまりこれからがお話の続きというところです。

 【お通は一晩かかって着物を織ることが出来ました。それはもう明け方に近く、ついつい疲れからかうとうとしてしまい機織の前で居眠りを始めてしまったのです。そろそろ鳥の囀りが聞こえる時分で、遠くではにわとりの時を告げる鳴き声も聞こえ初めました。
 与兵は既に目が覚めていました。釜戸に薪をくべ、暖かい料理を作って持て成そうと考えたようです。朝の馳走の用意が整い、与兵はお通を呼びに行ったが、中から何の返事もない。これは弱ったと思ったが、もしやもうどこかに出かけているのかも知れないと思った与兵は、少しだけ障子を開けた。中に居たなら陽が射せばきっと目が覚めると思い、もう一度声をかけた。返事がないので身体を中へ差し入れると、これはびっくり。機織りの前に倒れたように眠っているのは一羽の鶴だったのです。それも痩せ細っているようです。その姿を見て与兵はお通が鶴の化身だったのだと理解したのです。 
 そしてお通が織ったらしい鮮やかな着物が一着出来上がっていたのでした。soそれだけ確認すると与兵はそっと障子を閉めました。
 鶴は弱々しい姿ではあるものの、意を決して飛び立とうと障子戸の外に自ら出て、羽ばたきました。そして逃げるように飛び去って行ったのです。
 それから数ヶ月何もなかったかのように過ぎ去っていったのですが、与兵はある朝夢を見たのです。
 それはお通が家の前まで来て、家の中を気にしている様子でしたが、そのままどこへともなく立ち去っていく、そのような夢でした。与兵は気になって、何時もより早く起きて、もしやお通が来やしまいかと庭の隅で待ち続けました。外からは庭にいる与兵の姿は見えません。すると、どこからともなく姿を現したのはお通だったのです。やはり中に入ることも出来ずにじっと立っているのでした。その姿を見て与兵はいても立ってもいられずに、外に出てお通のところに行きました。
 「お通さん。やっぱりお通さんだったのか。さあさ、中に入って下され。遠慮は要らぬ。わしは女房を亡くして一人生きている身で、もう何も欲しい物もないし、少々の事では驚かぬ。実は女房は、私が死なせたかも知れんのじゃ。一里も離れた所に遣いを頼み、その途上で熱を出し、倒れておったのじゃそうで、わしがその事を知って隣村に着いた時にはもう女房も死んでしもていてのう。どんなに辛かったか知れんのじゃ。もう十八年も前の話じゃが。そのことがあって、鶴が傷ついたのを見て、今度こそ何とかして助けんとあかんと思ったのじゃった。お通さんがわしの家に来た時には、鶴とは思わんかったが、今は信じている。お通さんがわしの家に来たのは、何かの縁じゃないかと思う」お通は与兵の言葉を聞いて初めて話し始めた。
 「私も其方と知り合いになれて嬉しく思います。助けてくれたお礼に着物を織って差し上げたのは、ほんの心ばかりの事で、これからは何でも言って下さい。其方そなたのそばでつかえていくつもりです。どうか私を其方の家に置いて下さいませ」
 それから与兵とお通は、死ぬまで仲良く暮らしたということです。】

「確かに与兵が障子を開けてしまったことは違いありません。その時は無意識に手が出たのでしょう。ただそれで過ちを犯したというなら与兵が可哀相過ぎます。お通さんにしてもきっと与兵がどういう行動を取ったとしても全部許したことでしょう。私はそう思います。」
 それだけ言うと斎藤さんは、余韻を残したままで静かに退席されたのでした。会場に来合わせた人たちは大人も子供もしばらく与兵やお通さんのことを感じたまま話し合っていました。 

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