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【大学生の日常】【#28】男子大学生、”絶対に切れない”電話に感心する。


朝、ハキハキとした女性の声で目が覚めた。

母でも、祖母でもない。

なんだろうか。伸びをしてあくびをして目をこするという、誰が見ても今起きたと一目でわかる3点セットを終えて、隣の部屋を覗く。

母が電話をスピーカーにして聞いている。


ーーコロナウイルスやインフルエンザが流行る今、免疫を高めておく必要は非常に大切でしてーー


(んん??怪しい勧誘か何かか??)

母はそういう勧誘はすぐに「うちは十分です」と切るタイプ(いつも何が十分なのか理解に苦しむ)なのにちゃんと聞いてる。

(ということは、勧誘じゃないのか)


ーーこちらお客様に特別の、限定の情報になりましてーー


(なるほど。)

僕は、『お客様』『特別』『限定』という言葉にピンとくる。リアルなテレフォンショッピングというやつか。

”お客様だけ””今だけ”という言葉を巧みに操り、主婦の心を揺さぶり、商品を売る、どこぞのカスタマーセンターからの電話だ。

怪しい勧誘電話ではないにしても、「うちは十分です」と話を切らないのは母にしてはかなり珍しい。どのくらいかというと、『名探偵コナン』で誰も死なない回が放送されるくらいには珍しい、と思う。

(もしや…普通に商品に興味があるのか?)


ーーこちらの商品は、今の時期お客様のお困りであろう、7難に確実に効きます。〇〇と〇〇と〇〇とーー

ーー今回お話を聞いてくださっているあなたにだけ、伝えている情報でありましてーー

ーーまた、こちらの商品、他にも効果がありましてーー

ーーこちらの成分はどれも体に良いものばかりです。〇〇の研究で効果が実証されているんですよーー


「なるほど。」

考えることをやめてしまうほど、女性の声に引き込まれてしまっていた僕は、母の声で我に返って気付いた。

(母が電話を切れないでいたのは……話がうまいからなんだ)

遮る暇を与えない饒舌さ
自分のことは全部わかってますよと言わんばかりの情報量
お客に与えすぎている特別感

そして。

僕だったら、しばらくの間相手から返事が来なかったら、めげてしまいそうな長い時間、あまりにも堂々と話を続けている、彼女の精神力

全てがプロだった。

(これは流石の母でも、切れないや)

自分の内言に深く肯く。


🐶



一通り話をおえた女性は最後にお金の話にうつる。

話の展開の仕方もお上手。


ーー話を最後まで聞いていただけたお客様限定の特別プライスでご紹介いたします。〇〇円のところ、〇〇円でご提供いたします。ーー


思ったより高い、けれど、なんだろう買ってしまいたくなるこの感じ。そこまで言われたら安く感じてしまう。

(流石の母も買うのかな)

そう思っていた矢先。

「うち、家族全員卵アレルギーなのですみません。」


「え。」

つい、声が出てしまう。

驚きが止まらない。

まず、この長い誘いを完全に聞いた後に、切れ味のある一言だけで断っているという点。

そして何より、家族が、というより、自分が卵アレルギーである点。

あれだけ威勢のよかった女性も、戸惑いを隠せないようで、少しの沈黙ができた。まさに時間が止まるとは、このことか。


ーーそうなんですね。わざわざ、最後までお付き合いいただきありがとうございましたーー

ーー機会があれば〇〇をよろしくお願いしますーー


時を取り戻した女性はこう締める。

(本当に最後までプロだな。)

僕は心の中で敬礼をする。


🐶


「いたのね〜おはよう」

母が僕の方を振り返った。

「いやあ〜断るんだったら、聞かなくても良いのに(笑)」

疑問を投げかけると、母は言った。

「だって、この人、話うまいじゃん。初め、切ろうとしたら、”お客様に特別です”なんて言われっちゃって。今まで経験した勧誘の中で一番うまかった。感動しちゃったから、こうしてスピーカーにして、話の技術を学んでいたのよ(笑)」

なるほど。女性も最後までプロだったが、母も最後まで母であった。どこか安心している自分がいる。

母は、添乗員なこともあって、仕事復帰した際に、喋れなくなってしまうことが嫌ならしい。そういえば、この前も『人を惹きつけるスピーチ』という本を借りてたな。

研究熱心……なのかな。

「それはわかったけどさ、僕って卵アレルギーなの??」

僕は一番知りたかったことを聞く。

「そんなわけないでしょ。これが何も言わせない断り方なのよ」

あまりにも平然と答える母に笑ってしまう。

だからって、僕を卵アレルギーにしなくても、と思わなくはなかったが、誘い方にもテクニックがあるなら、断り方にもテクニックってあるんだな、と不満よりも感心が勝った。

今日は実りの多い朝だった。


そんな今朝のご飯は卵かけご飯。

ご飯を口に入れるときにちょっとだけ躊躇してしまったのは、ここだけの秘密だ。








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