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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 最終話 求知と遊戯 【9,10】

<2,700文字・読むのにかかる時間:6分>

1話を16のシークエンスに区切り、8日間で完話します。アーカイブはこちら。

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【 9 】

「千堂くん。二体消滅したはずだが、どうかな?」
 阿佐ヶ谷研究所のコントロールエリアで、千堂の背もたれに手を乗せて、博士が問いかける。壁も床も、荒れ狂うアクアリウムの光によって、派手に明滅している。
「はい。黄色のうちの一体と、緑色が消えました」
 ディスプレイに映り込む光の乱舞で目がチラつくのだろう。眉間に寄せた皺をとろうともせず、彼女は返答した。
「ということは残りは四体だな」
 博士は顎に手を当てて二秒だけ考えた。
「黒霧島は奪還されてしまったが、残りの四体を消滅させることはできそうだ。いまのジェントルマンならば」
「いえ、博士。残りは五体です」
 見上げる千堂の視線が、いつになく鋭い。
「正確には、四体半……でしょうか」
 博士が呆気にとられた顔をしたのはほんの一瞬で、急速に上がっていく口角が頬に陰をつくった。それは千堂の言葉が正確に伝わった証左だった。
「おもしろい。私も現場へ行こう」
「いまからですか?」
「ナンコツの車を借りていく。君はここからバックアップをしてくれ」
 背中を見せた博士の、白衣の裾が大きくたなびいている。あれほど大股で歩みを進める博士を見るのは初めてだった。焦燥からか、高揚感からか。いや、公園で遊具に向かって駆けていく子どものそれに近いのだろうな、と千堂は思った。

 出入り口の扉が閉まるのを見届けると、千堂はディスプレイに向き直った。
 端末を操作し、エスエナジーの感知精度をあげていく。着色されている円はより濃い色で表示される。これはそれぞれのアルケウスの反応を示している。小さく動き回る黒い点はホムンクルスだ。
 千堂はマップをスライドさせた。警察車両の格納スペースを拡大すると、護送車の姿が確認できる。その近くに青い円と黄色い円がある。そして護送車の内部には、色の割り当てられていない小さな円があった。
「はじめまして。ハイボール大佐」
 そう呟いた千堂は、円にオレンジ色を割り当てた。さらに中心にマーキングをし「解明と模倣」とラベルをつけた。
 人間の部分を多く残した半アルケウスは、普段のアクアリウムの精度では検出不可能だった。千堂は、プログラムを改良しながらこの機会を待っていたのだ。
「あと、もうひとつ……」
 マップの縮尺を小さくし、東京都全体を表示させると、阿佐ヶ谷研究所に向かって一気に拡大させた。ディスプレイの真ん中に研究所のビルが映し出される。ちょうど、ナンコツのバンが走り出したところだった。
 そのバンに画面を合わせる。運転席を中心とした小さな円には、やはり色が割り当てられていない。
「……やっぱり、白が似合いますよね」

 千堂はそれにホワイトを割り当ててから「求知と遊戯」とラベルをつけた。

【 10 】

『トリカワさん、アゲダシさん、聞こえますか?』
 拡大した火災が、投光器のように駐車場を照らしている。その緋色に炙られつつ、警官隊とホムンクルスの相手をしているふたりの耳に、千堂の声が飛び込んできた。
『これから、私が指示しますね』
「あれ、博士は?」
『博士はそちらに向かいました。車で』
「博士が来たって足手まといだろ」
 警官の利き腕をへし折りながら、トリカワポンズが会話に参加する。骨折くらいは許容してもらおうという作戦に切り替えていた。
『それはそうなんですが』
「ピーチ姫みたいに人質になるくらいなら、来させないでくれ」
『すでに出発してしまいました。それより、今のうちにアルケウスを減らしておきましょう』
「今のうち?」
『ああ、いえ。アルケウスはまだ四体残っています。合流されるとやっかいですので、各個撃破できるうちに攻めましょう』

 千堂の作戦はこうだ。正面玄関に仁王立ちしている支配と優越のアルケウスと、護送車の影に隠れている承認と顕示のアルケウスを同時に襲撃する。すでにディフェンスとしての保身と防衛のアルケウスは、一体を残すのみとなっているから、どちらかは確実に無防備になる。
「よし、それでいこう」
「どっち行きます?」
「俺は裏でコソコソしているやつだな」
「じゃあ、私は剣道野郎で」
 ふたりは瞬時に別れた。
 トリカワポンズは俊敏性を活かして、警官の脇をくぐり、植え込みのレンガを使って方向転換してから、敷地の一番奥へ向かった。護送車は遠くからでも目立つ。スピードスケートの選手がコーナーを攻めるように、砂埃を立てながら、車両の前で急停止した。
「おい」
 突然のジェントルマンの出現に、女型のアルケウスは不意をつかれた。護送車に寄りかかって、警察と消防の連絡を撹乱しているところだった。防御にはとても間に合わない。
「覚悟しろ。いま消すからな」
 そのとき両者の間に、黒い球体が割り込んできた。

 アゲダシドウフは小細工をせず、直進した。
 立ちふさがろうとする警官もホムンクルスも、彼の質量を止めるには足りず、弾き飛ばされて路面に転がった。
 支配と優越のアルケウスは、竹刀を振って中段に構える。しかし無意味だった。相撲の立会いのように両者が激突すると、アルケウスは射出されるように飛ばされ、玄関のガラス扉を背中で砕いた。ロビーの床を滑りながらも、なんとか倒れず持ちこたえる。

『アゲダシさん。飛ばしてください!』

 第二撃は掌底だった。アゲダシドウフは両の掌を重ね合わせ、体重を乗せて胴に叩き込んだ。これには耐えきれず、ロビーを激しく転がったアルケウスは、階段に頭部を強打してようやく止まった。

『ナンコツさん、お願いします!』

 踊り場にはナンコツが待機していた。彼のサングラスはすでに発光を始めている。

 彼は両腕を高く掲げると、片足で跳躍した。それは道頓堀グリコのポーズそのものだった。銀色の輝きを纏ったまま、右足でアルケウスの胴を踏み潰す。

半端な成果主義


 アルケウスは目を見開き、天に向かって咆哮した。籠手を空に突き出したところで、痙攣して動かなくなった。やがて防具の隙間から黒い霧が溢れ出し、空気中に拡散して消滅した。

 主のいなくなった防具を踏みつけたまま、ナンコツはメガネのブリッジを押し上げる。

『ナンコツさん。ナイスファイトです』
「いえ。アゲダシドウフのおかげです。絶好の位置に転がしてくれました」
 駐車場では、洗脳の解けた警官たちが、いまさらながら慌ただしく走り回っている。
「トリカワポンズを手伝いに行きましょうか」
『……いえ、その暇はなさそうです』
「どうしてですか?」
『ふたりとも、壁際に寄ってください』
 歯切れの悪い千堂の言葉に首をかしげるふたり。しかし、その意味はすぐ理解できた。
 爆発にも似た轟音と衝撃波が、天井を波打たせたのだ。
 蛍光灯が次々と砕け、蜘蛛の巣状に走ったヒビから粉塵が降ってくる。

 攻撃と対立のアルケウスが、ふたたび現れようとしていた。

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)