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絵を描いて景勝地化と保全

これまでになんどか役立つアートについて触れてきました。今日もその一事例をご紹介したいと思います。これも私が今住んでいる山口市のことです。ここには「長門峡」という名前の名勝地があります。山間の渓谷で夏には水遊び、秋には紅葉が楽しめ、地域の酒屋さん、居酒屋さん、スーパー、コンビニへ行けば、その名前が付けられた日本酒にも出会え、市民にも広く親しまれています。そんな日常生活の一部にも溶け込んでいる「長門峡」ですが、その地の命名や名勝地化には、萩市生まれの高島北海の存在が挙げられます。

「長門峡」については、約10年ほど前に地域資源を探求するアートプロジェクトに取り組んだ際に、その名勝や人物の功績を知りましたが、なかなかしっかりと目を向けたことがありませんでした。昨今はArte Útilやヘルスケアアートなど、役立つアートに関するプロジェクトに取り組む機会があり、自分の中でももっと知りたいと思っていました。

そこで、昨日、高島北海の図録を一冊携え、実際に「長門峡」へ行き、渓谷を歩きながら、高島北海に想いを馳せてみました。実はこの夏、何度か散策を試みたのですが、梅雨のシーズンの大雨による増水で散歩道が通行止めだったり、補修工事などで断念していました。ようやく今週、中国地方でも梅雨が明け、散策できるとの情報を聞いていたので行ってみましたが、遊歩道として整備されている約100分ほどのルートの最後1/3のところは、通行止めになっていました。最近、突然大雨が降ることもあり、そういった影響だったのだと思います。とはいえ、今回大半を歩くことができました。

長門峡の道の駅側から歩いて行ったのですが、谷間に川が流れていて、その川の数メートル上にある遊歩道を歩いていきます。といっても山川を見れば、見上げるほどの急勾配や絶壁でいつでも落石があってもおかしくない雰囲気です。最近、日本全国で熊の出没も聞いていましたので、こんな行き場のない場所でもし熊に遭遇したらどうしようといったことも頭によぎりながら歩いていきました。私は時々、一人でこういった山の散策をしてしまいます。こういった環境や体験は、都市の日常生活では感じられない緊張感が感じられ感覚が良くなる気がするので、時より体験することは大事だなと思っています。でも、安全に行き来しないといけません。

長門峡の川辺に降りられるところもあれば、少し距離があるところもあり、また、絶壁に突き出た散策路や橋もありました。基本的には岩場を流れる川なので、突き出た岩や川の落差により、荒々しい波や音を立てているところもあれば、水面に周りの山や空が反射して見える穏やかなところもあり、渓谷の様々な表情を見ることができました。季節や天候によって、水嵩も流れ方も周りの木々や空の様子も違うでしょうから、その魅力に引き込まれる理由が分かった気がしました。

実際に歩みを進めながら、ところどころで見どころに遭遇しますが、岩場の雰囲気や水の流れの強弱とともに、恐れや安らぎを内包している白波の多様な表情に引き込まれるのがよくわかりました。

と、そんな魅力に惹かれ、日本画として絵を描きその収益を景観保全や名勝地化に注いだのが高島北海です。時代が大きく変わる江戸後期から明治維新、そして昭和初期に活躍した人物です。地質学や植物学、フランス語を学び、フランスのナンシー森林学校へ留学。そして、画家としても日本画を通じて、フランスのエミール・ガレやヴィクトール・プルーヴェへも大きな影響を与え、アール・ヌーヴォーを一層促進した功績があり、日本で最初の地質図を完成させた方です。ものすごい功績ですよね。

さて、高島北海や長門峡についての専門的なことは私には語れませんが、一人の地質学者であり、画家である人物が、名もなき険しい渓谷を歩き、その魅力を発見し、日本画として描きその収益で、渓谷一帯を景勝地化し保全し、かつ、フランスのアーティストにも影響を与え、後世にその渓谷の魅力を伝えていったということだと思います。これはものすごいことですよね。志が高く、険しい道に入っていく精神力、忍耐力、体力、そして、美を見つける感受性とそれを表現する緻密な技術、また、収益を保全や景勝地化に注ぐ洞察力や優しさが伝わってきました。

冒頭で役立つアートということで書いてきましたが、作品自体がその描かれた対象(この場合、認知された名もなき渓谷の魅力)を伝えるという点で役立つと共に、その作品が担った社会的な役割(保全や景勝地化への賛同の象徴)や作者の思い(美しい自然環境を構成へ伝えたいという気持ち)といったことも含め役立つアートと捉えられるのではないかと思います。と考えていく延長線上に、人の思いが凝縮され、保全され、景勝地化された《長門峡》自体が対象としてのアートとして成立するのかなとも思えます。

約100年程前のことですが、時代を超えて、こういった事例に出会い、かつ、実体験できていることにとても感銘を受けるとともに、さらなる役立つアートの事例を体験できたらなと思います。

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