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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 最終話 求知と遊戯 【13,14】

<3,100文字・読むのにかかる時間:7分>

1話を16のシークエンスに区切り、8日間で完話します。アーカイブはこちら。

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【 13 】

 攻撃と対立のアルケウスは、すでにロビーに降り立っていた。
 天井に開いた大穴から瓦礫が落ちてくる。リノリウムの床は砕けた建材と粉塵で塗装され、本来のツヤは面影もなかった。
 アルケウスは階段の方向を向いている。右手にはアゲダシドウフ、左手にはナンコツが身構えつつ、十分な間合いを確保している。
『その個体は破壊力が突出してますが、動きの遅さも特徴的です。相手の間合いに入らなければチャンスはありますが……』
 千堂の声がいつになく緊張を伴っている。
「どうしました? 千堂さん」
『あの。博士が到着したようです』
「なんだって?」
 アゲダシドウフとナンコツが顔を見合わせた瞬間、ガラス扉をさらに大きく粉砕しながら、バンが飛び込んできた。段差でジャンプした結果だろう、前のめりになり、フロントノーズを滑らせるようにして現れた。しかし後輪が着地すると、止まるどころかさらにエンジンの回転数があがった。
「えええっ!」
 アゲダシドウフが驚いたのは純粋に予想外だったからだが、ナンコツの衝撃はもう少し複雑だった。これは本来、彼の所有物なのだ。
 バンは急加速しながら、アルケウスの臀部に激突した。
 短いボンネットは一瞬にしてフレンチブルドッグのようにひしゃげ、後輪が持ち上がっていったん宙に浮く。運転席ではエアバッグが博士の上半身を受け止めていた。
 アルケウスはその巨体ゆえに、微動だにしなかった。しかし鬱陶しく感じたのだろう。太すぎる脚を引きずり、方向転換を始めた。
『まずいです。ふたりとも博士を救助!』
 アゲダシドウフが運転席のドアをこじ開ける。力が入りすぎたのか、ドアは丸ごと抜けた。
「うそでしょ!」
「ごめんごめん!」
 目を回している博士を、ナンコツが担いでその場を離れる。
「博士、なんてことしてんですか!」
「……ダイ・ハードみたいに登場したかったんですけど、どうでした?」
「むしろスポンジボブみたいでしたよ!」
 アルケウスがバンのフロントを叩き潰した。鉄板は湾曲し、フロントガラスは粉々に飛び散り、グリル部分は落下してやじろべえのように揺れている。
「まだ二年しか乗ってないのに!」
 無残なボンネットから立ち上る煙を見て、ナンコツはうなだれた。

「これで頭の高さは改善できたな」
 闖入者に意識を取られていたその隙に、黒霧島の声は水平方向から聞こえるようになっていた。ふたりは護送車の屋根に立っている。
「やめとけよ」
「ああ?」
「生身の人間では何もできない」
「知ってるよ」
 黒霧島はバイクを蹴り落とした。そして、むき出しになった黒い球体めがけ、金属パイプを振りあげる。
「直接戦うなんて言ってねぇ!」
 渾身のフルスイングが空気に悲鳴を上げさせた。真芯で黒い球体を捉える。振り抜きも反動もそこにはない。ただ、すべてのダメージを吸収した球体が佇んでいるだけだ。

【 14 】

『トリカワさん。起きてください』
 目を開けると、無数の火の粉が黒い空に線を引いていた。
「あ……ああ」
『大丈夫ですか?』
 背中がアスファルトの冷たさを伝えてきている。護送車から落下したことはすぐに理解できた。
「いや……ちょっとビックリしただけだ。ダメージはないと思う」
『無理もないです。生身なら死んでるレベルですから。警官の標準拳銃より殺傷力高いと思いますよ』
「ヤツらはどこ行った?」
『一階ロビーです。ハイボール大佐が現れたので、トリカワさんも向かってもらいたいのですが……』
 千堂はそこで一拍置いた。
『その前に、大事なお話が』

