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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 最終話 求知と遊戯 【7,8】

<3,000文字・読むのにかかる時間:6分>

1話を16のシークエンスに区切り、8日間で完話します。アーカイブはこちら。

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【 7 】

 テントの黒い天井が下りてくる。トリカワポンズは手当たり次第に壁面を殴る蹴るしているが、効果はない。そうこうしているうちに、天井は彼の頭より拳ひとつぶん高いところで止まった。全力で押し戻そうと試みるが、徒労に終わった。
「……博士」
『すみません、トリカワポンズ。前回同様に転送不能です』
「自分でなんとかするしかないってことか」
『次の展開はなんとなく読めていますが……』
「なんだって?」
 周囲に違和感をおぼえて見回すと、空間が縮んでいた。四方の壁がゆっくりと迫りつつあるのだ。
『ほら』
「ほらじゃない! 対策は!」
『えっと……そう。私は信じていますよ。あなたが難局を乗り越えられる強い人だって』
「そういうのいいから!」
 前後左右から壁が近づいてくる。
『そうそう。覚えていますか? その獲得と保持のアルケウスは、収集欲の塊です。それも悪趣味な。だから、さらに輪をかけて趣味の悪いものを集めさせてやりましょうよ』
 左右の壁からスライサーのような黒い刃が伸びていることに気づき、トリカワポンズは戦慄した。
「うわっ、ちょっ……ええ!」
 ちょうどその刃は頸部の高さにあった。両脇から近づいてくる。トリカワポンズは思わずその刃の刀身部分を指先でつかんだ。両腕を広げ、肘を伸ばし、全力でそれを押し戻そうとする。スーツの補助を受けて、ようやく刃の前進力と拮抗した。
『一か八かです。トリカワポンズ』
「なにが!」
『必殺技ですよ。放ちましょう』
 両腕が震えだしている。長くは持たないだろうと自覚する彼の目に映ったのは、さらなる絶望的な光景だった。天井からもスライサーが生えてきたのだ。

 ふくよかな両腕で小動物を抱えるアゲダシドウフは、襲ってくるホムンクルスを蹴散らし、警官の銃弾を躱しながら、駐車場を駆け回っていた。
 クリーニング店の火勢はますます強くなる。揺らぐ緋色の光が、動き回るいくつもの影をアスファルトに伸ばしている。しかし消防隊はやってこない。通報はすべて無効化されているようだ。

 正面玄関前に立つ剣士すがたのアルケウスが、竹刀を掲げて小さく円を描いた。合図を受けた警官隊は、最寄りの同僚同士で向かい合った。次の瞬間、ひとりの警官が、正面に立つ同僚を射殺した。
 できあがったばかりの死体を、緋色が照らしている。
 呆気にとられたアゲダシドウフが動きを止めると、剣士のアルケウスは笑い声を発した。そして、彼の抱える小動物を指差してから、手のひらを上に向け、指を二度動かした。面に隠れたその表情はうかがい知れない。
『返せ……と言ってますね』
「なんだって」
『その保身と防衛のアルケウスを返せ。さもないと警官がさらに死ぬぞ、と』
 アゲダシドウフは全身の毛が逆立つのを感じた。
「返すわけ……」
 竹刀の先がまた小さく円を描いている。
「返すわけないだろ!」
 アゲダシドウフは跳躍した。八村塁よりも高く。屋上よりも高く。ホムンクルスも銃弾も届かない高さへ。

 腕のなかの小動物はあたりをキョロキョロ見回している。あまりの高度に、逃げ出すという選択肢を放棄したようだ。アゲダシドウフは左手でその頭部を鷲掴みにし、空中にぶら下げる。アルケウスは尻尾を丸めて縮こまった。

 空中で風神雷神像のポーズをとるアゲダシドウフ。ほぼ同じタイミングで、サングラスの発光が激しさを増した。

 たちまち全身が銀色の光に包まれた。

 掴んでいた左手をひらき、小動物を自由にした瞬間、右腕を振り下ろす。

弔電発送


 小さく「け」という声の残響だけを残し、アルケウスは亜音速で地面に叩きつけられた。線香花火の玉が、落ちた瞬間その天寿をまっとうするように、激突と同時に黒い霧となり、飛び散って消えた。

