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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 最終話 求知と遊戯 【5,6】

<2,600文字・読むのにかかる時間:6分>

1話を16のシークエンスに区切り、8日間で完話します。アーカイブはこちら。

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【 5 】

「アゲダシ、もう大丈夫か!」
 トリカワポンズは言いながら、左手で警棒を受け流す。
「すいません。気を失ってました!」
 おびただしい数の影が動いている。警官たちに加えて、大量のホムンクルスが襲いかかってきたからだ。
「銃弾はスーツを貫通しないんだろ!」
「貫通しません! だけど衝撃は別ですよ!」
「衝撃くらい気合いで耐えろ!」
「ならパンツの中で爆竹ならしてみてくださいよ!」
「すまん! 想像力が足りなかった!」
 ふたりは苦戦のさなかにある。ホムンクルスの場合は殴って霧に戻しても良いのだが、誤って警官を殴ると死なせてしまう。その見極めが大きな足枷となっていた。
 警官の拳銃を左足で蹴り上げてから、ホムンクルスの突進を屈んで躱す。体を起こし、通り過ぎたホムンクルスが転回するところに右拳を叩き込む。霧が散った先に、銃口が光っている。反射的に避けようとしたが、すぐ背後に立っているのも警官だった。これは受けるしかない。避ければ背後の警官が撃たれてしまうだろう。
 胸に命中する。至近距離からの銃撃は、トリカワポンズの呼吸を止めさせるに十分だった。
「ほら。痛いでしょう?」
 アゲダシドウフが拳銃を叩き落とし、第二射を防いだ。
「痛く……ない!」
 トリカワポンズは歯を食いしばる。
『ふたりとも、このまま戦っていても埒があきませんよ』
 博士の声が割り込んできた。
『すこし頭を使いましょう』
「お手つきすると死人が出る状況じゃ、反射神経だけが頼りなんだよ!」
『しかし体力も無限じゃありません。アルケウスを一体づつ消していかないといつかはつかまります』
「わかってる。あの黒いボールが邪魔なんだ!」
『そう。最もやっかいなのは保身と防衛のアルケウスです。しかも二体もいる。あいつをまず消すというのはどうですか』
「それができれば苦労しない!」
『ではこうしましょう。駐車場の隅に黒いテントが出現していますが、あれは獲得と保持のアルケウスです。ふたりで同時に襲いかかってください。あいつは動けませんので、かならず保身と防衛が守りに駆けつけます。そこを捕えるんです』
「なるほど。いい手かもしれないな。どう思うアゲダシドウフ」
「やりましょう。トリカワポンズ」

 ふたりは、息を合わせて乱戦を飛び出した。アスファルトを蹴って駐車場の隅へ向かう。視線の先には黒いテントがあった。
「けけけ」
 保身と防衛のアルケウスが小動物の姿になって彼らを追う。団扇のように平たい尾をしきりに振っている。さらに無数のホムンクルスが追随していた。警官たちは遠巻きに銃を構えている。
 テントにたどり着く直前、トリカワポンズは急転回した。時計回りに弧を描き、向かってくる小動物を斜め前から蹴り飛ばした。不意をつかれ、球体になる暇すら与えられなかったアルケウスは、ミッドフィルダーがあげる鋭いクロスのように、寸分違わずアゲダシドウフの胸に飛び込んだ。
「やあ」
「けっ!」
 小動物は盾をあわせて球体のなかに逃げようとするが、アゲダシドウフの力強い両腕がそれをさせない。彼のサングラスが銀色に輝き始めるところを、アルケウスは至近距離で目撃することになった。

 作戦の半分は奏功し、もう半分は失敗しつつあった。
 保身と防衛のアルケウスを蹴り上げたトリカワポンズは、しかし後続のホムンクルスに殴られ、吹き飛ばされてしまった。その着地場所が悪かった。彼は黒いテントの内側に落下してしまったのである。
「これはしまった……」
 気づいたときには、すでに出入り口は存在しなかった。足元には、いつか見たような人体の部位が、乱雑に転がっている。

【 6 】

 柔道場の床を破り、さらに四階を抜いたアルケウスは、三階の廊下に降り立った。太すぎる両脚を振り回すようにして、一歩一歩を踏んでいく。
「……どこへ向かう気だろう」
 ナンコツはアルケウスの背中に向けて呟いた。
『おかしいですね。二階へ直行すると思ったんですが』
「なぜ二階だと?」
『どうやら留置場は二階にあるようですよ』
「地下じゃないんですか?」
『映画やドラマだと地下が定番ですけどね。実際は二階にあることが多いんです。黒霧島救出が目的なら直行するはずなのですが。ヤツの向かっている先は見えますか?』
 ナンコツは穴から飛び降り、アルケウスの肩越しに進行方向を見た。
「署長室に向かっているようです」
『……なるほど。ナンコツ。見送っていいかもしれません』
「見送るってどういうことですか?」
『見守ると言い換えてもいいでしょう。ラッキーだったら、そいつは結晶化して消滅するかもしれませんから』

 アルケウスは狭い廊下を無理矢理に進んでいき、署長室の前でハンマーを振るった。ドアが吹き飛ぶどころの騒ぎではない。轟音をあげて壁が崩れ落ち、まるで最初から通路が続いていたかのように、遮るものはなくなった。そのまま署長室へ侵入する。
「うひぃ」
 部屋の隅では、警察署長がうずくまっていた。
 アルケウスはその姿を認めると、ゆっくりと近づいていく。脚と床との擦過音が、振動をともなって室内に伝わる。デスクの上の小物が、その度に震えて音を立てた。
 警察署長はその人生の最終盤において、警察官の職務を思い出した。膝立ちの姿勢のまま、ホルスターから拳銃を取り出し、異形へ向けて警告を発した。しかしその対象は構うことなく、彼の頭上で両手を合わせた。
「まずい!」
 ナンコツがアルケウスの背中に飛びついて、拳を連打する。
 そして警察署長は、アルケウスに全弾を撃ち込んだ。
 しかし苦労の甲斐なく、ハンマーは無慈悲にも振り下ろされた。轟音とともに床材がめくれ上がり、デスクは宙に浮いた。窓ガラスが飴細工のように崩れ落ちてゆく。横転したデスクが事務用品を床にばらまき、電話器だけがコードに引っ張られて異なる動きをした。
 アルケウスが腕を持ち上げると、その下から半液状の肉が現れた。それを包む制服の生地だけが、辛うじて人間であったことを教えている。
「間に合わなかった……」
 ナンコツは呟いた。
『予想が外れましたね。結晶化はしなさそうです』
「どういうことですか?」
『ソイツは署長に恨みがあったんですよ。警察機構のなかではパワハラなんて生易しい表現で済まないことがよくあります。署長を殺したいという破壊欲求が原因でアルケウス化したのかと思ったんですよ』
「え? じゃあ、見守ると言ったのは?」
『ええ。署長を殺せば満足して結晶化するかもしれない。そうすれば消滅してくれるなぁ、なんて思ったんですがね。ハズレでした』

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)