 ロビーの奥には、半壊したバンが放置されている。まるで手柄を誇るかのように、攻撃と対立のアルケウスはその傍から動こうとしない。

 ハイボール大佐は正面玄関から堂々と入ってきた。黒霧島と、保身と防衛のアルケウスがその左右を守っている。ちょうどロビーの中央に位置している博士とジェントルマンたちは、結果的に挟み込まれた形になった。
「よっ」
 大佐はオレンジ色のライトダウンから右手を出し、顔の前に掲げた。ちょうど右目の補助具の高さだった。
「……おう」
 対する博士は、両手を白衣のポケットにしまったまま、唇をわずかに開いて応じた。

 不思議なものであった。知性を備えていない攻撃と対立のアルケウスでさえも、唸り声ひとつあげなかった。ジェントルマンたちは息を飲み、黒霧島はにやついている。この対面の意味するところを知っているからだ。

「ずっと考えていたんだけどねェ。お前に会ったらなんて言うかを」
 大佐は一瞬だけ視線を落とした。
「でも忘れてしまったよ。いけないねェ。これもきっと感傷だ」
「俺は覚えているよ」
「ほう」
「ずっと気になってたんだ」
 博士はゆっくりと右手を持ち上げ、人指し指と中指を揃えると、こめかみのあたりをトントンと叩いた。
「右目はどうなったのかなって。その器具、なかなか似合うよ。シュトロハイム大佐に改名すりゃいいじゃないか」
 補助具が微かに音を立てる。
「……相変わらずだねェ」
「爆笑しないだけ、大人になったんだと思うよ」
 バンのボンネットから白煙が上っている。
「これは手造りだからねェ。不恰好なのは仕方ない。おかげで就職もできないし、頬が吊れて喋り方も変わってしまった。でもまあいいんだよ。鏡を見るたびに思い出すからねェ。お前にぶつけられた、あんまんの熱さを」
「なに被害者ぶってんだ。こしあんなんて選ぶ方が悪いんだろ」
「こだわりが消えないねェ」
「消えるわけないだろ。ここで消えるのはお前が奪い取った研究成果のほうだ」
「どうかねェ」
 大佐は微笑んだ。
「自分が有利だと思っているなら、勘違いだねェ。この警察署にはまだ人間が大勢いる。つまり原材料には事欠かない、ということだからねェ」

 黒霧島が合図をし、オフィスに残った白霧島がグルグルを操作する。駐車場を中心として、局所的なエスエナジーの急上昇がはじまった。

「そりゃあ、千堂さん。なんと言っていいか……」
『わかります。戸惑いますよね』
 トリカワポンズは首を振った。
「そうじゃなくて。なんか、しっくり来るんだ」
『しっくり?』
「そう。最初のアルケウスが阿佐ヶ谷博士だってことがさ」
 千堂は返事をしない。
「動物実験を繰り返すたびにエスエナジーを浴び続け、自分でも気づかないうちに半アルケウス化するなんて、博士らしいと思ったよ。でも、どうして分かったんだ?」
『ずいぶん前に、研究所を建てた経緯を話してくれたんです。資産家の親が同時に亡くなるなんて、タイミングが良すぎるなと思ったので。それをきっかけに調べ始めたんです』
「なるほどな。……そうでもなければ、親友を実験台になんてしないよな」
『トリカワさん!』
 千堂の声が俄かに高くなる。
『エスエナジーの急上昇を確認中! 敵はおそらく警官隊の中からアルケウスを具現化させるつもりです。タイプは赤! 二体!』
 炎に照らされた駐車場。忙しく動き回る警官たちのなかから、突然膨らんだふたつの影は、瞬きをするうちに身長に倍する大きさに達した。警官たちは足を止め、唖然とそれらを見上げている。
 攻撃と対立のアルケウスが、新たに具現化した。

「また頑丈なヤツが……二体も」
 異形の一体は、四本足になって正面玄関へ向かっていく。人間たちには目もくれない。もう一体は、背骨と一体化した異様に太い尾のようなもので、周囲にいる警官たちを面倒臭そうに薙いだ。
「建物内に入っていくぞ」
『ハイボール大佐を守りに行ったんでしょう。トリカワさん。他のふたりと合流してください。三人揃っている必要があります』
「わかってるよ」

 トリカワポンズは空を見上げた。星に見えたものは全て火の粉だった。

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)