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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 最終話 求知と遊戯 【3,4】

<2,400文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を16のシークエンスに区切り、8日間で完話します。アーカイブはこちら。

1,2】はこちら

【 3 】

 双頭砲から同時に射出されたかのように、トリカワポンズとアゲダシドウフは並んで空気を裂いていく。ふくよかなアゲダシドウフは手足をバタつかせ、小柄なトリカワポンズはハンドスピナーのように回転しながら、地上に落下した。
 そこは正面玄関に面した、車寄せの中央だった。
「いたたた」
「目が回って気持ち悪い」
 一足先に立ち上がったアゲダシドウフは、自分たちを取り囲む人影に気付いた。制服姿の警察官のようだ。
「あ、ご苦労さまです」
 反射的に頭を下げるアゲダシドウフ。
「説明するのが難しいんですけど、僕たちは屋上の敵と戦える能力があります。みなさんは安全第一に考えて、下がっていてください」
 しかし、警官たちは動こうとしない。返事もなかった。
 もう一度口を開こうとしたとき、不意に周囲が明るくなった。
 避雷針の直撃を受けたクリーニング店が火災を起こしたのだ。否、出火はとうにしていたのだろう。店内の空気を汚染し尽くした炎が、新鮮な酸素を求めて窓ガラスを破って吹き上がったのだ。
 炎は、緋色の投光器となり、全てを明らかにした。
 アゲダシドウフは戸惑った。警官隊は例外なく拳銃を構えていたのだ。そして銃口はふたりに向けられている。
「おい、アゲダシ。伏せろ。たぶんあいつだ」
 尻をついたままのトリカワポンズが、正面玄関を指差している。見れば、扉の前にフルセットの剣道防具を身につけた人物が立っていた。
「え? ビッグ・ザ・武道?」
「ちがう! 支配と優越のアルケウスだよ。警官を操ってんだ。いいから伏せろって!」
 剣士が竹刀の先を振ると、それを合図に警官隊は一斉に発砲した。
 9ミリ弾と7.65ミリ弾が入り乱れ、アゲダシドウフの上半身に殺到する。反射的に両腕で首から上を守った彼の、無防備な胸に、背中に、脇腹に、弾丸は違うことなく命中した。
「アゲダシ!」
 錐揉みするように倒れた仲間に、トリカワポンズは飛びつこうとした。しかし、警官隊の銃口が向きを変え、自身に集中していることに気づいた。
「ちっ!」
 トリカワポンズは斜めに跳躍した。目標を見失った警官隊が視線を宙に泳がせる。補足されるより早く、彼は着地した。それは剣士の目の前だった。面の格子の向こうに、見開かれた両眼がある。
「仕留めた!」
 着地の反動を利用し、右拳にすべての体重を乗せる。
 しかしその拳は届かなかった。黒い球体が、両者の間に割って入り、ダメージを全て受け止めたのだ。
「けけけ」
 一瞬の静寂のあと、警官隊の影がひとつ吹き飛んだ。
 アスファルトに転がる若者の関節は、糸の切れた操り人形のように、あらぬ方向へ折れ曲がっていた。血と吐瀉物が気道を塞いだのだろう。彼は二度呻いたあと、動かなくなった。

 炎が、駐車場を炙っている。

【 4 】

 一台のパトカーが先を急いでいた。
 乗っているのは山吹警察署に所属する警ら隊の一員だ。夜間パトロールに出発してほどなく、署から無線で呼び戻されたのだ。
「正体不明の攻撃に晒されているとは、どういうことでしょうね」
「トシモンでも来たかな」
「なんですかそれ?」
「おまえ、知らないの。新井英樹のマンガだよ」
「ゆるキャラの名前かと思いましたよ」
「今度貸してやるよ。青森西署のシーンは圧巻なんだ」
 ハンドルを切りながら、先輩警官が語り始めたとき、携帯が鳴った。
「あれ、なんで無線じゃなくて電話なんだろう」
 後輩警官が画面を操作し、スピーカーフォンに切り替える。
 その指示は「来客用駐車場に防災テントを設置した。そこでテロリスト対策の指揮をとっている。到着次第、テントにて状況説明を受けよ」とのことだった。
「防災テントってあの濃紺のやつですよね」
「ああ。ちょっとした平屋の一戸建てくらいあるやつな」
 署が見えてきた。近隣で火災が起きていることは事前に知らされていたが、現実に緋色に染まった署の外壁を目にすると、息を飲まずにはいられなかった。
「急ぐぞ」
 先輩警官はパトカーを来客用駐車場へ滑り込ませる。たしかに、隅の方に防災テントが張られていた。その手前に数台のパトカーが停車している。自分たちより先に到着した同僚たちだろう。

 ふたりの警官は小走りでテントに駆け寄り、幕を払って中に入った。
「戻りました!」
 緊迫感で張りつめているかと思われたテント内は、意外にも静かだった。奥のほうに、背を向けて立っている人物がいる。警備課長だろうか。それにしては少し、身長が高いような気がする。
 返事がないのを訝しみ、ふたりが近づいてみると、警備課長は宙に浮いていた。正確には、床面から伸びた円錐に顎を貫かれ、ぶら下がっていたのだ。
「うわああああ!」
 ふたりが後ずさりすると、踵になにか重いものが触れた。それは先に到着していた同僚たちの、切断された死体だった。
 腰を抜かしたふたりは尻餅をつき、思わず天井を見上げる。入室したときよりも、それは明らかに低くなっていた。
「……逃げ」
 出入り口はもうなくなっていた。

 攻撃と対立のアルケウスは、屋上を突き破って五階への侵入を果たした。そこは柔道場と剣道場のフロアだった。ナンコツは後を追ったが、アルケウスはもはや彼に対して関心を示さず、一心不乱に柔道場の床にハンマーを振り下ろしている。
「博士……これはどういう」
『留置場に向かっているんですよ。黒霧島を奪還するつもりです』
「なぜ迷わず留置場に進めるんでしょうか」
『さすが鋭いですね。おそらく、現地調達したんでしょう』
「現地調達? なにをです?」
『アルケウスの元になる人間です。その警察署内の人間でしょう。厳しい官僚組織なんて、破壊欲を満たしたくなる条件は備えているでしょうからね』
「……なるほど」
『いずれにしてもナンコツ単独では難しいでしょう。他のふたりの合流を待ってください』
「他のふたりは?」
『外で足止めを食っています』

 何発目かの振動とともに、底の抜ける轟音がした。

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)