【 8 】

 迫る刃を抑えている両腕は、もはや限界だった。
 もはや天井から下りてくるスライサーを止める手段は、歯しかない。トリカワポンズは口で白刃取りをすると、膝をやや曲げ、勢いを殺しながらそれを押しとどめた。

『このままだとお弁当の茹で卵みたいにスライスされますよ!』

 黒いテントは圧縮され、もはやトリカワポンズを覆う棺桶になりつつある。

 絶体絶命の状況を挽回せんと、サングラスが輝きを放つ。奇しくも、いまのトリカワポンズの姿勢は十字架に似ていた。

お祈りメール


 黒いテントの内側は、爆発的な輝きに蹂躙された。

 戦闘意欲を失った騎士が剣を取り落とすように、スライサーから力が失われる。
 テント全体が震え出し、縦に小さな亀裂が入った。それが一瞬ごとに増えてゆき、竹垣のように黒いテントを細分化していった。やがて一本が黒い霧になって消滅すると、そのあとは櫛の歯が抜けるように、次々と風に散っていった。

「た……助かった」

 トリカワポンズの手と口のなかで、最後まで残っていたスライサー部分も消滅した。

 警察署長ごと床を砕いた異形は、そのままハンマーを振り下ろし続け、自身が通れるほどの大穴を開けた。
 アルケウスは、ついに二階に到達した。
 ナンコツが上半身を突っ込んで覗き込むと、そこは留置場の内部だった。鉄格子で遮られた空間に、幾人かの姿が見える。そして留置担当官であろうか、ふたりの制服警官が、異形の闖入者に我を失っていた。
「まずい!」
 ナンコツは素早く飛び降り、アルケウスと警官のあいだに割って入った。
「さがって。こいつは危険すぎるヤツです」
 警官たちは、ホルスターから銃を抜き、異形に向けた。
「う……動くな! 近づくな!」
「こいつ、言葉通じんのかよ!」
 しかし異形は彼らを一瞥すると、太すぎる脚を引きずり、向きを変えた。正面には鉄格子がある。
「お。おい、なんだよこれ。マジ?」
 薬物所持で収監された痩身のロン毛男が、半笑いで鉄格子を掴んでいる。
「動物じゃねぇっしょ。匂いしねぇもん。なにこれ」
 アルケウスのハンマーが鉄格子を叩いた。格子は爆発するようにひしゃげ、断裂して捲れた。ロン毛男が吹き飛ばされるよりも、鉄棒が湾曲するほうが早かった。その痩せた腹の上下に三本づつの鉄棒が刺さり、そのまま広がり、男を引き裂いた。
 内臓が飛び散り、体内ガスの臭いが留置場に漂う。若い警官は、膝から崩れ落ちて、そこにアンモニア臭を追加した。
「ちょっとちょっと。黒霧島はその檻じゃないし。だいたい殺しちゃったらダメだからね。次はもっと丁寧に開けてちょうだい」
 いつの間にか、異形の背後に女の姿がある。
「あら。ジェントルマンの人?」
 女はナンコツの姿を捉えると、長い髪をわざとらしく掻き上げた。
「……そうだ」
「それはそれは。お仕事ご苦労さまです」
「お前は、承認と顕示の?」
「初対面でこんなこと言うのはなんですけど」
 首を傾げると、片側に寄った長い髪がふわりと揺れる。その揺れが戻るより早く、女は黒い霧になり、ナンコツの背後に移動した。
「死んでくださる?」
 女はナンコツを突き飛ばす。
 よろけて二歩前に出たナンコツは、異形の間合いに入っていた。無意識のうちに視線を上に向け、頭上に掲げられたハンマーを見たところまでが記憶に残っている。

 次に彼が目を覚ましたとき、留置場内には誰もいなかった。
 ただ、鉄格子が粘土細工のように捻じ曲げられた独房がひとつと、警官の死体がふたつ、静かにそこにあった。

つづく


電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)