【育児】無償の愛をもらっているのは、親の方かもしれない。
子育てにおいて、私が子どもを叱る基準が主に4つあります。それは、
①危険なこと(身の回りの危険な物・場所、交通ルールなど)
②自分や他人を傷つけること(暴力、悪口)
③生活習慣や社会生活でのルールに関わること
④注意されたことを繰り返すとき
①~②は厳重に注意します。
が、注意だけではだめだと気づいた①に関する話。
最近戸建て住宅に引っ越したのですが、私が庭にいるほんの少しの間に玄関のチャイムが鳴ったようで、息子が大声で「はーい」と答えました。そして、なんと玄関のドアを開けようとしたのです。
「待って!だめだめー!」と急いで息子を制し、インターフォンを確認してドアを開けました。
息子よ、あれほどスーパージョジョの「しらないひとにドアをあけない」の動画を見ていたのに何も学ばなかったの…?
(ただ見ていただけっていう)
オートロックに守られているマンションと違い、セキュリティ面で不安のある戸建て。
玄関のドアや窓を開けたり、一人で外に出たりしないようにと、口が酸っぱくなるほど伝えてきましたが…
やはり5歳男子、どういう行動に出るか分かりません。
口で伝えるのはもちろんですが、子どもが小さいうちは親の目が大事ということを実感しました。
③はその都度伝えていますが、社会生活において周囲に迷惑がかかること(公共の場で大声を出す、など)は強く注意するようにしています。
④に関しては、毎度手こずっています。
何度注意されても、また同じことを繰り返す息子。イライラもしますが、親としては粘り強く伝えなければなりません。子育てには忍耐が必要とつくづく思います。
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このように基準を設けて、普段は息子が理解できるように説明しながら注意しようと心がけています。
が、先日やってしまいました。
息子が何をしていてもイライラ、注意して、終いには感情に任せて怒ってしまったのです。
余裕がなかった、というのは言い訳にしかなりません。
前に「アンガーマネジメント」の本を読んで「子育てのイライラは親の余裕のなさから生まれる」と分かっていたはずなのに。
それでも…
どんなに怒っても、子どもは「ママがいい」と言ってくれる。至らない私を許し、信じてくれる。
幼稚園に行く前は「ママと離れたくない」と言い、家にいても四六時中ついてくる。
私が泣いたら、ティッシュで涙を拭って頭をよしよししてくれる。
いつもいつも「ママちゃん、大好き!」と溢れんばかりの愛をくれる。
かつて、こんなにも愛され必要とされたことがあったでしょうか。
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あるツイートを思い出しました。
無償の愛をもらっているのは、いつだって親の方。
そして親は、その愛に甘えてばかりではいけないのです。
幼い子どもにとって、親は絶対的な存在。
だんだんと外の世界へ出て、たくさんの人と出会い、いろんな考えを知るようになると、子どもの世界のすべてが親ではなくなる日が訪れます。
親の一貫していない対応や理不尽な怒り方が重なれば、いつか子どもの気持ちは離れていく。愛があれば何をしてもいいわけではないのですよね。
特に気をつけたいのは、息子は一人っ子で親の目が息子に集中しがちになること。
何でもかんでも注意して、子どもを追い込んで逃げ場がなくなるような叱り方はしないように、と思うのです。
子どもが大きくなっても「お母さんが好き」と思ってもらえるように。
絶対的存在、ではなく、絶対的安心感のある存在でいられるように。
子どもの愛情に応え、叱るときは叱って、しっかりと向き合っていきたい、と改めて思います。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。