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ケイトが2つになるまで
長く絶縁していた父の遺品のアンドロイドが、血とリーズの雨に濡れて墓所に立っている。
女の形をしたそいつはこちらを向いて、大きな黒い目を見開いた。片時も離さなかったというその機械を、墓前で壊してやったらさぞ胸のすくことだろうと思っていたのに、俺は立ち竦んだ。女の前にある墓石には、頭の潰れた死体が覆い被さっていた。
「ジャズ、来てくれたんだ」
女がこちらに駆け寄ってくる。喪服の映える石膏の肌に、
さよならだけを人生にしたい!
故・高杉晋作の愛妾、おうのは湯呑を叩きつけて叫んだ。
「あのマニピュラティブ糞野郎共!」
恨みの籠った叫びに笑ったのは、故・坂本龍馬の妻、お龍である。現在は西山ツルであるが、親しいものは彼女をお龍と呼ぶ。
「いっとう弱っていたんです! 本当は尼になんて!」
「そういう時ってあるよねー」
十数年前、高杉は亡くなった。24歳だったおうのは、山縣有朋や伊藤博文に強く言われて出家した。彼らは高杉の愛
ヘルツアー・ウィズ・ネームレス
「やあ! アンタ、洗礼名持ってない? 良かったらオレにくれないか?」
地獄の門の前で俺に声をかけたのは、ニコニコと屈託なく笑う男だった。
「善行ばかりの人生だったのに、洗礼を受けなかったからって地獄行きなんだ! あんまりだろう?」
「他人の洗礼名で天国に行けるのか?」
「できるさ! 死ぬ人間が増えて地獄はてんてこ舞いなんだ。未だにアナログ管理だしね」
頂戴と言わんばかりに差し出された手は白く綺
此節百物語蒐集~女、唇を盗られる事~
「人になぜ唇があるのか知っていますか?」
女が唐突に言った。
僕は少し考えるふりをして、「分からない、キスをするため?」と答える。薄暗いビルの一室、僕たちが座る椅子とテーブル以外何もない部屋に、思った以上に声が響いた。
「一説では人間が火を扱うようになったから、と言われています。熱いものを口に運び、火傷しても良いように、再生しやすい外皮に変化した、とする説です。また、唇が出来たことにより、発音